愛した野球に恩返しを…野球グラブよみがえらせる64歳職人 自社製品の名は実家の屋号 上尾の池北工房

工業用ミシンでグラブの指部分を縫い合わせる池北晃明社長=埼玉県上尾市平塚の池北工房

 野球の重要な道具の一つ、グラブ。長年使い込んだ手になじむグラブはまるで自分の体の一部のように愛着を感じる人も多いだろう。そんなグラブの制作、修理をする職人が埼玉県上尾市にある池北工房の池北晃明社長(64)。北は北海道から南は沖縄まで、全国の専門店から、ボロボロになったグラブが送られてくる。「自分のグラブを長く使い続けたいという気持ちを大切にしてよみがえらせたい」と修理にも真摯(しんし)に取り組む。

 創業は2019年。大手野球用品専門店「ベースマン」に長年勤め、60歳の定年を機に会社を起こした。「野球でお世話になったから、自分にできることで恩返しをしたかった。縁の下の力持ちとして」と理由を語る。

 徳島県鳴門市出身。幼少時代から野球を続け、鳴門高校から青山学院大学に進学した。常に野球と共にあった。卒業後は母校で高校野球の監督になるつもりだったが、大学の先輩の縁でベースマンに入社。球児や社会人、プロ選手などに提供するグラブやバット、スパイクなど野球用具のさまざまな知識を身に付けた。

 統括本部長として、グラブの修理工房を開設し、自分で工業用ミシンを扱えるようになった。海外工場での流れ作業ではなく、手作りのグラブを作りたいとの思いが募り、定年後の独立を視野に入れ、着々とスキルを磨いた。現在は、ベースマンなど専門店をはじめメーカーからも受注。独自の製品も生み出している。自社ブランドの「一富士」は鳴門市で代々営んでいた実家のうどん店の屋号。「ブランド名として残した。一応、4代目だからね」と笑う。

 そんな思いのこもったグラブは牛ステアレザー約30パーツから構成される。指の一本一本を丁寧にミシンで縫い合わせていく。小指で1ミリずれると人差し指で5ミリずれていく。集中力が必要な作業だ。しかも革の硬さ、体調、気温、湿度などで全く出来上がりが違う。「二つとして同じものができない」という。「機嫌が悪い時は出来も悪い。だからいつも心を平らにしておかないと」と話す。

 夢は日本製のグラブを伝統工芸品として将来に残すこと。海外に委ねるのはではなく、国内で生産する仕組みをつくること。その布石の一つとして、グラブ作り教室の開催を積極的に行っている。小学生の親子や高齢者など老若男女問わず、自分や子ども、孫のためのグラブ作りを楽しんでいる。その中から後継者が出てくるかもしれない。

■所在地

池北工房(上尾市平塚114の1、神田倉庫内、電話080.1333.8989)

自社ブランドのグラブ 「一富士」

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