問いから始まる共創施設「SHIBUYA QWS」の原動力の裏側--変革のキーパーソン3.5人の越境者研究-SHIBUYA QWS 前編

INDEX

SHIBUYA QWSは2019年11月に渋谷スクランブルスクエア 15階に誕生した共創施設。社会に対しての「問い」から新規事業として実装するまでを目指す。QWSの名称由来は“Question with sensibility(問いの感性)”。

入口には数多くの「問い」が吹き出しパネルで掲示されている。

特集『変革のキーパーソン3.5人の越境者研究』とは?

人口の3.5%が動けば世界が変わる。非暴力的に社会を変える「3.5%ルール」とは?

イノベーションは実際、どうやって起きるのでしょうか?

「データのじかん」では、イノベーションの原動力の一つに「越境者」という大きな存在があると考えています。

この『変革のキーパーソン3.5人の越境者研究特集』では、ハーバード大学のエリカ・チェノウェス政治学者が提唱した「3.5%ルール」に基づき、社会や組織に大きな変化を引き起こす可能性がある「3.5%」を担うキーパーソン、すなわち「越境者」の役割と活動を取材・探究し、その成果と挑戦を明らかにします。

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その第一弾として、会員制共創施設「SHIBUYA QWS」の取り組みを紹介、越境者が集う場所「SHIBUYA QWS」のCommunity Led Growth(コミュニティ主導の成長)を、そしてその環境下に集う越境者たちのコンテクストを描き出します。

SHIBUYA QWSは共創施設として、企業・スタートアップ・自治体・大学とさまざまな所属の人たちが多種多様なプロジェクトを駆動させている。また常在のコミュニケーターによる交流促進やイベント開催により、互いの垣根を超えた、SHIBUYA QWS発の活動も同時多発的に生み出されている。

渋谷から世界へ。越境者がつくる、越境コミュニティ

久我:そもそも、野村さん自身も越境者のようなものですよね。まずはご自身のご経歴からお伺いしていいでしょうか。

野村:私はまちづくりがしたくて2001年に東京急行電鉄に入社しました。しかしなんの因果か財務部に配属され、そこから10年間ほどバブル崩壊の影響で派生した、グループ会社の不良債権の資金調整に務めてました。

久我:2001年はそういう時代ですか。

野村:そうですね。当時はグループ会社が500社程あり、その多くは立て直しが必要な状態でした。その後、東急百貨店の経営統括室でも債権回りのファイナンスを担当し、入社14年目頃に本社へ戻ることになりました。その時に突然、当時「駅街区」と呼ばれていた渋谷スクランブルスクエアのプロジェクトマネージャーを命じられました。

久我:それは全くの畑違いですね。笑

野村:ほんと突然でしたね。そして2014年4月から全体の関係者の調整、スケジュールやプロジェクト収支の管理、ビル全体企画、用途別の企画やビル屋上を活用した展望スペースSHIBUYA SKYの企画の触りなどを担当させていただきました。

その後、2018年4月に運営会社である渋谷スクランブルスクエアに出向して開業前は企画、2019年開業以降は運営をやらせていただいている、といった流れです。

久我:なるほど。たしかにファイナンス部門で資金調達や管理をしているとプロマネにも行き着きそうですね。

野村:若干、ですね。やはり使う科目や項目・指標が全然違うので、あまり馴染みのない指標もありましたが、資金管理のおかげで数字的な部分は何とか活かされているかな、といった状況ですね。

久我:QWSでは「渋谷から世界へ問いかける、可能性の交差点」というコンセプトを掲げていますが、これは日本で常にイノベーションが起きているような状態、かつ世界全体がより豊かな社会になるといったビジョンを大きく描いているのでしょうか。

野村:そうですね、遡るとQWSのビジョンは2015年に当時のメンバーと一緒に策定したのですが、そのときにQWS、渋谷、アジア、世界の各レイヤーでどういう状態になってほしいかをあらかじめ想定しました。そこからQWSを通して好奇心あふれる世界になってほしいというビジョンを掲げて、日々運営を行っています。

クリエイティブ人材が持つ、それぞれの価値を実現できて、幸福を追求できる。そんな社会が作れないかというのが、QWSの存在意義に繋がっています。

久我:なるほど。その視点からどういう部分をKGIやKPIとしているのでしょうか。

野村:まずKGIの考え方として、我々自身が世界展開するわけじゃなく、QWSから巣立った会員さん達が世界をより良くしてくれたらいいと思っています。QWSはその一番最初の種、0から1を生み出すプロセスを支援しているので、どんどんプロジェクトが解き放たれて、社会をより良くしてほしいと願っています。そのなかで、QWSのKPIとしては、年間で3つのムーブメントが生まれてる状態を目指しています。

