THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】③ BTSの成功要因と次世代への熱きメッセージ  音楽業界のレジェンド・稲垣博司インタビュー、いよいよ最終回

THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】② レコード会社の役割とこれからの音楽からのつづき

話題の新書『1990年のCBS・ソニー』を上梓した音楽業界のレジェンド・稲垣博司へのスペシャルインタビュー。第3回はK-POPの成功要因を踏まえつつ日本の音楽業界の課題を語るレジェンドから、次世代への熱きメッセージをお届けする。

様々なメインストリームを形成した日本の音楽の変遷をどう見ていたか?

―― 1964年、新卒で渡辺プロに入社した稲垣さんはおよそ60年間、音楽に関わる仕事をされてきました。その間、日本では歌謡曲、GS、フォーク、ニューミュージック、アイドルポップス、ロック、J-POP……と、様々な音楽がメインストリームを形成しましたが、その変遷をどうご覧になっていましたか。

稲垣博司(以下、稲垣):演歌は別として、若者向けの音楽は欧米、特に米国の影響を強く受けていますよね。日本は常に洋楽をお手本にしてきた。それに尽きると思います。しかし、その姿勢は海外では通用しません。僕はこれまで松田聖子、レベッカのNOKKO、久保田利伸の海外進出に携わりましたが、向こうでは必ずオリジナリティを求められます。日本では曲づくりの際、「こんな感じで」と言って洋楽の音源を見本として渡すことがよくありますけど、海外でそれはできないじゃないですか。

―― 確かに(笑)。

稲垣:彼らにしてみたら、日本人が自分たちの音楽のコピーをする意味が見いだせないわけです。『戦場のメリークリスマス』(1983年)で世界に進出していた坂本龍一でさえ、日本の音楽ならではの特徴を出すことを求められました。『NEO GEO』(1987年)というアルバムの表題曲では、それを踏まえて沖縄民謡のエッセンスを採り入れています。

―― インストの坂本さんがそうなのですから、歌ものはさらにハードルが高くなりそうです。

稲垣:言葉の壁がありますからね。僕はBTSの成功を見て、海外進出のカギはリズムであるという確信に至りました。音楽の3大要素は「リズム」「メロディ」「ハーモニー」ですが、今はラップをはじめ、完璧にリズムの時代じゃないですか。だからダンスを主体にすれば言葉を超えて受け入れられる。K-POPのダンス&ボーカルユニットが次々と進出できているのは、そういうことだと思います。

―― あの群舞のシンクロ具合はすごいですよね。

稲垣:米国のダンスグループのレベルを超えて、韓国のオリジナリティとなった。向こうではそう受け止められているのでしょう。先日、韓国の音楽業界の重鎮と話をする機会があったのですが、その人いわく、「我々は韓国人だけでなく、海外の作家と共同で曲づくりをしています」と。それはハリウッド映画に通じる制作スタイルですよね。たとえばディズニーでは1つのセリフを50〜60人の作家に書かせて、そこからピックアップする。悔しいけれど、日本はだいぶ遅れをとってしまいました。

K-POPが海外進出に成功した理由とは?

―― 海外進出に関して、韓国に学ぶべき点は多々ありそうです。

稲垣:よく言われる「韓国は国内マーケットだけではやっていけない」という事情があるにせよ、彼らは意気込みが違います。レコード会社の幹部はアイビーリーグ出身のビジネスパーソンがごろごろいて、英語はペラペラ。経営能力だけでなく、音楽的にも優れていて、自分で作曲もアレンジもできるんです。

―― 超優秀な人材が集まっていると。

稲垣:ネットの使い方にも長けていて、先日会った重鎮は「演歌でも、自分たちはネットを通じてアジアで売る自信がある」と言っていました。日本の感覚だと「演歌はちょっと難しいんじゃないの」と思いますが、そう言えるだけのデータや実現するためのノウハウがあるのでしょう。つまり韓国は制作能力だけでなく、マーケティング、プロモーションといったヒットさせるために必要な要素をすべて備えているのです。

―― だからこそK-POPは海外進出に成功したわけですね。

稲垣:ここが大事なところですが、そこに辿り着くまで、彼らは多くの失敗を重ねてきているんです。でもめげなかった。成功するまでやり続けたからこそ今があるわけです。今から20年ほど前、僕がワーナーにいた頃、K-POPのアーティストを売り込まれたことがありました。結局、他社からデビューしたんですけど、残念ながら成功には至らなかった。おそらく失敗の原因も分析したことでしょう。だから現在のK-POPの隆盛は偶然ではなく必然なのです。

―― 聞けば聞くほど韓国のパワーとダイナミズムを感じます。翻って日本は失敗を恐れる風潮がありますから、そこから変えていくことが必要かもしれません。

稲垣:日常生活でも「みっともないことはしたくない」「傷つきたくない」という傾向がありますよね。損得と分析で物事を考えるから、冒険ができない。みんながお利口さんになると、世の中を揺るがすような作品は生まれないと思います。ヒット作というのは大抵、失敗や孤立を恐れない、圧倒的な熱量を持った人が生み出すものですから。

「全勝を求めるな!人生は51勝49敗でいい」という信条

―― 稲垣さんは2013年に『じたばたしても始まらない 人生51勝49敗の成功理論』(光文社)を出版されていますが、そのなかで書かれた「全勝を求めるな!人生は51勝49敗でいい」という信条も、失敗を恐れずにやろうという姿勢に通じるような気がします。

