【サンデー美術館】 No.305 「天に向かって両腕をのばすひと」

▲重量挙げ 松田正平 1964年頃 個人蔵

 バーベルをいったん鎖骨のところまで引き上げ、じっと息を凝らす

 気合一閃

 脚を勢いよく広げる力を利用して一気に頭上へ。重さが容赦なくのしかかり、脚がプルプル震える

 両腕を伸ばせ! 両脚を揃えろ! とと、とまったーっ―-日本中が金メダルを確信した瞬間である

 1964年10月12日、重量挙げの三宅義信選手が東京五輪初の金メダルを日本にもたらした

 2日前の開会式の興奮冷めやらぬ中での快挙。後に続く金メダルラッシュに国民は沸いた

 敗戦から19年。新生なった文化国家日本を世界にアピールできた昭和の一情景である

 画家もまたその感慨に耽ったには違いない。だが、もっと感動したことがある

 どんなことがあろうとも、両腕だけは天に向かって伸ばしきると決めた英雄の美しさだ。それさえ描ければどうでもよい

 それが証拠に、三宅選手のユニフォームは赤じゃなかったし、裸足でもなかったし、そもそもバーベル軽そうだしね。

※「松田正平展」(12月3日迄)展示作品より。

山口県立美術館副館長 河野 通孝

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