ディカプリオ×デ・ニーロ×スコセッシが先住民連続殺人事件と“恐るべき人間の本能”暴く『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

避けて通れないアメリカ史を巨匠が映画化

映画監督というものは年齢を重ねるにつれ、作家性、円熟味が増していき、集大成的なひとつの境地に達するものである。ただし、何かを極めた後も、さらなる凄みに向かって革新的作品にチャレンジし続ける監督も多い。マーティン・スコセッシは、まさにその代表格だろう。

1942年生まれのスコセッシは現在80歳。しかし『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)、『沈黙 –サイレンス-』(2016年)、『アイリッシュマン』(2019年)と、70代で撮った各作品を振り返るとき、それぞれの強烈なパワーが今も脳裏に焼き付いている人は多いはず。そしてこの最新作、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』も3時間26分と、前作『アイリッシュマン』の3時間30分と同列の長尺で仕上げつつ、一瞬の淀みやスキもなく、われわれ観客は大河に身を任せるように、スコセッシの操る豪華客船に乗船した気分になるのだ。

近年は「原作ありき」の作品が多いスコセッシ。この『キラーズ~』もデイヴィッド・グランのノンフィクション小説「花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」(早川書房)を基にしている。

20世紀初めのアメリカ・オクラホマ州で、先住民のオセージ族の間で謎の死亡事件が続く。彼らは石油を掘り当てたことで莫大な富を得ていたが、白人たちがオセージ族に近づき、その財産を狙っていた……。

原作のタイトルにあるように、このオセージ族の事件がFBIの創設につながったという意味で、アメリカの歴史における重要なトピック。それをハリウッドで最も信頼を集める巨匠が映画化したのが本作なのだ。

シンプルかつ緩急のある、映画の“リズム”を熟知した構成

メインの登場人物は3人。オクラホマでオセージ族と共に生活しているウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)、第一次世界大戦の兵役を終え、彼を訪ねてきた甥のアーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)、そしてアーネストの妻となるオセージ族のモーリー(リリー・グラッドストーン)だ。もちろんその他にも町の住人たち、捜査官など多数のキャラクターが登場するが、この3人の運命を見守っていれば、作品を心から満喫できる。その意味で軸がシンプル。ゆえに観る者の心を離さないところは、スコセッシの手腕でもある。

映画の冒頭で、モノクロのニュース的な映像で時代と場所が解説され、1920年代、オクラホマの町を鮮やかに再現したセットによって、一気に“世界”に没入するのは間違いない。「つかみ」は完璧だ。オセージ族の謎の死亡ケースもたたみ込むように紹介され、サスペンスフルでダークな雰囲気に導かれていく。モーリーの家族は裕福である一方、次々と命を落としていた。モーリー自身も糖尿病をわずらっている。そんな彼女とアーネストの結婚は、ウィリアムの目論見どおり。

このあたり、現代の設定ならもう少し“葛藤”があるはず。モーリーとアーネストの心が近づいていくドラマも丹念に描かれるだろう。しかし、スコセッシはその部分を短くすっとばし、モーリーの家族が次々と死んでいくプロセスに、その裏で暗躍していそうな人物たちのエピソードを絡めていく。展開にブレがない印象。登場人物たちのモラルや正義感、使命感には、現代の感覚からはかなり違和を生じるも、1920年代、オクラホマの人たちは「こうだった」という揺るぎなさが貫かれているようで、そんなクールな視線が背筋を凍らせるのも、おそらくスコセッシの意図どおりではないか。

その後は要所で目を覆うような描写、あるいは突発的なショックシーンも用意され、こちらの緊張の糸が途切れそうになると、またピンと張り詰める。効果的な反復で観る者を飽きさせない。映画のリズムを熟知した構成だ。

