胃袋満たし続け48年…「最後のメニュー」は考え中 八潮市役所の市民食堂10月末で幕 75歳、感謝込め厨房に

48年前のオープン当時から使うトレーを感慨深そうに見つめる渋谷孝司さん

 埼玉県八潮市役所で1975(昭和50)年から48年間営業してきた市民食堂が、庁舎建て替えに伴い10月31日で閉店する。カレーやカツ丼などの定番メニューで、歴代市長や市職員の胃袋を満たしてきた。店主の渋谷孝司さん(75)は「思い出詰まったこの場所で力いっぱい仕事したい」と万感の思いで最後の日を迎える。

 市民食堂は、現庁舎が開庁した71年の4年後に営業を始めた。実家が定食店だった渋谷さんは27歳の時、事業者募集の告知を知り、周囲の反対を押し切る形で「挑戦したい」と出店した。

 市民食堂の名の通り、市職員だけでなく市民も利用できる。開業当時は日替わりランチ250円。うどんや焼きそばなどメニューが40種類以上あった。健康に気遣い薄味中心で、ご飯の大盛り無料。市役所本庁舎に現在約400人勤める中、食堂には多い時で1日700人以上が訪れた。

■時代の変化

 職員との思い出も尽きない。「昔は課長ともなると偉そうな態度で多くの部下を連れて食堂に来て。ふんぞり返って食事してたよ」と苦笑い。今はほとんどの職員が、スマートフォンを見ながら1人で箸を黙々と動かす。「これも時代の移り変わりだね」。渋谷さんはしんみりと振り返る。

 しかしどんなに時代を経ても変わらないのが職員の人気メニュー。昔から魚より肉が好まれ、唐揚げやとんかつになると注文が増えた。現在メニューは500円の日替わりランチのみ。ご飯、みそ汁に小鉢、メインのおかずが付く。

■強い責任感

 数人のパート従業員を雇ってはいるものの、渋谷さんが昼夜ほぼ1人で買い出しから調理、経理業務まで担う。開庁日は必ず営業するため仕事を休んだのは48年間で「自分の結婚式と新婚旅行、それに親の葬式くらい」。風邪をひいて体調が悪くても食堂に来れば、いつの間にか治ってしまう。「おいしい食事を提供し続けたい」。揺るぎない信念と責任感。ずっとずっと背中を押され続けてきた。

■レトロ空間

 現庁舎の老朽化により、新庁舎の建設工事は2021年10月から始まった。今月末に完了し、来年1月4日業務開始する。新庁舎にも食堂が入る予定で、続ける選択肢もあった。しかし渋谷さんは「ここが引き際」と身を引く。「70歳で仕事は終わりと思ってたが、周囲の支えもあり75歳までできた」と今は充実感でいっぱいだ。

 正午のチャイムが鳴れば、食券とトレーを手にした職員の長い列ができる。48年間続いた八潮市役所1階の日常風景。どこか昭和を色濃く残すレトロな空間には、半世紀の思い出が染み渡る。最後のメニューは思案中だが「名物のカレーを復活して」と別れを惜しむ声も多い。「カレーは人気だから最後の日が忙しいと困るなあ」と笑う渋谷さん。残りあと2週間。48年分の感謝を込めて厨房(ちゅうぼう)に立つ。

■庁舎内併設は県全体の15%

 県内63市町村とさいたま市全10区の計73カ所の役所に、食堂があるか調べてみたところ、併設しているのは11カ所で県全体の15.1%だった。全ての施設で職員以外の一般客も利用できる。

 近年は厨房設備の老朽化や弁当配達業者の増加などで、庁舎内の食堂は減少傾向にある。加えてコロナ禍により、自席での黙食が職員に定着し、利用者が遠のいた影響も挙げられる。

 かつての食堂跡地を飲食や活動スペースとして開放する自治体も多い。約35年間続いた食堂が2022年3月末に営業終了した所沢市は、眺望優れた庁舎8階の空きスペースを無料で貸し出す事業を提案した。民間アイデアを生かした公共空間の利活用が目的という。

 庁舎内に食堂はないが、軽食やコーヒーを提供する喫茶コーナーがあるのは県内5カ所。狭山市は食堂と喫茶コーナーをそれぞれ設けている。なお県庁には一般でも利用可能な職員食堂が2カ所ある。

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