稲垣:野村(克也)さんの言葉にもありますが、人間は失敗からしか学べない。かく言う僕もたくさんの失敗を重ねてきました。日本のアーティストの本格的な海外進出を果たせなかったことがいちばんの心残りですが、これはぜひ次の世代の方に実現してもらいたいです。

―― 音楽業界の未来を考えるとき、海外進出は必須でしょうか。

稲垣:もちろんです。世の中を見渡すと、輸出がうまくいかない産業は成長できていないじゃないですか。音楽や映画だって製造業の1つですから、海外に輸出しないとレベルが上がりません。最近は音楽の作り手でありながら、洋楽をあまり聴かない人がいるようですが、僕に言わせればとんでもないことでね。海外に出ていく学生が減ってきたのと同じで、日本人が内向きになっているのが気になります。

―― 音楽業界に関して言えば、90年代にJ-POPの登場とCDバブルで市場が急拡大しました。その成功体験がガラパゴス化に繋がった一因のように思えます。

稲垣:急務と言えるのは、リズム、つまり踊りを主体としたものに絞って海外へ出て行くこと。それしか活路はありません。僕がレコード会社の社長に言いたいのはそこだけです。そうじゃないとジリ貧になって、近い将来、韓国の会社に買われてしまうかもしれない。

アルバム制作費が8,000万円だったX JAPAN

―― 韓国の後塵を拝している日本ですが、その一方で70〜80年代に制作されたシティポップが思わぬ形で海外から評価を受けています。

稲垣:僕はあの時代を経験できてよかったと、つくづく思っているんです。日本経済が右肩上がりでしたから、潤沢な予算で音楽を作ることができた。本にも書きましたが、X JAPANのアルバム制作費が8,000万円だったこともありました。さすがにそれは極端な例ですけど、お金をかけて作ったいいソフトというのは何年経っても色褪せないんです。先日、テレビで放送された『タイタニック』(1997年)を久しぶりに観たときも、やはり素晴らしいなと感動しましたが、あの映画は確か2億ドルの制作費をかけている。だからこそあれだけ迫力のある映像が生まれて、今も鑑賞に堪えられるのだと思います。

―― お金をかければ名作になるわけではありませんが、お金がないとそれなりのものしか作れませんよね。

稲垣:今はパソコンでかなりのことができるので、制作費をかけなさすぎるという問題もあります。アマチュアの人たちが経済的な制約のなかで作っているものからは、大滝詠一のようなゴージャスな音楽は生まれません。そういう時代だからこそレコード会社がしっかりしないといけないんです。いい料理を作る若い料理人を見つけたら、一緒にメニューを開発して、フレンドリーなウェイトレスやウェイターを通して提供する。そんなレストランのような機能を整えていないと、素材だけではお客さんに食べてもらえません。才能を発掘して、作品を磨き上げて、世の中に伝えていく。そこにメーカーの存在意義があるわけです。

―― 渡辺プロ時代から新人開発の重要性を痛感していた稲垣さんは、ソニーでSD事業を始められましたが、その想いは今も変わらないとお見受けします。

稲垣:近年はネットで支持を集めているアーティストを見つけて、他社より早くそれを出す。赤字を出さないために宣伝費は使わないというやり方があるようですが、そんなことをしていてはいけません。メーカ-なら新人にお金をかけて、その魅力を伝えるようにしなくては。

昭和歌謡やシティポップを愛好する若者へのメッセージ

―― このRe:minderは80年代、90年代のエンタメを中心に扱っていますが、その頃は生まれていない20代、30代の方も実は大勢ご覧になっています。最後に、昭和歌謡やシティポップを愛好する若い方や、音楽業界を志す方にメッセージをいただけますでしょうか。

稲垣:リスナーとして音楽を愛している方にはジャンルを限定せず、自分が感動できる音楽を見つける歓びを味わっていただきたいですね。最近の音楽番組は、たとえば「卒業のときに聴きたい曲」とか「元気になれる曲」「泣ける曲」といった、聴く場面や目的を限定するようなテーマを設けていることがありますけど、そういう聴き方はしてほしくない。薬じゃないんだし(笑)、音楽を効能で分析するみたいな捉え方は寂しいじゃないですか。

僕は五嶋みどりさんのバイオリンをサントリーホールで聴いたとき、わけもなく涙が出てきたのですが、それはもう理屈じゃない感動でね。音楽って本来そういうもので、分析して聴くものではないと思うんです。そして自分で音楽を作っている方には先ほど申し上げたように、失敗や孤立を恐れず、チャレンジを続けて、ぜひ海外に進出してくださいとお願いしたいですね。

THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】① 尾崎豊への思いとトップに必要な条件にもどる

<稲垣博司プロフィール>

1941年、三重県生まれ。早稲田大学卒業後、1964年に渡辺プロダクションに入社。1970年にCBS・ソニーへ移り、代表取締役副社長、ソニー・マガジンズ(現・エムオン・エンタテインメント)代表取締役社長、SMEアクセル代表取締役社長など、ソニー・ミュージックグループの要職を歴任。1998年、ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長に転じ、2004年にエイベックス(現・エイベックス・グループ・ホールディングス)特別顧問に就任。以後、エイベックス・マーケティング代表取締役会長を務める。現在もミラクル・バス アネックス主任研究員など複数の役職に就いている。

カタリベ: 濱口英樹

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