デ・ニーロとディカプリオがスコセッシ作品初共演! リリー・グラッドストーンの存在感も白眉

しかし全体を通して、じわじわと、そして強烈にインパクトを与えるのは、信頼する相手によって、いとも簡単に心を操られる人間の本能。一見、人の良さそうなウィリアムの指示によって、アーネストは善悪の区別も消えた行為に手を染め、さらに周囲にも悪行を蔓延させていく。まるで、洗脳。

オセージ族の妻を愛しているにもかかわらず、自身の行為に一切の迷いもないアーネストには“操られる”人間の悲哀さえ滲むのだが、ここで演じるレオナルド・ディカプリオの、キャリアの集大成とも言っていい名演が生かされる。いくらでも大袈裟に表現できるアーネストの劇的な運命を、ディカプリオは静と動のバランスを巧みに操ることで、人間の本能を炙り出した印象。それはウィリアム役のロバート・デ・ニーロにも通じる。

デ・ニーロは『タクシードライバー』(1976年)、オスカーに輝いた『レイジング・ブル』(1980年)などスコセッシ監督作で8回も主演を果たした、まさに盟友。そしてディカプリオもこれまで5回、スコセッシ作品に出演し、そのうち『アビエイター』(2004年)と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の2本でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされている。

スコセッシの2大“分身”ともいえる2人の名優が、同監督の下で初めて共演した記念すべき一作が『キラーズ~』であり、ウィリアムがアーネストを導くドラマに、映画ファンは映画史の流れも実感しながら、感動に打ち震えてしまうのである。

驚くべきは、この2人の名優に負けないほどの存在感を示した、モーリー役のリリー・グラッドストーンである。1986年生まれで、モンタナ州のアメリカ先住民居留区で育った彼女は、ケリー・ライカート監督の『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016年)でクリステン・スチュワート、ミシェル・ウィリアムズらと共演して脚光を浴び、本作ではオセージ族の女性にリアリティを与える重要な役割を果たした。これから始まる今年度の映画賞に彼女が絡んでくるのは確実で、オスカーノミネートの可能性も高い。

故ロビー・ロバートソンの手掛けた音楽も必聴! スコセッシの飽くなき冒険心

このようにすべての要素が極上の『キラーズ~』だが、最も特筆すべきは音楽かもしれない。耳に残るキャッチーなメロディではないにもかかわらず、まるで映像から自然に湧き出てきたようなスコアが重なり、これこそ映画音楽の見本というべき仕上がりなのである。

スコアを手がけたロビー・ロバートソンは、『キング・オブ・コメディ』(1983年)で音楽プロデューサーとしてスコセッシ作品に関わり、その後も『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2001年)、近作の『アイリッシュマン』など、何度も音楽で協力している。

ロバートソンは「ザ・バンド」の初期メンバー。その最初のメンバーの1976年の解散コンサートを収めたドキュメンタリー『ラスト・ワルツ』(1978年)を監督したのが、マーティン・スコセッシだった。ロバートソンは今年(2023年)8月にこの世を去った。映画音楽としては『キラーズ~』が遺作となり、スコセッシとの関係とともに魂が宿ったスコアが、観る者の心に染み渡ってくるのである。

3時間26分の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の中で、溢れる思いは観る人それぞれ、山のようにあるだろう。しかしクライマックスの思いがけない演出には、誰もが同じ感覚に浸るのではないか。それは――80代となったマーティン・スコセッシの飽くなき冒険心、活力だ。こんな風に映画をまとめるアイデアを目の当たりにすると、スコセッシのさらなる進化に期待を高めずにはいられない。そして、このフィナーレを観届けた後、重量級の傑作の真価を受け止めるには、やはり劇場のスクリーンがふさわしいと、われわれは改めて認識する。それこそが巨匠の思惑であるかのように……。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は2023年10月20日(金)より公開

ロバート・デ・ニーロ×マーティン・スコセッシ監督『カジノ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年11月放送

ロバート・デ・ニーロ主演『ミッドナイト・ラン』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年11月放送

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