動物の終末期医療…延命治療より大切なこと 愛猫の最期を看取った私の葛藤【杉本彩のEva通信】

杉本彩さんと12年間、一緒に暮らした愛猫の月子

昨年 「痛くない死に方」 という映画を観た。 在宅医療のスペシャリストとして知られる長尾和宏医師の原作を、 高橋伴明監督が映画化したヒューマンドラマだ。 映画のテーマは、 誰もがいつか迎える 「死」 についてである。 どこでどのように最期を迎えるのか、 苦しみや痛みのない死に方とはどういうものなのか、 自分の死とどう向き合い、 どう受け入れていくのか、 普遍的なテーマが描かれている。 また、 痛くないようにしなければならないのは、 看取られる人だけでなく、 看取る家族の心にも、 後悔や自責の痛みが残らないように、 と映画は伝えている。 

私がこの映画にとても感銘を受けたのは、 おそらく50代も半ばになると、 自らの死について、ぐっと現実みが増してくるからだろう。 10年前にはなかった感覚だ。 また、 自分自身の最期だけでなく、 家族や愛する誰かを看取ることも避けられないものなので、 終末期医療について学ぶことができる、 とても良い映画だった。

しかし、 今の私にとって何よりも身近で、 常に向き合ってきたのが愛犬と愛猫の終末期と死である。 映画の中で、 苦しみながら辛い終末期を過ごす人も、 理想的で完璧な死を迎える人も、 その姿はすべて、 過去に看取ってきた愛犬と愛猫の姿と重なった。 人も動物も、 命あるものはすべて同じだ。 死に向かいながら生きている。 加齢という機能低下の過程を医療で遅らせることはできても、 低下そのものを止めることはできない。

そんな、 避けられない 「老い」 と、 いつか必ず訪れる 「死」 を、 映画はとても前向きに描いている。 最初に過酷な死の苦しみを描くことで、 映画の終盤にはその穏やかな 「理想の最期」 が鮮やかに際立つ。 本人や家族の選択が、 その明暗を分けることも教えてくれる。 また、 映画は医師の苦悩や成長も描いている。 病を直すのが使命である医師にとって、 戦いをやめ 「死」 を受け入れることは簡単なことではなさそうだ。 医師は 「死」 を敗北だと考えるため、 最後まで諦めないという選択が、 終末期においては、 逆に患者を苦しめてしまうことになるのだという。 どんな治療をしようが、 回復に向かうことのない終末期には、 無理な延命をするのではなく、 「枯れるように旅立つ」 という選択がある。 そして、 それを支える医療的ケアがあるのだと知った。 

また同じ頃、 たまたま見つけた投稿がある。 獣医師が配信したSNSの投稿に、 私は深く感銘を受けた。 それは、 長年多くの動物を治療してきた、その経験に基づいたものだった。 とても人間味のある、 獣医師としての誠実さも伝わってくる温かい文章で、 辛い現実と向き合わなければいけない私たち動物と暮らすものに、 やさしく寄り添った投稿だった。 その全文を、 動物と暮らす皆さんに、 ぜひお読みいただきたい。 

『動物が枯れるように旅立つ』  「枯れるように旅立つ」 と言う人の医療を知ってから 動物の終末医療、 看取りについて考えたり、 人の終末期医療を元に勉強したりしてる。 治るならいいんだけど よくなるならいいんだけど 何をやってもよくならない時 どうにもならない時 終末期は生きてる以上ある。 生き物には寿命があり 肉体が使える時間には限りがある。 終末期になって 食事も食べなくなって 水も飲まなくなって 動けなくなってる動物に 薬を飲ませたり 点滴したりして 1分1秒でも長生きするように今まで治療してきた。 体は治療を受け付けなくなり 最後は呼吸が苦しくなったり 吐いたり、 下痢したり ケイレンが起きたりして 苦しそうな状態になってしまう。 ムリな治療のせいではなく 病気が悪いんだと思ってた。 体の状態が悪くて機能がうまく動かなくなってるのにも関わらずムリな治療して 過剰に点滴することで体に水が溜まってしまい 肺が水でおぼれるから 呼吸が苦しくなったり 脳がむくんでケイレンが起こったり 腸がむくんで動かなくなって薬や食事、 飲んだ物が腸で吸収できなくて吐いたり、 下痢したりしてしまうことがわかった。 ぼくが 「動物のために」 「少しでも長生きしてもらうために」 と思ってやってきた終末期医療が 逆に動物を苦しめることになっていたなんて思いもしなかった。 ムリな治療をしないで枯れるように旅立つ体験をしたことがある人は わかってもらえると思うけど 体験したことがない人は ムリな治療をしないで看取るなんてことは簡単じゃーない。 水や牛乳や流動食を飲ませたくなるし、 点滴や注射を打った方がいいんじゃないかと思っちゃうし ムリな治療をしないでみてるだけなんて 罪悪感や不安で押し潰されそうになるし 周りの人に治療しないなんてかわいそうとか言われるし ホントに何もしなくていいのかこのままでいいのかって思っちゃう。 ぼくら飼主にとってはムリな治療をしないから楽なはずなのに 精神的にはちっとも楽じゃなくて ぼくら飼主は治療してる方が楽なんだよねー。 治療することでこれだけこの子にやってあげたんだからしょうがないって諦めがつくんだよね。 終末期にムリな治療をしないで 枯れるように看取るのは 簡単なことじゃーないけど 動物が眠るように楽に旅立てるなら動物にとってはいいんじゃないかと思うのさ。  (出典:動物が枯れるように旅立つ | 人間より動物好きの獣医 シワ神シワ男 )  