QWSプロジェクト例:人の心を可視化する「e-lamp.」。血管の拡大収縮や心臓の脈動を推定し、脈の変動(ドキドキ)に合わせてイヤリングが点灯するデバイスを開発。

「e-lamp.」は2023年4月にオンラインショップにて一般販売開始。このプロダクトを通じて新たな人と人とのコミュニケーション手段を提案する。

久我:ちなみに数はカウントしているんですか。

野村:はい、カウントしています。

久我:すごい!

野村:このムーブメントの定義についてはよくチームでも議論が起きるのですが、一過性の流行り廃りではなく、長く続くような価値を生み出すものと設定しています。つまり、ユニコーン企業を目指すM&AやIPOなどを行うアメリカ式での成長もひとつの手段だと思いますが、どちらかと言えばQWSはヨーロッパのように長期型。地域住民の参加のもと住民ファーストでシティズンシップ(Citizenship)を再建するために、より長い視点で新しいサービスを作り価値を提供していくもの。それをムーブメントとして定義しています。

久我:なるほど。

野村:QWSも含めた渋谷スクランブルスクエアは、東急とJR東日本と東京メトロの共同事業です。よって、鉄道会社が参画するからこそムーブメントにこだわることができるはず。インフラ事業は50年投資など長期スパンで生業を成り立たせているので、それなら一過性の収益ではなくてムーブメントという価値を追求する場所があってもいいのではと考えたのです。

久我:でしたら、大きなビジョンを掲げるなかで”生業”としてはどういう位置付けなんでしょうか。

野村:KPIは収支ではなく成果で見るようにはしていますが、サスティナブルに事業を続けていけるよう開業当初から調整はしていました。QWSは、東京都の都市再生特別地区制度を利用していて、いわゆる地域に貢献するような施設を作ると容積率を緩和していただける制度を活用しています。

もともとこの土地は1,000%の容積率があるビルを建てられるのですが、さらに560%の容積緩和をし、イニシャル床を増やすことでオフィスや商業でのランニングでもちゃんと収入を得ているという文脈です。ただそれより何より価値として大きいのは、ムーブメントを作ったプロジェクトが将来的に3社へ還元できることが大きなメリットだとは思っていますね。

久我:まちづくり全体で都の意向も取り入れつつ場のデザインをするということは、ファイナンス理論、合理的な意思決定としても納得ですね。

日本人の特性や文化を考慮して「コミュニケーター」という存在を確立

久我:改めて本日もQWSの中を拝見させていただきましたが、コミュニティを覗くと、コミュニケーターという存在の必要性を予見して、そこに投資する判断そのものが面白いですよね。実際に入会したばかりだとどんな人と話したらいいんだろうとか、他者と距離を取る方も多い状況のなかで、なぜ繋がることの必然性に行き着いたのですか?

野村:はい、それはQWSの企画を練る中で国内の類似施設を拝見させていただいたり、一部コンサルの方に入っていただいたり、アメリカやヨーロッパなど海外施設にも見学へ伺ったりする中で文化や風土の違いを感じたところにあります。日本人は、やはりシャイなんですね。

久我:やはりそうなんですね。

野村:それを別に否定もしないのですが、共創の面、より大きなインパクトやイノベーションを目指そうとすると、個人ひとりでできることって限られてるんじゃないかなと思うのです。 ベルリンやロンドンのスタートアップ施設も見学しましたが、海外ではどれだけ自己主張するか、そもそも外国人の多くは他人に関心があって自分のことを知ってもらいたいっていう気持ちがかなり旺盛。なので、フランクな会話をお互いに許容してる感じはありますよね。

一方で日本では、コミュニケーションのハードルが高いのでなかなか共創が生まれづらい。それならプロジェクト同士の交流をサポートするコミュニケーターみたいな存在がいれば繋がりが生まれ、お互いに助け合うことができる。それがコミュニティの醸成を担うのではと考え、コミュニケーターを大きな役割のひとつとして重点においています。

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久我:確かに空間だけあっても結びつきが実際にないと何も起きないですね。

