岸田政権が実は選挙で成果を挙げてきた影で、失われつつある政治の緊張感/次期衆院選を見据えた国政勢力の展望(西田亮介)

岸田政権の下での前回衆院選から衆議院の任期の半分、すなわち折返しにあたる2年が過ぎた。同時に、自民党総裁の任期まで残り1年を切り、岸田政権が長期政権を視野に入れるのであれば、解散総選挙がいつ行われてもおかしくない状況だ。来年度予算を審議する通常国会を念頭に置くと選択肢は刻一刻と狭まるばかりである。といいつつ、最近は、ある自民党議員から「いや、むしろ年内解散はなく、一定の賃上げが見込める春闘の結果すらも、この間、賃上げを主張してきた政府与党の”成果”に加算できる頃合いこそが好機なのだ」などという話すら耳にした。結局、総理だけが知る解散時期や結果を正確に予測することなどできはしないのだが、だからこそ、こうした予測は結果もさることながら、シナリオや派生的影響を論理的に考えてみることにこそ意味がある。

各社の内閣支持率の直近のピークは国内外で好評を博したG7広島サミット直後だ(NHKの調べではこの時期46%、10月現在は36%で支持率と不支持率が逆転している)。同じくNHKの政党支持率でいえば自民党は35〜40%程度でほぼ横ばい。4月の統一地方選や国政補選等での躍進を経て、維新の政党支持率が野党トップの時期が続いたが、その後、相次ぐスキャンダルや万博の工事遅れなどの報道もあってか10月には再び立民と逆転している。

岸田総理の決断力のなさを指摘する声もあるが、殊、国政選挙の結果だけに注目するなら、この間、解散に踏み切ることすらできなかった菅政権と比べてみても実は成果を挙げてきたことになる。前回衆院選では不安視されながらも、自公で300議席をわずかに下回る293議席を獲得。22年参院選でも自民党は議席を伸ばしている。長く続いた安倍政権の下で、野党分裂などに起因する野党の弱さに助けられた自民党は「常勝」に慣れすぎ、後継者が安倍氏に代わる「国政選挙の顔」になれるかが不安視されてきた。それだけにこれまでの国政選挙の結果は十分評価できるものといえるはずだ。第2次安倍政権が12年衆院選、13年参院選、14年衆院選で大勝しながら党内を掌握した姿と重なるが、次期総選挙で与党内で一目置かれる成果を挙げられるようなら岸田政権も長期政権化が視野に入ってくるはずだ

それだけに解散のタイミングをじっくり推し量っているようでもある。普通に考えれば、自ら解散風を吹かせて消したG7広島サミット直後も有力な選択肢だったはずだが、後出し的に結果を見るなら案外そうともいえず、岸田総理は選挙に関して相当の胆力か粘り強さを持っているともいえそうだ。というのも、既に自民党は衆院において相当数の議席を獲得してきたことから次の選挙ではおそらくは「自民党が議席をどこまで減らすか」という戦いになると見込まれているからだ。

政権の安定運営には法案成立を有利に遂行できる議席の獲得が不可欠だ。法案採決は実質的に委員会で過半数を抑えられるかが重要になってくる。委員会の人数は各政党の議席数に応じて配分されるが、衆院の場合、261議席で全ての常任委員会で委員の過半数を占めることができ、委員長を独占できる。いわゆる絶対安定多数である。次に重要なのが、全ての常任委員会で委員の半数を占め、委員長を独占する安定多数で244。233で過半数となる。21年衆院選で自民党は単独で261議席を獲得し、連立を組む公明党の32議席とあわせて293議席を獲得した。

変わらない与野党構図の中で、選挙の足場を固める自民

これらの数字を念頭に置くと、次の総選挙で前回同様自民党単独で絶対安定多数を獲得できれば二重丸だが、なかなか厳しい戦いとなりそうだ。前述のように議席減を念頭におくなら、自公で261を上回ることができるか、それとも下回るかがひとつの分水嶺となってくるはずだ。もちろん連立で上回ることができれば岸田政権にとっては及第点。下回るようなら長期政権の構想にとっては黄色信号といえよう。

