「どういった気持ちで名付けたの」の問いに、泣き出し止まらぬ嗚咽…母親に赤ちゃんを遺棄させたのは障がいか、家庭環境か、社会か…【後編】

2022年4月、竹林で赤ちゃんを出産し殺害したとして、殺人の罪に問われた立野由香(たちの・ゆいか)被告。翌2023年9月の裁判員裁判で、過去にも自宅の汲み取り式トイレで赤ちゃんを産み落としていたことなどが明らかとなった。法廷では「赤ちゃんポスト」を運営する医師も証言台に立った。(・・後編のうちの後編)

※当時のニュース、母親の人物像などを写真で掲載しています

IQ66「軽度知的障がい」

交際相手がいながら、マッチングアプリで出会った様々な男性と避妊しないまま性交渉を繰り返した結果、2度妊娠、いずれも孤立出産の末“殺害”。裁判初日は事件に至るまでの証拠調べや立野被告らへの質問が行われた。

2023年9月20日。裁判2日目。証人として出廷したのは、2人の医師だった。

「知能検査の結果はIQ66で、軽度知的発達症(=軽度知的障がい)に該当する」
※IQの基準値は100とされる

精神科医として立野被告と向き合った興野康成医師は、診断を踏まえ証言した。

「軽度知的発達症の特徴には、自己肯定感の低下や、勉強やコミュニケーションが苦手で孤立しやすいこと、後先を考えず行き当たりばったりとなりがちなこと、仕事が続かず金銭管理が苦手なことがあり――」

「これが特に女性の場合、結婚や妊娠など、冷静で計画的な行動を求められることで苦労しがちな傾向として現れる」

立野被告の言動には、これらの特徴がことごとく当てはまるという。

「悩みがあっても相談できない、SOSを出せない。その一方で、マッチングアプリを通じて知り合った相手と避妊せずセックスをするなど、リスク管理ができない」

“負の成功体験”が残酷なことに

飲食店アルバイトの傍ら、家事をこなすなど、一見、問題ない社会生活を送っていたようにも見える立野被告。

「被告人は家事全般をこなしていたが?」
「アルバイト先からは『仕事ができる』という評価も得ていたようだが?」

検察官から興野医師に質問が向けられる。

「そこだけを見ると“一般人”だ。仕事の性質が合っていたのだろう」

「バスタオルを持って竹林に行ったこと、その途中で人に見られると思い隠れたことなど、自分の意思で行動していたように見えるが?」

犯行の計画能力が立野被告に備わっていたのではと、検察が切り込む。

「人にばれるから隠れるというのは稚拙で、目先のことを表面的にしか考えられないということ。取りつくろう能力はあったのだろうが、善悪の判断はできなかったと評価できる。そもそも普通であれば、2度も産み落としはしない」

妊娠後、立野被告が中絶費用などを検索していた点を検察が指摘すると「考えるポイントがずれている」と興野医師。

「最初の出産で『成功体験』をしてしまった?」

「負の成功体験ですよね、間違った学習をしてしまった。極悪非道な人ではないのに、結果として残酷なことになった」

興野医師は「避妊していれば、救急車を呼んでいれば、こうはならなかった」と、事件を防げたいくつもの“if”に触れ、立野被告の責任や問題点についても言及した。

その上で
「社会のセーフティネットからことごとく漏れた事例だろう。セーフティネットに自分からアクセスできるかどうかが分岐点となる」

「赤ちゃんポスト」医師が証言

証言台に立った2人目の医師は、熊本の慈恵病院理事長で産婦人科医の蓮田健医師。乳児を匿名で引き取る、いわゆる「赤ちゃんポスト」を設置した人物で、2021年には身元を明かさず出産できる「内密出産」を国内で初めて手掛けた。

「ポストで引き取った乳児は、ほとんど孤立出産で、医療関係者のいない場所、車内や家、トイレでの出産だ」

蓮田医師が「孤立出産」することとなった、女性の実情を語る。

「出産時の出血などで、200人に1人は輸血が必要になる。処置できない状態での出産は、母子にとって危険なこと」

事件当日、大量出血したという立野被告。当時の診察記録などから、かなりの貧血で意識障害が発生していた可能性があると推察した。

また「孤立出産」に追い込まれる状況も説明した。

「普通ではない親子関係などが背景にある。相談できないどころか見放される、あるいは縁を切られる…。居場所が無くなると、彼女たちは本気で思っている。ひとりで産むしかないと考える。ポストに赤ちゃんを預けに来る女性のうち、8割くらいに何らかの発達障がいや知的障がいの傾向が見られる」

