「厳しい時間」を経て、バニャイアがランキング首位とともに取り戻したもの/第15戦インドネシアGP

 インドネシアGPではスプリントレース後、ホルヘ・マルティン(プリーマ・プラマック・レーシング)が一時、ランキングトップの座を奪った。しかし翌日の決勝レースで優勝したバニャイアが、マルティンの転倒もあって、ランキングトップに再浮上する。5戦ぶりの勝利に、バニャイアは安堵の胸の内を明かした。

 2023年シーズンをけん引しているのはまぎれもなくフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)だ。だが、カタルーニャGP以降はその流れがマルティンに傾きつつあったのも事実だった。

 カタルーニャGPといえば、決勝レース1周目でトップを走行していたバニャイアが転倒を喫し、他のライダーが走らせるバイクと接触したことで右ひざに大きな血腫を負ったレースウイークだ。

 幸いにも、と言うべきか、バニャイアの怪我は深刻なものではなく、サンマリノGP以降のレース参戦に影響はなかった。ただ、一方でここからバニャイアの未勝利が続いた。チャンピオンシップのランキング2番手、マルティンの後塵を拝するレースが多かったのだ。

 そして、インドネシアGPスプリントレースでマルティンが優勝し、バニャイアが8位に終わったことで、ついにランキングトップが入れ替わった。マルティンがトップ、バニャイアがランキング2番手になったのだ。一時は62ポイントあった差はすでにないに等しかった。2022年、クアルタラロとの最大91ポイント差を逆転したバニャイアは、今季は追われる立場になっていた。

 インドネシアGPの決勝レースは、1周目にトップに立ったマルティンが圧倒的な好ペースでレースをリードする展開だった。13番グリッドスタートのバニャイアは3周目には3番手に浮上すると、タイヤをマネージメントしながら一刻も早く2番手のマーベリック・ビニャーレス(アプリリア・レーシング)をとらえようとしていた。バニャイアは、マルティンのペースの速さを理解していたからだ。だが、13周目、マルティンがクラッシュを喫する。

 マルティンは単独で喫した転倒について、MotoGP.comのインタビューで「あそこまではすごくいいレースだったんだけど、10コーナーでちょっとワイドになってしまい、たぶんそこがちょっと汚れていたんだね。それで次のコーナーでクラッシュした。残念だよ。13周走ってミスしたのは、ただの1回だけだったのに」と説明した。

 マルティンの転倒を知ったバニャイアは再び攻め始め、ビニャーレスをかわしてトップに立つと、最終ラップまでレースをコントロールして優勝を飾った。バニャイアは今回の優勝について、会見で「この優勝は間違いなく、ものすごく重要だ」と語っていた。

「ホルヘがすごく速いのはわかっているけど、僕たちは優勝にふさわしいと思う。バルセロナでのクラッシュのあと、再びこういう感じを取り戻すのに、優勝が必要だった。きつい時間だったけど、また優勝したことで、モチベーションになったよ」

「バルセロナでのクラッシュ」は、バニャイアがこの短い会見のなかで何度も言及したターニング・ポイントだった。前述のように、バニャイアはカタルーニャGPのあと勝利から離れていて、「難しい」時間を過ごしていた。

「この勝利には多くの意味がある。まず、再び僕たちが手ごわい存在であると意味していること。ちょっと苦戦して、少し(強さが)欠けていたからね。またこうしたパフォーマンスを発揮できたことは、ものすごく重要なんだ。優勝は常にとても重要だよ」

 バニャイアは、この優勝にはポイント以上に大きな意味があると言う。表彰台を獲得しながら、その頂点に立てないもどかしさを感じていたのだろう。

「ホルヘがリタイアして、大事なことはできるだけ多くのポイントを稼ぐことであり、それを達成した。けれど僕としては、バルセロナのクラッシュのあとは苦しい時間だったから、今日の優勝は本当に多くのモチベーションになっているんだ。僕だけじゃなく、チームにとってもね。彼らは常に、できる限り最大限のものを僕に与えてくれている。今週末については、状況を改善することができた。今朝は少し、レースではさらによくなったんだ」

 さらに、バニャイアは今、ようやく万全のフィジカルで走ることができたのだという。フィジカル面のトラブルは、フランスGPのあとから続いていた。フランスGP後、右足首の距骨に確認された小さな骨折からの回復が長引いていたのだ。

「ル・マンのあと、足と手首を折った。じつはバイクで走るのが大変だったんだ。痛み止めを使っているときは、何も感じないんだけど、その翌日からはあまりいい状態じゃない。ムジェロでレースをしたときは、すべてが問題はなかったんだけど、ザクセンリンクに行ったら、すべての左コーナーばかりだったので、手の靭帯に問題が出始めた。足の骨折は小さな骨だったので、完治するまでに時間が必要だったんだ。バルセロナでようやく問題なくなったんだけど、今度はクラッシュして、足に血腫ができてしまった。この週末はようやく足に問題なく走れたんだよ」

 バニャイアはインドネシアGPの土曜日、マルティンにランキングトップの座を明け渡した。しかし、翌日曜日のレースですぐさまその座に返り咲いた。カタルーニャGP以降は楽なレースではなかった、とバニャイアは何度も言う。だが同時に、そんな「楽じゃない」レースで何度も表彰台に立ってきた。それは、今季のバニャイアの強さのひとつと言えるのかもしれない。

どんどん強くなるマルティンの強さもまた「僕の苦戦の原因だったのかもしれない」とバニャイアは言う

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