東京大学、コバルト不要の超高エネルギー密度リチウムイオン電池を開発

これにより、高価な貴金属であるコバルトを含まないにもかかわらず、従来比1.6倍の高いエネルギー密度と長い寿命をあわせ持つ革新的な二次電池実現の可能性が示されたという。

本研究成果は、10月19日付の英国の学術雑誌Nature Sustainability電子版に掲載された。

発表内容

研究の背景

コバルトは、リチウムイオン電池のプラス極(正極)の安定性と機能性を向上させる不可欠な元素として、1991年の商品化当初から現在まで継続的に使用されてきた。しかし、コバルトは高価な希少金属であるばかりでなく、環境汚染の危険性も高い。

さらに、生産の70%以上を政情不安定なコンゴ民主共和国が担っていることから、市場価格の激しい騰落を引き起こしてきた。加えて、産地における児童労働等の人権侵害も深刻な懸念事項である。

一方で、コバルトを使用せず、安価で高い安全性と耐久性を実現するリン酸鉄リチウム(LiFePO4,LFP)を正極に採用したリチウムイオン電池がここ数年で爆発的に普及しており、数年以内に市場シェア50%を超え将来的には主流技術になることが、世界の主要企業の量産投資状況から確実視されている。

しかし、リン酸鉄リチウムを採用すると、エネルギー密度が20%程度低下してしまう。このような背景から、コバルトを使用せず低価格でありながら高エネルギー密度を担保する理想的な蓄電システムとして、高電圧を発生するLiNi0.5Mn1.5O4 正極と高容量のSiOx負極から構成される電池が提案されたものの、高電圧作動時の劣化を抑制することができず、その安定作動は長らく実現されてこなかった。

研究の内容

本研究グループは、電池の中で起こる副反応(本来起こってほしくない反応)に対する新たな知見をベースに新規電解液を設計することで電圧制限を撤廃し、コバルトを使用しないリチウムイオン電池としては従来比1.6倍のエネルギー密度を有するLiNi0.5Mn1.5O4|SiOx電池の安定作動を実現した。

電池の作動安定性を向上するには、エネルギーを蓄積したり取り出したりするための反応のみを起こし、それ以外の反応(副反応)をできるだけ抑制する必要がある。この副反応には、(i)電解液が起こす副反応と(ii)電極が起こす副反応の2種類があり、双方を高度に抑制する必要がある。これまでは要因(i)に主眼を置いた電解液の開発が行われてきたが、高エネルギー密度電池における十分な安定動作は達成されてこなかった。

最近、山田教授の研究グループにより電極電位と連動する要因(ii)の存在が初めて顕在化され、そのメカニズムも解明された。本研究では、この新たな知見をベースに、上記2つの副反応活性を同時に抑制し、電圧制限撤廃を可能にする新規電解液をゼロベースで設計した(図2)。

図2:新規電解液設計指針による高酸化・高還元安定性の同時実現

具体的な電解液の設計指針として、①プラス極(正極)側で副反応が起きない溶媒の採用、②マイナス極(負極)側で副反応を防止する保護被膜形成ができるリチウム塩の選択、③マイナス極(負極)の副反応を抑制しつつ、プラス極(正極)側でも副反応を起こさないためのリチウム塩の濃度制御、を総合的に考慮して最適化した。

これら複数の施策の有効性に加え、SiOx負極表面への膨張収縮耐性付与、正極からの遷移金属溶出防止、アルミニウム正極集電体の腐食防止等の効果があわせて確認され、LiNi0.5Mn1.5O4|SiOx電池など高電圧電池特有の諸問題が一挙に解決された。

これにより、高価な希少金属であるコバルトを含まないにもかかわらず、高エネルギー密度を担保するLiNi0.5Mn1.5O4|SiOx電池の実用レベルの安定作動(初期容量比80%維持率/1000回充放電)に初めて成功した(図3)。

図3:LiNi0.5Mn1.5O4正極とSiOx負極からなる高エネルギー密度リチウムイオン電池の充放電サイクル特性

今後の展望

低炭素・持続可能社会の構築に向け、電池製造原料における資源戦略や企業の社会的責務を包括的に考慮した電池システムの開発が必要だ。

本研究で見出した新たな高エネルギー密度電池の設計指針は、高価な希少金属であるコバルトを使用していないにもかかわらず、従来の1.6倍のエネルギー密度を有するLiNi0.5Mn1.5O4|SiOx電池の安定作動が可能であることを示した。

ここで達成されたリチウムイオン電池の根本的な作動電圧限界の撤廃は、今後の蓄電池開発の現実的な方向性を拓くものである。既存の製造ラインもそのまま活用できることから、環境・資源問題を考慮した高性能電池システムが実現するとともに、電気自動車用二次電池や再生可能エネルギーの出力平滑化用二次電池など、現行型を含むさまざまな電池のエネルギー密度と信頼性の向上に寄与すると期待されるという。

▶︎東京大学

© 株式会社プロニュース