【MLB】 Dバックスの下剋上を牽引するキャロル イチローに憧れた若者の圧倒的な人間性の秘密

写真:23歳の若きスター・キャロル

2つの格上の地区優勝チームをスウィープで退けてナ・リーグ優勝決定シリーズに駒を進めたアリゾナ・ダイヤモンドバックス。Dバックスの“下剋上”の立役者が、プレーオフでOPS1.389の猛打を奮っている23歳のコービン・キャロルだ。

キャロルはメジャー最高の有望株の1人と期待されていた逸材で、今季迎えた初めてのフルシーズンで史上初の25本塁打50盗塁を達成。シーズンOPS.868、メジャー9位の総合指標fWAR6.0を残し、新人の枠にとどまらず、リーグで最も輝きを放つ若手スターであることを証明した。

打って良し、守って良し、走って良し。オールラウンドな才能を誇るキャロルは様々なツールを誇るが、彼のベストツールはもしかすると彼のメイクアップ(メンタリティ、人間性を指すメジャーリーグ用語)かもしれない。『MLB.com』がプレーオフの主役となっているキャロルの人間性について特集している。

キャロルの人間性の形成に大きな影響を及ぼしたのが、仲良しの家族と過ごし、勉学にも励んだ少年時代だ。

開業医の父、台湾出身の母は、キャロルに奉仕の精神の大切さを教え込んだ。さらにキャロル家の家訓は勉強第一で、キャロルは野球ばかりして育ったわけではなかった。彼は地元シアトルの名門私立レイクサイド・スクールに通い、厳しい学業に励んだ。レイクサイドは、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツとポール・アレンを輩出したほどの名門で、聡明なキャロルにとっても授業は大変だったという。

そこで鍛え上げられたキャロルの分析的思考は野球にも大いに活かされている。Dバックスのコーチ陣はキャロルがあまりに細かいことまで掘り下げて質問してくるので、彼の質問に答えるための準備に追われているという。

そして、キャロルの少年時代を語る上で欠かせないのが、彼のアイドルだったイチローだ。シアトルで生まれ育ったキャロルが人生で初めて手にしたユニフォームはイチローの51番で、彼は同じ左打ちのイチローのスウィングを崇拝して育った。

2019年にキャロルがドラフトされる前にマリナーズが彼を招待したとき、マリナーズはイチローもそこに同席させるという計らいをした。そこでキャロルとイチローは打撃について深く語り合い、キャロルは重要な教訓を得た。

その教訓とはルーティンを一貫させるというもの。長く浮き沈みの多いシーズンの中で、何が自分のパフォーマンスに影響しているのかを把握するために、ルーティンは同じでなければならない。そう習ったキャロルは今では「自分の準備能力に大きな自信を持っている」とのこと。打席前の寸分違わぬ所作に象徴されるように、私生活や練習にも厳格なルーティンを持っていたイチローの“イズム“を継承する存在がこのキャロルなのだ。

優れた選手としての能力のみならず、メイクアップでも群を抜く存在だったキャロルは、Dバックスの首脳陣にも感銘を与えていた。結局彼は、2019年のドラフト1巡目(全体16位)という高評価でDバックスに指名され、プロ入りを果たす。

2020年のパンデミックを挟み、大きな期待をかけられて臨んだ2021年の初めてのフルシーズン。キャロルはハイAで開幕から絶好調だったが、シーズン11試合目に特大の本塁打を放った際に右肩を故障してしまう。残りのシーズン絶望となる大怪我を負い、キャロルはいきなり足踏みを余儀なくされる。

当時20歳のキャロルだったが、不貞腐れるようなことはしなかった。彼はノートを取り出し、フィールド内外で改善するために怪我で出られない時間をどう使うかを考え始めた。栄養、睡眠、大学の授業(結局彼はアリゾナ州立大でフルで授業を受講した)、ウエイトトレーニング、VR機器を利用した打席のシミュレーション…。キャロルは様々な方法でリハビリ中の自分を追い込み、「球団の誰よりも野球選手として成長し、1年で復帰する方法を見つける」という目標に向かって邁進した。

心体ともにリハビリの期間で研ぎ澄まされたキャロルは、重要な教訓を得たという。彼は”愛”という新たな原動力の存在に気づいたのだ。「恐怖で動くこともできるし、愛で動くこともできる。私は愛で動くようにしている」とキャロルは語る。

キャロルのこれまでの原動力は彼が経験した“劣等感”。身長約178センチと小柄なキャロルは常に過小評価される存在だった。有望な大学からのスカウティングは遅く、USA代表にも最後の選手として選ばれた。もっと体が大きくならないものかとスカウトは思っていた。

しかし、リハビリを積んでプロ生活が長くなるにつれ、キャロルは劣等感よりも強い原動力の存在に気づいたという。それが“愛“だ。

キャロルがリハビリに時間を費やす間、他の選手たちはどんどんメジャーへの階段を駆け上がっていった。その様子を見る彼の心に浮かんだのは劣等感ではなく、仲間の成功を見て嬉しいと感じる純粋な喜びだった。そこでキャロルは自分がもっと成熟した視点を持ち合わせたということに気づかされたという。

リハビリの間、チームメイトの成功、友人や家族との関係に焦点を当てることは、キャロルの人間性をより深めていった。それが超有望株として、そして今は若きスターとして浴びるプレッシャーへの対処にも役立っている。

「家族、友人、価値観、他人との接し方、正しい行いなど、それより大切なものがたくさんあるという意味で、(選手としての評価は)自分にとって最も重要なものではないんだ。そういう価値観を持った僕の育ち方は、僕がどんなメジャーリーガーかではなく、どんな人間かを気にする人たちが周りにいたという点では、僕がものすごく良いことばかり得ていたということを気づかせてくれる」

イチローに憧れ、勉学にも励んだ少年時代から得た、聡明さとルーティンの教訓。家族に育まれた人間性。そして大怪我という災難から得た“愛”という気づき。弱冠23歳ということが信じられないほどに成熟したコービン・キャロルという人間は、メジャーリーグの歴史に名を刻む存在へと今後も成長していくかもしれない。

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