「性別の本質は、外見ではなく内面にある」トランスジェンダーの訴えが司法を動かした 「生殖不能手術を求める法律」は憲法違反か

農作業をする臼井崇来人さん=6月、岡山県新庄村

 岡山県で農業を営む臼井崇来人さん(49)は、トランスジェンダーだ。戸籍上は女性だが、女性として扱われることに不満を抱いてきた。自覚したのは3歳の頃。バイト先で制服としてスカートを渡されて体調を崩したり、成人式で振り袖をかたくなに拒んだりしたこともあった。しかし、当時は「性同一性障害」という言葉が浸透していなかった時代。「あてがわれた性別を生きなければならないのだろうか」。自分を抑えつけ、困難を感じながら生きてきた。
 臼井さんのように性同一性障害の人が戸籍上の性別を変更する場合、日本の性同一性障害特例法では「生殖機能がないこと」が要件となっている。事実上、生殖能力をなくす手術が必須だが、体への負担は大きく、深刻な後遺症のリスクもある。最高裁では現在、別の家事審判でこの手術要件が憲法違反に当たるかどうかを、大法廷の15人の裁判官が審理し、10月25日に決定を出す状況まで来た。最高裁では、実は4年前にも同じ内容を審理している。この時に訴えたのが、臼井さんだった。(共同通信=清鮎子)

臼井さんとは別の人による家事審判で、最高裁大法廷での審理について記者会見する代理人の吉田昌史弁護士(右)ら=9月27日、東京・霞が関

 ▽「女性扱い」40歳で限界にに
 臼井さんは20代でアメリカに留学。クリスチャンとなり、洗礼を受けた。当時通っていた教会では、「聖書には、神は男と女を創ったとある」と教えられ、もっと女性らしくなるために化粧を訓練させられた。
 アルゼンチンでの宣教師生活を経て2006年に帰国。30代になり結婚を意識するようになり、自分自身と真剣に向き合った。
 「このまま女性として扱われる不本意な状態を我慢する人生を送るのか。もう限界だ」
 性同一性障害との診断を受け、40歳になったのを機にフェイスブックで公表し、こうつづった。
 「自分に誠実に生きようと思う」
 戸籍上の名前も、海外で呼ばれていたニックネーム「タカキート」に変更した。

性別変更を巡る4年前の最高裁決定を受け、記者会見する臼井崇来人さん=2019年12月、岡山市

 ▽「いつか性別を自分で決められる日が来る」
 「ある朝、目が覚めたら男性の体だったらいいのに」と思う時は確かにある。声で女性と判断した電話相手から「奥さん」と呼ばれることにはいらだちを覚える。
 それでも、卵巣摘出や陰茎形成の手術は受けなかった。
 手術で男性の生殖能力を持てるわけではないし、健康リスクもある。生殖機能の部分は他人から見えないのだし、とらえ方は自分次第だ。
 これまで、身体的特徴によって男女どちらかに分類する考え方に苦しめられてきた。体を男性に近づけるのは、その考え方に合わせることにならないか。「トランス型」だと受け入れ、自分らしく生きることが大事だと考えた。
 海外では手術要件が撤廃された国が多くあり、アルゼンチンなど、性別変更に医師の診断書すら必要としない国も出てきている。世界保健機関(WHO)なども2014年に「手術要件は自己決定権や尊厳の尊重に反している」とする共同声明を発表した。
 「性別の本質は体つきでなく、内面にある。いつか、性別を自分で決められる日が来る。それが世界の流れだ」

最高裁判所=9月撮影、東京都千代田区

 ▽「声を上げないのは存在しないのと同じ」
 そんなとき、出会いがあった。岡山県新庄村に移住し、特産品のPRに携わっていた臼井さんは、仕事を通じて知り合った女性(45)と、パートナー関係になったのだ。2016年3月、岡山市に婚姻届を提出。不受理となったのを受けて16年12月、男性への性別変更を岡山家裁津山支部に申し立てた。司法の場に訴えたのはこんな思いからだ。「身体的特徴で性別を判断する社会に、一石を投じたい」
 セクシャリティーについて考える集まりで得た「気づき」も胸にあった。
 「声を上げないと、存在しないのと同じ」
手術を受けたくないトランスジェンダーもいるということを、社会に伝えてみたい。

4年前の最高裁決定の一部

 ▽最高裁は「憲法違反の疑い」
 ところが、予想を超えるバッシングに遭った。批判は「手術をしてこそ性同一性障害」と考える当事者からも来た。
 そして予想どおり、手術を受けていない臼井さんの申し立ては、家裁津山支部、広島高裁岡山支部でいずれも退けられた。
 くじけそうになったが、代理人を務めた弁護士からは励まされた。「あなたの声を最高裁まで届けてほしい。判例ができれば議論が生まれる」。真摯な姿勢に、勇気をもらった。
 2019年1月、最高裁第2小法廷は臼井さんの訴えを退け、手術要件は「合憲」と判断した。裁判官4人の一致した結論だった。ただ、その決定文をよく読むと、手術要件には個人の自由を制約する面があり、その在り方は社会の変化に伴い変わるとも書かれている。「合憲かどうかは継続的な検討が必要」とも指摘していた。さらに、うち2人の裁判官がこんな補足意見も付けた。
 「(手術要件には)憲法違反の疑いが生じている。人格と個性の尊重という観点から適切な対応がされることを望む」
 決定後に記者会見した臼井さんは、最高裁の判断について一定の評価をした。「比較的前向きな内容で、一定の理解はしてもらえた。今までの苦労が報われ、次につながると思う」

昨年10月、静岡家裁浜松支部に入る鈴木げんさん(中央)と弁護団。今年10月に性別適合手術は「違憲」とする判断を得た

 ▽法改正で結婚が可能になるが懸念も
 臼井さんは現在、新庄村で農業を営みながら、パートナーとその息子(13)と暮らす。人口が千人を切る村では実質的に家族と認められている。ただ、法律上の関係はなく、マイナンバーカードを代理で受け取れないといった不都合もある。
 別のトランスジェンダーが訴え、最高裁で審理されている家事審判で、大法廷が「違憲」と判断されれば、特例法が改正になって手術しなくても性別変更が認められるはず。そうなれば、パートナーと法律婚することも可能だ。
 最高裁決定を前に、前向きな司法判断も出始めた。10月11日、静岡家裁浜松支部が規定を「違憲」と判断。手術規定については、こんな指摘をした。
 「性同一性障害者の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約するのは合理的とは言いがたい」
 この判断に、臼井さんも喜んだ。「これまで多くの当事者が訴え、一段一段上ってきた階段。また一つ駒を進めた。感慨深い」
 一方で危惧もある。性的少数者への理解は格段に広がったが、一部には「『性自認は女性』と主張する男性が、女子トイレや女湯に入ってきたらどうするのか」と声高に叫ぶ人もいる。法律が変わったとしても、社会が「性別は男女二つしかない」との前提で成り立っていれば、反発を招くだけではないのか。
 「トランスジェンダーがどうしたら生きやすくなるか。裁判をきっかけに社会が真剣に考えてくれたら」。そう願いながら、扉が開く日を待っている。

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