こうした視点に立つなら、G7広島サミット後というタイミングは大変微妙だったことになる。維新の政党支持率が急騰し、全選挙区での候補者擁立など威勢のよい発言も相次いでいた。ところが冒頭に述べたように、相次ぐスキャンダルや大阪万博の進捗遅れなどで維新の勢いは削がれている格好だ。それに対して選挙という観点でいえば自民党は着々と足場を固めている。一時期、東京を中心に過去20年でもっともといってもよいほど悪化した公明党との関係を改善し、政府は減税含みの看板を掲げた経済対策を用意し、懸案の旧統一教会に対する宗教法人法に基づく解散命令請求にこぎつけた。意図したものかそれとも幸運によるものかは判然としないが、岸田政権はガードをかためながら、じわじわとボディーブローを叩きつつゲームの節目を迎えようとしているようでもある。

第2次安倍政権以後、与党は低い投票率のもと、高い得票率で勝ち切る国政選挙が続いてきた。結局、選挙は相対的な戦いであるから、このような状況は支持層が厚くて固い自公にとって有利である。維新の立役者橋下徹がしばしば口にする「ふわっとした民意」が割って入る余地が乏しいからだ。無党派層は投票所に足を運ばせることすら難しく、盤石な支持層づくりということでは野党は歴史も浅く軒並み自公に劣後する。維新も地方議員の数を倍増させ、過去10年間に着実に浸透を続けているとはいえ、政治に対する強力な反対や嫌悪感を含む急な関心がこのまま顕在化しないとすれば、そしてその構図に対する野党サイドからの大掛かりな仕掛けもないとするなら、次の国政選挙の構図も大きくは変わらないように思われる。そうだとすれば、現状は案外、粘り腰の岸田政権にとって好ましいのではないか。

存在感増す維新、立憲の不協和音……次の注目選挙区は神奈川

そのなかで注目しているるのは神奈川県だ。神奈川は区割り変更で次の総選挙では従来の18から20に選挙区が増えることになる。また比例南関東ブロックの定数も22から23に増える。政治的にも、神奈川県は大変興味深い土地である。東京で働く新住民たちのベッドタウンとしての顔と、ローカル性が入り混じる大都市地域である。四年制大学進学率の高さといった教育水準や賃金水準も総じて高く、かつて20年前には小さな政府と行財政改革を唱えた「みんなの党」などいわゆる「第三極」発祥の地でもある。要は都市型政党にうってつけともいえる土地なのだ。

そして維新はこの神奈川県を次期衆院選の重点選挙区と位置づけている。維新の神奈川県組織「神奈川維新の会」は党幹事長藤田文武衆議院議員を特別顧問に迎え、全選挙区で候補者を擁立し比例南関東ブロックとあわせて5議席獲得を公言している。10月中旬時点で、候補者擁立は10人、そのうち現職は2名だ。だが、4月の統一地方選では神奈川県下で71人の候補者を擁立し、36人が当選するなど存在感を示している

しかも新しい区割りに加えて、神奈川県議会で立憲民主党は先の統一地方選後に三会派に分裂するなど不協和音が目立っている(「立憲民主党・かながわクラブ」「立憲民主党」「かながわ未来」)。神奈川の立憲民主党の禍根の根は参院選での候補者擁立や県議団におけるハラスメント騒動など存外深く、次期総選挙でも一致団結できるのか懸念が残る。この状況は維新にとってはチャンスといえる。同時に、首都東京に隣接する土地で国政選挙でも躍進できるかどうかは、この間の「維新の勢い」なるものが本物かどうかを知るうえで試金石となりそうだ。

本稿では岸田政権の政策について十分に論じる紙幅はないが、日本社会における政治に対する関心が総じて低く、課題山積というなか、従来からの政策のラベルだけを古い宏池会のキャッチコピーと絡めた政策を乱発したり(「新しい資本主義」)、物価高騰対策のひとつの要としてのガソリン補助金にしても狙いは評価できるが補助金を停止すれば値上がりするのは明らかであるにもかかわらず放置し、価格高騰してから慌てて補助金延長を決めるなどマッチポンプ的であるなどどうにも煮えきらない。自民党内第四派閥であるという弱さも影響しているのだろうが、野党もいつまでたってもまとまらず、維新の勢いが陰りを見せるなど与野党間の緊張感も乏しい。物価高騰対策も地方自治体に丸投げするという。いったい、どこまで日本政治の緊張感は失われてしまったのか。それほど大きな変化が期待できない陳腐な選挙の構図になるなら、改めてその問いを惹起するとともに、読者諸兄姉の政局と政策への関心と行動を期待したい。

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