正常ではない家庭環境や、本人の障がいなどが複雑に絡み合った結果のひとつが「孤立出産」なのだと蓮田医師は述べる。

「新生児の殺害ほど完全犯罪が成立するものはないと思う。誰も存在を知らない訳だし、相手は抵抗する力もない訳だし…普通は隠し通せるだろうと思う。それが見つかってしまうというのは、知的なものが影響している。行き当たりばったり感が強いように思う」

「どんな気持ちで名付けたの?」被告は-

午後、裁判官と裁判員から、立野被告への質問が行われた。

「どういった気持ちで、赤ちゃんに『優希(ゆうき)』と名付けたの?」

立野被告は保釈後、殺害した我が子に名前を付け、戸籍を届け出ていた。

立野被告はうつむき目元を手で覆うと、声を殺して泣き出した。何か話そうとするが、声は出ない。落ち着こうと深呼吸しても、止まらない嗚咽。

その様子を正面からじっと見守る裁判官。

「答えられそうですか?難しそうなら次の質問に行きますし、頑張って答えられそうなら待ちますが」

目元を押さえたまま、泣きじゃくる立野被告。

「由香さん、何か答えたい?」

弁護士の質問にうなずいた。

「じゃあ待ちましょうか」

裁判長が告げる。証言台の立野被告は10分以上泣き続けた。

「先ほどの質問についての答えはどうなりますか?」

少し落ち着いた立野被告に、裁判官が問いかける。

しかし、沈黙はさらに10分以上続いた。それでも、急かす者はいない。

「もう一度言ってください」
立野被告が口を開くと、再び同じ質問が投げ掛けられた。

「どういった気持ちで、赤ちゃんに『優希』と名付けたの?」

「誰よりも…優しさをもって……」

立野被告は、本当に小さな声で、聞き取れないほどの小さな声で、自ら殺めた赤ちゃんに付けた名前の由来を述べた。

言い渡された判決、裁判所の判断は-

「被告人を懲役4年に処する」

2023年9月27日の判決公判。松山地裁の渡邉一昭裁判長は、立野被告に強い殺意がなかったことや、積極的な殺害行為には及んでいなかったと認定。

「リスクを踏まえた行動ができず、他に助けを求めることが難しいという、被告の軽度知的障がいや希薄な家族関係等の影響が否定できない」と指摘。一定程度、酌むことができる事情とした。

一方で、自己中心的な動機に酌量の余地はなく、生命軽視の度合いも強く、厳しい非難に値するとして、懲役6年の求刑に対し、懲役4年の判決を言い渡した。

判決を受けて検察側は「当方の主張、立証を適切にご判断頂いた結果であると考えている」とコメント。

弁護側も「こちらの言い分を、きちんと酌んで頂けた判決だったと思う」と述べた。

立野被告は控訴せず、判決は確定した。

“軽度・ボーダーライン”の人が危うい

「刑を軽くしてほしいという話ではなく、彼女たちの状況を分かった上で判決を下して欲しい、分かってもらいたいということです。そして再発防止。証言するのには、そういった意味もあります」

「赤ちゃんポスト」を設置した産婦人科医の蓮田医師。裁判のあと取材に応じ、法廷に立った理由を語った。

どこにでも潜む「孤立出産」のリスク。

「知的障がい・発達障がいというのは、例えば重度のものであれば、小さい頃から周囲が理解してケアをしてくれるので、そこまで生き辛さは感じないだろうし、相談だってできる訳です。軽度・ボーダーラインの人というのが危うい。親も先生も友だちも分かってないから、いじめの対象にすらなり得る。それがネガティブ体験として積み重り、相談もできなくなり、自己肯定感も低くなる。本人もそれに気付かない」

蓮田医師は「孤立出産」は決して特別な出来事では無く、社会に受け入れる寛容さが必要と話した。

「当然ながら、愛媛も孤立妊娠の女性と無縁であるわけではない、見えていないだけです。実際に『匿名で出産したい』と愛媛から訪れた女性もいました。今回のような事件が起こると、一時的には社会の耳目を集めますが、その後、風化し、対策が取られないまま、また次の事件が起きる。この機会に、妊娠相談窓口などの必要性を考えて欲しい。そして、愛媛に頼れる施設を作っていただきたい」

「本来赤ちゃんは、祝福されて、望まれて生まれてくるもの。例えば内密出産も、社会に許容できる雰囲気が作られ、広がり、ひとつの手段となって、赤ちゃんの幸せに繋がれば」

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