8月に入り、 愛猫の看取りを目前に、 私はこの投稿を何度も読み返した。 そして8月7日、 12年一緒に暮らした愛猫の月子が、 17歳でこの世を去った。 とても穏やかな理想の最期だった。 

月子は2011年3月11日、 東日本大震災で被災し、 飼い主と離ればなれになってしまい宮城のボランティアさんによって救われ、 その後、 縁あって私の家族となった猫だ。 2021年3月にこのコラムでも、 その経緯をご紹介したことがある。 月子は、 震災から2年が経ち、 奇跡的に前の飼い主さんが判明したが、 さまざまな事情で宮城に戻ることはなかった。

月子は、 亡くなる1週間前から、 急に食べなくなった。 そのうち水も口にしなくなり、 ほとんどを寝て過ごすようになる。 腎臓病の投薬を何年も続けていたが、 それでもいつかは、 投薬も意味を成さない時がやってくる。 映画 「痛くない死に方」 に深く感銘を受けた私は、 寿命というその時期がきたら、できるだけ自然に、苦痛やストレスのない選択をしてあげたい、 まるで蝋燭の灯が消えるように、静かで穏やかな最期を家で迎えさせてあげたい、 そう考えるようになっていた。 ジタバタせず、 強い心で、 やさしく見守り、 寄り添うように看取ってあげたいと、 理想の最期を迎えるために、 心の準備を始めた。 たくさんの愛犬と愛猫を看取ってきた、 さまざまな経験からたどり着いた答えでもある。 

幸運にも穏やかな最期を迎えることができた子もいれば、1日でも長く一緒にいたい、 少しでも回復に向かってほしいと強く願うあまり、 動物にとって、 負担な治療を強いてしまったのではないか、 ただただ苦しませてしまったのではないか、もっと冷静に心の準備ができていれば、 最期は一番くつろげる自宅で、 静かに看取ることができたはずだと、 後悔の念に苦しんだこともある。 その心の痛みは、 今も忘れることができない。 

けれど、その経験がたくさん大切なことを教えてくれた。 看取りの時期がそう遠くないことを感じると、 その選択を誤らないように、より注意深く、より強い心で向き合わなければならないと、 自分に強く言い聞かせる。 その子の性格や病状や年齢を踏まえ、私の考えをしっかりと獣医師に伝え、最善の選択をすることが大切だと、心に刻んでいる。

そして月子にも、 難しい選択をしなければならない時がやってきた。 少しでも食べられるようになればと2日間通院し点滴も行なったが、 その効果はまったくなく、 これ以上の治療は月子の負担になるだけだと判断した。 とても迷ったが、 何をしても数日の延命でしかないと、 たくさんの看取りの経験が私に教えてくれたことでもある。 また、月子の性格を誰よりも知る私が、月子の身になって判断したことだ。 美味しいもの、好きなものしか食べないグルメな高齢の月子に、強制的な給餌や延命はしない、その時がきたら、家で好きにさせてあげ、猫らしく、安らかな最期を迎えられるよう、私はありったけの愛とエネルギーで見守り、心の準備をしよう、と。それでも、いざその時がくると、 望みをかけて、何か治療したいという思いに駆られる。 それを踏みとどまるのは、 やはり簡単なことではなかった。 けれど、 その判断を支えてくれたのは、 「痛くない死に方」 という映画であり、 ふと目にした、 「動物が枯れるように旅立つ」 という投稿だった。 

その日、 私は午前中に取材の仕事を終え、 自宅に戻った。すぐに月子のところへ行き、 「月ちゃん」 と声をかけながら体をなでていると、 それから間もなく、ほんの少し足先がピクピクと痙攣したあと、 二度ゆっくりと体を伸ばし、静かに息を引き取った。まるで私が帰宅するのを待っていたかのようだった。 いや、 きっとそうだと思う。 その最期を私に見せることで、 「その選択は間違っていなかったよ」 そう伝えてくれたような気がする。 そのやさしさに、 月子への感謝の思いが涙となって溢れた。そして、月子を抱きしめながら、何度も何度も感謝を伝えた。 枯れるよう旅立つ……、 人も動物も穏やかな最期を迎えるために、 とても大切なことを教わった。 (Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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