白衣を着用しているコミュニケーター。QWS会員と常日頃から向き合い、マッチングのサポートを行っている。

イノベーションは、既知と既知の組み合わせ

久我:欧米は人材の流動性が高く、ジョブを転々と変えていくことによって、自分の見識や人脈も広がるという見方があります。

ただ日本だと、一つの会社や組織に所属することがまだメインストリームだからこそコミュニティみたいなものに参加しないと新たな人脈や未知のナレッジに接続できないのかなと思ってますが、その点で野村さんが感じられていることはありますでしょうか。

野村:まさしくおっしゃる通りだと思いますね。イノベーションが日本から生まれにくいとよく言われますが、その構造のひとつとして雇用の流動化がなされていない点が挙げられます。

イノベーションは、既知と既知の掛け合わせと言われています。しかし日本では、それぞれが独立した一つの「既知」しかありません。とくに大企業となると採用も育成も全部自社で行っているので、自身が一緒に働きたい人を採用し、これまでのジョブマニュアルで学んでいくしかない。そうすると、同じような思考の人がどんどん金太郎飴で量産されていくことになる。そこから何か新しいものを生み出せと言われても、正直難しいですよね。

人脈がなければいろんな価値観を感じる機会が少なくなる。そのため、自社製品の見直しといった課題や今後の自分達のナレッジの活かし方などを問われても急には見いだせない。そんな時こそ、共創の場を訪ねて様々な分野の当事者と人脈を持てば、何らかの新しい気づきが生まれてくるかもしれない。それがQWSの魅力のひとつでもあります。

久我:ずっと一つの「既知」の中にいると、外部の人たちにとってもすごく価値があることでも自分では気づかないというケースもありますね。なるほどQWSのような場がたくさんあるといいですね。

日本のイノベーションの可能性は、企業同士の出会いがあるようなコミュニティに属することと語る野村氏。

問いの反対は、答えではなく、選択肢を想像すること

QWSのメインフロアであるプロジェクトベース。ここで法人や専門家、個人、学生などそれぞれの既知や問いが重なっていく。また、フロアは会員区分によって利用内容がそれぞれ分かれており、それぞれの活用目的に沿った選択が可能。※審査あり

久我:ちなみに欧州を参考にしたということですが、1人あたりのGDPは高いものの成熟しているイメージがあり、自分達が生きていく分には安定しているイメージがありますが、さらにここから成長できるという感覚はあるのでしょうか。

野村:欧州の成熟した特徴として挙げられるのが、住民参加意識が強いこと。政治や地域活動にも積極的に参加していますよね。そこが日本とかなり違いますし、今の日本では必要な点だと思っています。

久我:確かに、現代の日本では他人に対する関心が希薄になってきているように感じます。
それに対して、過去には日本に深く根付いていた町民文化があり、町内の出来事をまるで自分のことのように受け止める風習が存在していました。なぜこのような変化が生じたのでしょうか。

野村:江戸末期から明治、大正とかけて、そして第二次世界大戦後を経て統治スタイルとか、教育も変わってきてしまったと思います。幕末の時はいわゆる個人が主体となりフランス革命と同じようなことをしていましたが、時代と共に受動的に変化していきました。

久我:そのマインドが変えられたら、日本でももっと有機的に色々な人や物が結合して新しいものを産み出す土壌がもっと盛り上がっていくのではないかなと思いますね。その一つのあり方がQWSなのかもしれないですね。

海外と日本、昔の日本と現代の日本と、関わり合いのギャップが生じている。この状況を変化させていくにはコミュニティの存在が注視されていくかもしれない。新しい問いが久我の中でも生まれようとしていた。

野村:特に現代の日本の教育だと、何か答えを出さないといけない、どれだけ短く、効率的に答えを出すかということが重視されてきているなと思うのですが、その中でQWSが一番大事にしているのが「問い」なんですね。

QWSはQuestion with sensibility(問いの感性)の略称ですが、「問い」は答えを求めているのではなく、何か考えたいと思わせることを「問い」としています。答えを導くよりも、自身の好奇心、他の人が聞いてみても関心を持てる、一緒に考えられるものを「問い」としているのです。

久我:それは大変興味深いです!

