障害者の作業所やグループホームを運営する東京都小平市の社会福祉法人で、役員ら複数の職員が長期間、知的障害のある利用者たちに暴行や暴言を加えていたことが分かった。遅くとも5年ほど前には小平市に虐待の通報があったが、市は調査を法人任せにしていたとみられる。昨年には、法人職員が内部告発でネグレクト(放棄)の情報を通報したのに、市の担当者は「虐待じゃない」と受け付けなかった。
長期化した虐待。知的障害で話ができず、被害を伝えられない自閉症の男性利用者は、悲痛な行動に出ていた。(共同通信=市川亨)
▽50年近くの歴史ある社会福祉法人
この社会福祉法人は「ときわ会」。50年近く前に事業を始めた歴史ある法人で、小平市内で13カ所の施設を運営している。
共同通信が入手した内部資料では、遅くとも6年前には虐待疑いの行為が確認できた。作業所の男性職員が知的障害のある利用者の前で、本人が気に入っているチラシを無言・無表情で破るとの内容が、2017年の支援記録に記されていた。
関係者によると、同じ作業所の副所長だった男性理事は、男性利用者に行動障害が現れた際「いいかげんにしろよ」などと言い、股間をつかむ行為を複数の人に繰り返していた。部下の職員にも「何かあったら、股間をつかめばいい」と話していた。
2020年には、作業で使っていた工具部品を投げてきた利用者に「何すんだ、この野郎」と言い、頭をたたいた。
グループホームの管理者は、夜間に冷蔵庫の物を食べる入居者について職員向けに「黒いネズミが来るので注意してください」との張り紙をしていた。
このほか、職員らの証言によると、複数の職員が次のような行動をしていたという。
・利用者を押し倒し、馬乗りで後頭部を床に打ち付ける
・床に押さえつけた利用者の背中に別の職員が飛び乗る
・相性の悪い男女の利用者をわざと一緒にさせ、女性利用者が大声で泣くのをしばらく見ている
・利用者が嫌がることを繰り返し言ったりやったりする
・髪の毛をつかむ
・投げ飛ばす
これらの暴行や暴言のうち、施設4カ所での職員約10人による虐待を昨年以降、東村山市と小平市、東久留米市が認定。東京都は9月上旬、障害者総合支援法に基づき立ち入り検査した。
▽虐待通報者の情報漏えいの疑いも
ただ、小平市の動きは鈍かった。既に5年ほど前には作業所での虐待の通報があったが、法人は「理事の1人が作業所の職員全員に話を聞き、結果を市に報告した。市から調査はなく、それで終わった」と説明している。小平市は調査を法人に“丸投げ”していた可能性がある。
小平市から法人に通報者の情報が漏れていた疑いもある。
ある元職員は在職中の昨年6月、作業所での虐待疑いを小平市に通報したところ、当時の所長から通報したかどうか問われることもなく「通報した件で話を聞かせてほしい」と言われたと証言。
昨年秋以降、複数回通報した別の職員は今年1月、法人理事らに呼び出されて事情を聴かれ、後に「あなたから相談があったと市から聞いた」と言われたという。
障害者虐待防止法は、自治体職員が通報者の情報を漏らすことを禁じている。小平市は取材に対し、漏えいを否定した。「法に沿って対応しており、通報者の情報を漏らしたことはない」。法人側にも取材したが、「通報者を特定したことはない」と答えた。
▽「市に相談することじゃない」
虐待通報に対する小平市の対応では、こんなこともあった。昨年12月26日、法人の職員2人が市役所の障がい者支援課を訪れたときのことだ。入手した音声データによると、こんなやりとりが残っていた。
「グループホームで一部の職員が掃除をせず、ダニが発生したことと、職員の暴言について通報したい」。2人はそう伝え、「掃除しないのはネグレクトですよね」と訴えたが、応対した女性の課長補佐は「それ(ダニの発生)はネグレクトではない」と回答した。
通報を受理せず、こうも言った。「法人内で話し合って解決すべきことで、市に相談することじゃない。市で指導はできない。対応するよう法人には言ってある」
2人が「法人内で言っても変わらない」と訴えると「もっと言わないと」「指導監査は東京都(の役割)。だけど、都に行っても同じことを言われるだけ」と答えた。
