直線道路なら「時速300km」でも“危険運転”ではない… 裁判所が“浮世離れ”の判断を続けるワケ

交通事故事案で裁判官が現場へ足を運ぶことはそう多くないという(Flatpit / PIXTA)

どれだけスピードを出して車を運転しても、“まっすぐ”走れてさえいれば「危険運転」ではない――。

法定速度を大幅に超えて車を“暴走”させ、人を死傷させた加害者に「危険運転致死傷罪」が適用されず、量刑が大幅に軽い「過失運転致死傷罪」(※)として扱われ、涙をのむ被害者遺族が後を絶たない。

その背景として、「高速暴走・危険運転被害者の会」代表顧問弁護士である髙橋正人弁護士は「法律が縮小解釈されている実態がある」と指摘する。

※ 危険運転致死罪の罰則は「人を負傷させた場合は15年以下の懲役、人を死亡させた場合は1年以上の有期懲役(最長20年)」。一方、過失運転致死罪の罰則は「7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金」

「歩行者や他の走行車両」の存在が無視されている

「危険運転致死傷罪」は、人の命や身体をおびやかす重大な過失で、かつ悪質な運転をした人を、心ある運転者であっても一瞬の不注意で犯してしまうような“単純な過失”と同様に処罰することは均衡を逸するということで、平成13年に法制審議会で協議、制定された。

「自動車運転死傷処罰法」第2条第2号には、同罪の成立要件のひとつとして「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」と明記されているが、当時の法制審議会では「(自動車の)進行を制御することが困難な高速度」を判断するにあたって「歩行者や他の走行車両の存在を加味しない」との“発言”がなされている(発言のみで、実際の法律には記載されていない)。

その理由として、「当時は防犯カメラやドライブレコーダーが今ほど普及しておらず、『歩行者や他の走行車両の存在』は、目撃証言から確認するしかなかったという点が考慮されたのだろう」と、冒頭の高橋弁護士は振り返る。

「目撃証言の場合、事故発生前後に加害車両の周辺で『歩行者や他の走行車両』がどのような動きをしていたか正確に説明することは難しく、証拠としてはあいまいなものになってしまいます。そのことから、『加味しない』とする発言があったのでしょう。

実際に、危険運転致死傷罪の制定後『制御することが困難な高速度』について争われた刑事裁判では、事後的に確認が可能な『道路の形状』『路面状況』『車両の性能』をもって、『歩行者や他の走行車両は含まれない』とした判決が出されています(東京高裁平成22年12月10日判決)。

ところが今や、防犯カメラもドライブレコーダーも広く一般に普及していて、事故前後の歩行者や他の走行車両の動きは正確に確認することができます。それにもかかわらず、裁判官は昔の議事録や判決に引っ張られて、かたくなに『歩行者や他の走行車両』の存在を加味しようとしません。彼らの感覚は、あまりにも“浮世離れ”しているのではないでしょうか」

冒頭で記したように、「“まっすぐ”走れてさえいれば『危険運転』ではない」というのは、「直線道路をまっすぐ走れているのなら、車を制御できている。すなわち“危険”ではない」ということ。まさに「歩行者や他の走行車両の存在」を念頭に置いていないからこその判断だと言えるだろう。

そもそも“直線道路”なのか

さらに髙橋弁護士は、「“まっすぐ走れていた”という道路が、そもそも“直線”だったのか」が「もうひとつの問題」だと指摘する。

「裁判官は、一般的に警察官が作成する『実況見分調書の現場見取図』を見て事故の状況を判断しています。しかし地図の縮尺では、高速道路などのような長く緩やかにのびるカーブは、あたかも“直線道路”であるかのように見えてしまうのです。

縮尺を200分の1にすれば、見かけ上のカーブの度合いも200分の1に圧縮されてしまいますから、本当はカーブでも見取り図上では“直線”に描かれてしまうのです。これは、中学の数学や物理の知識さえあれば誰でも気付くことなのに、裁判官は気付かない。

彼らが交通事故事案で現場まで足を運ぶことはめったにありません。『まっすぐ走れていたから“危険運転”ではない』と判断された道路が、実際には一般的に想像されるような“直線道路”ではなかった、というケースは山ほどあります。

また、実際に運転するときに見えているのは『正面画像』ですが、現場見取図では真上から見た『水平画像』で状況を捉えることになり、道路の起伏なども不可視化されてしまいます。ここでも事故の実態と、裁判官の認識との間にかい離が生まれているのは大きな問題ですが、せめて死亡事案においては、裁判員も含めて必ず現場に行くべきだと私は考えています」

検察も裁判所も「変化を嫌う組織」だが…

“直線道路”における高速度運転を「危険運転致死傷罪」として起訴しても、裁判所がそれと認めないことから、検察側も及び腰となり、いまだ最高裁まで争われた事例がない。

「今のままの法解釈では、たとえば時速300km、500kmで事故を起こしても、そこが直線道路なら『車を制御できている』ということになってしまいます。こんなに常識離れでばかげたことはありません」(髙橋弁護士)

髙橋弁護士ら「高速暴走・危険運転被害者の会」は現在、今年2月に宇都宮市の国道で起きた死亡事故について、『危険運転致死傷罪』への訴因変更を求める署名を継続的に検察庁へ届けている。

「検察も裁判所も、変化を嫌う組織。彼らを動かすには『国民の声』が不可欠です。最高裁の判例を作ることができれば、それをトリガーとして法改正につながる可能性もあるので、希望を持って働きかけ続けていきたいです」

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