野村:その定義だと、間違いという概念がないんです。となれば、答えはひとつじゃないので、個人の考えが発言しやすくなる。答えを求める問いは正しいことを述べなきゃと考えると慎重になりますが、間違いがなければ自分の考えはこうだと言えばいい。そんな自分の意見を言い合えるコミュニティとして、QWSがあればと考えています。

久我:実際、みんなの前で質問してくださいって言っても、シーンってなることが多いですもんね。

野村:あと問いともう一つ大切にしているのが、「対話」です。対話は、相手の考えを深く聞いて、考えることなんですよね。そこも別に答えは求めていませんが、この対話というコミュニケーションでお互いの考えを理解し、フィードバックできる、そういったコミュニケーションの取り方ができるようになればいいなと思っています。

久我:その問いによって対話が生まれ、互いの感性が刺激され、皆の興味関心があたらしいコトやモノを生み出せるってことですね。

野村:はい。実際、QWSのエントランスにはそれぞれのプロジェクトの問いが掲示されているのですが、人によって感じ方や考え方、探究テーマが全然違うんですね。その行き着いた先にやりたい活動が出てきてそこからそれぞれが交われば、色々な景色が変わってくるんだろうと思っています。

QWSの入口に貼られた、これまでのプロジェクトが生み出した問いのパネル。教育・福祉・医療・DX・飲食・フェムテック・LGBTQなど沢山の問いの感性が並ぶ。

江戸末期に武家屋敷の下屋敷街だった渋谷。4つの坂と4つの台地から成り立つ地形から、松濤や丸山町など坂で暮らしや文化も区切られていた。新しいものを生み出す、エッジシティとしての歴史は、渋谷ならではの地理的条件も関係していた。

渋谷発のイノベーションの必要性と必然性を、歴史的観点からも紐解いていく2人。

人と場所、それぞれの余白が、クリエイティブを生み出す

久我:「渋谷から世界に問いかける、可能性の交差点」というコンセプトは非常に魅力的だと感じます。しかし、一方でこのコンセプトは抽象的であり、日常業務に追われる一般の働く方々が、このコンセプトを具体的に自分のものとして捉え、積極的に投資するのは難しいかもしれません。このギャップを埋める方法として野村さんのお考えはありますか。

野村:そうですね。でも外に出ていかないことには触れられないので、いかに余白を作れるかどうかは重要ですね。QWSではなくても、いかにメインの活動から違う場に行く環境をつくるかですね。

久我:違う場に触れる素晴らしさをできるだけ経験値に変えていき、継続できるといいですよね。

野村:実際、法人会員さんは自社内のリソースでは解決できないと危機感を抱いて強引に機会をつくっている方々が多いですね。

久我:なるほど。企業だけでなくその人たちの人生も変わりそうですね。あと、学生さんもいらっしゃるんですね。

野村:今は15歳〜75歳ぐらいまで所属していただいてますね。

久我:その年齢層は非常に幅広いですね!何か特別な意図があるのでしょうか。

野村:そうですね、やはり何か新しいものを生み出すことに一番大事なのは多様性だと考えています。サンフランシスコやベルリン、イスラエルもそうですが、そういった多様な都市、寛容性のある都市ほどイノベーティブといいますか、クリエイティブだったりするので、寛容性のある、余白のある場所としても意識していますね。

多様な価値観を受け入れる寛容性と余白、そこからうまれる「問い」と「対話」にイノベーションを生み出す共創コミュニティとして大事な要素があると野村氏は語る。

久我:そこで多様な人たちと接続するという意味でもコミュニケーターが大事になってくるんですね。なるほど。50年後、ここが起点になって社会が変わる、みたいなことがあると最高に嬉しいですね。

野村:そうですね、将来的に「自分もQWS出身なんだ」という会話が生まれると嬉しいですね。

久我:もうだいぶ認知も広まっていますしね。

野村:でもまだまだ知られてないとは思ってはいるんです。特にIT関係・エンジニアの皆様はやはり研究室や自社開発に従事されているので、なかなか外と接する機会は少ないんじゃないかなと思っています。QWSではエンジニアと繋げたい方がたくさんいらっしゃる状況です。いいアイディアがあっても、実現してくれる人がまだまだ足りていないですね。

久我:一般的には、エンジニアを貴重な人材資源と捉えて囲い込みをするケースが多いですが、社会との結合によって付加価値を生み出すことを考えたらメリットは大きいかもしれませんね。

野村:副業的な形でもいいですし、繋がっていくといいなと思っていますね。

久我:世の中の社会課題の、具体的なテーマを解決してくれるエンジニア発のアイディア募集とか、面白そうですね。

(後編|「みんなで考え、みんなで越えて、みんなで変わる」。コミュニティを通して見つけた「SHIBUYA QWS」「nest」の答えと強さ–変革のキーパーソン3.5人の越境者研究-SHIBUYA QWSへつづく)

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