2人が食い下がると、「虐待じゃない」「市は指導できない」と繰り返し、「もういいですか」と話を切り替えた。
不衛生な環境で生活させるのは、本当にネグレクトではないのか。障害者虐待に関する厚生労働省の自治体向け手引を見てみると、ネグレクトの例として「掃除しない」「劣悪な住環境で生活させる」と明記されていた。
厚労省の担当者は「ダニが発生するまで不衛生な状態であれば、虐待に当たる可能性は十分ある」。障害者虐待防止法は、虐待の発見者に市町村への通報を義務付けているが、小平市は取材に対し「法に沿って対応している」と繰り返した。
法人職員の2人はこれより前にも複数回、小平市に虐待を通報していた。市側は面倒に感じて、「通報」ではなく「相談」の扱いにしたとみられる。
▽法人の第三者委が行政の虐待認定を否定
実は、ときわ会は昨年以降、小平市と東村山市に虐待と認定された2件について、自ら調査・検証するという目的で第三者委員会を設置している。ただ、委員3人のうち1人は法人の監事(元職員)で、独立性を疑問視する声が出ている。
第三者委員会は昨年、法人自らが通報した1件については虐待を認定。一方、職員の内部告発だったもう1件では、今年3月にまとめた報告書で「虐待があったとは認められない」とした。
共同通信が入手したこの報告書などによると、グループホームで入居者への心理的虐待とネグレクトがあったと東村山市が昨年12月、認定していた。これに対し、委員会は(1)加害職員の言動について職員の間で認識が異なる(2)市の認定はあまりに厳格―などとした。
だが、東村山市が非常勤を含めホーム職員に幅広く話を聞いた一方、委員会は正職員4人に限定していた。
委員の弁護士は、職員向け説明会でこの点について理由を問われると、「法人からの依頼がそういう形だったので」と発言。「『4人だけでいい』と?」という質問にも「はい」と答えたが、その後「第三者委員会としての判断だ」と訂正した。
委員会が聴取しなかった元非常勤職員は、加害職員の言動について「荒々しい扱いで驚いた」との証言を残している。
東村山市は取材に対し「市の判断が受け入れられなかったことは残念」、弁護士は「取材には答えられない」としている。
▽2階から飛び降りて入院
虐待を受けた利用者たちは何ともなかったのか。小平市の隣、東久留米市からときわ会の作業所に通っていた中込悠平さん(36)=仮名=の両親と妹が取材に応じてくれた。
両親によると、悠平さんには自閉症と重い知的障害があり、意思疎通は難しい。18歳の時から作業所に通っていたが、7~8年前から変化が表れた。
以前は言わなかった、こんな言葉を発するようになったという。「いいかげんにしろ」「ごっつんこ」
さらに、物を投げたり父親の股間をつかんだりするといった行動障害や、自傷行為も出てくるようになった。
「兄はそんなことをする人ではなかった。作業所で何か起きているのではないか」
心配した妹が2020年、地元の東久留米市に相談したが、行動障害はさらに悪化。2021年には2階の窓から飛び降り、骨折して入院した。
家族は原因が分からなかったが、今年5月ごろ関係者から驚くべき話を聞いた。
「作業所で職員から暴行や暴言を受けている」
7月に通所をやめ、9月上旬に法人の役員らを問い詰めると、理事本人が悠平さんら利用者の股間をつかんだり暴言を吐いたりしていたことを認めた。ほかの理事は暴言を知りながら、放置していた。
法人は、暴行していた理事を解任したが、家族との話し合いの後の9月下旬になってからだった。
自閉症の人は自分がされたことをしたり、ストレスから行動障害が出たりすることが多い。父親は「そういうことだったのかと、ようやく分かった」。妹は「兄は『けがをしたら作業所に行かなくて済む』と思って、自傷行為をしていたのかもしれない」と漏らした。
父親の言葉には悔しさと悲しさ、怒りがにじむ。「息子の苦しさに気付いてやれなくて申し訳なかった。法人は虐待を分かっていたのに放置していたことを謝ってほしい。こんなことが他の人に二度と起きないよう、行政はちゃんと対応してもらいたい」
社会福祉法人ときわ会は、一連の問題が報道された後の10月20日、悠平さんと家族に謝罪する意向を表明した。