タクシーの“安全性”崩壊で乗客リスクが増大!? 元ドライバーが「ライドシェア解禁」に反対するワケ

10月、駅前のタクシー乗り場にはタクシーが列を作っていた(写真:弁護士JP/画像の一部を加工しています)

自民党の菅前首相は10月7日、テレビ番組の中で、個人が自家用車で乗客を有償で運ぶ“ライドシェア”について「誰が考えても必要」と述べ、導入に向けて実証実験を行う必要性を訴えた。

ライドシェアの解禁は「需要と供給」がマッチする良案のようにも思えるが、職業ドライバーらからは反対意見も根強い。元トラックドライバーでライターの橋本愛喜氏が、反対派がライドシェア解禁に頷かない理由と、解禁が乗客にもたらす“リスク”を説明する。

現在、バス・タクシー・トラックなどの職業ドライバーは、それぞれ深刻な人手不足に陥っている。

連日報じられている通り、バスは減便、トラックは荷物が運べなくなるなどの問題が起きているが、タクシーの利用者からも、最近「タクシーがつかまりにくい」という声が聞こえてくる。

このタクシードライバー不足のなかで急浮上したのが「ライドシェア」の推進だ。

ライドシェアとは、一般ドライバーが自家用車を使って有償で送迎業務を行うサービスのことを指す。現在、日本の法律では一般人が自家用車を用いて有償で他人を運送することは、いわゆる「白タク」行為にあたるとして禁じられている。それを、昨今のドライバー人手不足を理由に容認しようとしているわけだ。

このライドシェアについて、紀尾井町戦略研究所が今年9月にアンケート調査した結果によると、賛成が45%、反対は33%となったという。

しかしその一方、ライドシェアに対して「理解できている」と答えたのは51.1%。利便性だけで賛否を判断している可能性もありそうだ。

長年職業ドライバーの労働環境を取材している身として、このライドシェアはタクシーの労働現場を崩壊させるだけでなく、日本の旅客輸送における「安全」をも悪化させる原因になると感じる。

ちなみに、ライドシェアに反対すると「タクシーの利権が絡んでいる」と言われることがあるが、筆者はその利権に絡んでいない。それでも、このライドシェアには全く賛成できない。

タクシーの人手不足は解消傾向

最近、タクシーを拾おうとしてもなかなか捕まらなくなったと感じる人も多いだろう。

が、そうなったのには、ある大きな原因がある。「新型コロナウイルス」の流行だ。

感染防止や外出自粛要請、リモートワークなどによりこの数年間、日本ではタクシーの需要が急減。そのため、タクシードライバーの収入が激減し、離職者が続出したのだ。

徐々に世間が落ち着いてくるようになると、外出する人が戻ってきたうえ、インバウンド需要も急回復。その結果、タクシーの供給が追い付かなくなった。

全国自動車交通労働組合連合会(全自交労連)の松永次央氏はこう話す。

「コロナ禍の3年間でタクシードライバーは全国で約6万人(約2割)が減少し、その影響でタクシーに乗りにくい状況が全国で生じています。しかし、運賃の見直しが進んで収入が上がったため、最近タクシードライバーは戻りつつある。今年の3~6月でも約1000人増加しています」

全国個人タクシー協会の担当者も同じ指摘をする。

「東京のタクシーはこれまで初乗りが420円だった。これが去年11月に500円に。稼げるようになり、徐々にドライバーが戻ってきています」

こうした状況のなか、一時的なタクシードライバーの減少にライドシェアの案を当てるのは、ライドシェア推進派が不勉強か、またはうまく利用した感が否めない。

ライドシェアの“誤解”

推進派からは「海外ではライドシェアはすで広まっている」という話もよく聞くが、国民性や道路事情などが違う外国の需要と国内の事情を安易に比較するものではない。

それでも、強いて海外の状況を挙げるならば、現在多くの先進国がライドシェアを“禁止”する方向になっているのだ。

「マスコミでは、ライドシェアが勢いがあった2016年ごろの資料を持ち出し語られていますが、現在、先進国38か国中30か国でライドシェアは禁止されているんです」(全自交労連・松永氏)

さらに松永氏は、ライドシェアは「地方の足問題」の打開策として取り上げられることが多いが、地方在住者は地元では稼ぎが悪く、結果的に大都市や空港に行って仕事をする恐れがあるとも指摘する。

実際、アメリカのライドシェア2大企業(Uber・Lyft)の輸送回数の70%が、わずか9つの都市圏に集中しているという。

日本のタクシーの“安全性”が崩壊する?

そして、なによりライドシェアで懸念されるのが「安全面」だ。

今回、多くのタクシードライバーに話を聞いたが、ライドシェアの一般ドライバーにどこまで乗客の安全を担保できるのかという疑問の声が多く上がった。

「タクシードライバーには、仕事のはじめと終わりに必ずアルコールチェックがある。一方、ライドシェアに対してはこの縛りがない恐れが高く、点呼による疲労度などの確認も、アルコールチェックもない状態になるのは非常に怖い」

「ウーバーイーツとは訳が違う。乗客が赤の他人のテリトリーに入ることはかなり危ない」

中でも多かったのは「女性の乗客」に関する不安である。

「女性客ひとりでライドシェアに乗るリスクはかなりあると思う。一度乗ってしまえば、ロックされれば降りられない」

現に、アメリカのライドシェア(Uber)では、性的暴行事件が年間で998件起きている(2020年)との報告もある。

一方、男性ドライバーの多い日本のタクシー業界では、女性ひとりを乗せるのは非常に神経を使うとタクシードライバーらは口をそろえる。

「女性のお客さんが眠ってしまった場合、肩をゆすったりして起こすことができない。行き先を警察署に変えて対応します。セクハラになる可能性がある」

「眠ってしまわれないか心配で、ルームミラーでチラチラ確認することもあるが、それが誤解されるきっかけにもなる」

「日本には海外と違って泥酔してしまうお客さんが多い。そんななかライドシェアのドライバーは、僕たちがやってきたような対応をどこまでできるのか」

一般的なライドシェアを提供する企業は、あくまでドライバーと利用者を仲介している立場であって、事故や事件に巻き込まれた際には全く保障をしてくれない。

日本には、人手が足りなくなると「安全」という視点を無視し規制緩和に方向転換する傾向がある。しかしそれは、当事者の生活はもちろん、今ある社会が大きく変わるきっかけにもなる。とりわけ職業ドライバーに対する規制緩和は、人の命に関わることも多い。安易に考えず、リスクに対してはより慎重になるべきだと感じてならない。

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