解散総選挙をにらむ岸田文雄政権、2補選で難渋の1勝1敗。その裏に見えた有権者の迷いと不安(山本一郎)

年末に向けての政局運営最大の山場と見られた国政2補選、結果は従来の見方通り与野党対決は1勝1敗で終わりました。ただ、情勢調査や期日前投票の出口結果と投票日当日の票の流れは割れに割れ、岸田文雄さんがこだわる「増税メガネ」なる有難くない二つ名を巡って無党派層の票だけでなく自民党・公明党支持の票も相当に揺れました。結論からすると、解散するもしないも岸田文雄さんの決断次第とも言える結果であると同時に、今回総理の所信表明でも「経済」推しの内容であったことを踏まえても非常に微妙な状況になったと言えます。

解散総選挙の前前哨戦・立川都議補選で見えていた予兆

10月15日に投開票が行われた東京都議会議員補欠選挙(立川市選挙区2議席)。解散総選挙の可能性をにらむ前哨戦としてのこの2補選の、そのさらに都市部・近郊部の有権者の状況を占う前哨戦の前哨戦となった地方選挙のひとつでした。この都議2議席を巡って争った結果が、都民ファースト新人の伊藤大輔さんと立憲民主党新人の鈴木烈さんが、自由民主党公認の新人・木原宏さんにわずか91票差で競り勝ちました。

先月9月に行われた立川市長選挙でも、都議会立憲民主党元団長の酒井大史さんが自民党系候補に勝利しているのですが、実際にはこの立川市長選では都民ファースト系や国民民主党候補といった非自民党系候補者も複数立っていたため不利と見られた選挙でした。

参考サイト:都議会議員補欠選挙 立川市選挙区は都民と立民 91票差で自民落選  各党反応や都議会構図はどうなる? | NHK

蓋を開けてみると、いずれの選挙も自民党系候補者は、他野党に比べて高い政党支持率を確保しているはずの自民党支持者からの票の獲得で苦戦し、さらに無党派層からの得票も2割台前半と伸び悩んでしまい、さらに公明党や公明党の支持母体からの投票と見られる票も当初見込みの5割程度と足場固めどころではなかったようにも見受けられます。少なくとも、東京都での自民党と公明党の与党としての選挙協力解消のショックはまだ払拭できていない印象です。告示日前の情勢調査でも「低支持率の政権を抱えた与党が投票率の低い地方選挙を互角以上に戦うためには、自民党候補者は高い自民党支持率をバックに戦うための浸透が必須」であるにもかかわらず、選挙戦を通じて候補者の名前が浸透しても票に繋がらず得票が伸びない状況が顕著に見て取れます。

投票所ごとの状況は自民党にとってさらに深刻なのですが、それは本題ではないので差し措くとしても、得票を見込むためには運動量を引き揚げていこうにも(a)「自民党や公明党といった自陣営の支持者からの得票を固める」ことと、(b)「広く有権者に浸透し、投票先の態度を決めていない無党派の有権者からの得票を開拓する」こととでは、選挙活動の方針や街頭演説、戸別、ポスターチラシなどでの訴求ポイントが異なってきます。問題は、いまの与党は都市部では特に、(a)も(b)もどちらが有利な選挙活動なのかを絞り切れず、結果的に野党系候補者に競り負けたり、有利に運ぶはずの地域で劣勢に立ったりして議席を失ってしまうのです。

野党勝利の参院補選。政策論争に差みられず低投票率に

この傾向はそのまま今回の衆議院長崎4(以下、長崎)、参議院徳島高知合区(以下、参院合区)での選挙戦に引き継がれ、特に本来は互角の戦いでいけるはずという期待感を持って迎えたはずの参院合区では特に、公示前の情勢調査では驚きの数字が出ました。そもそもこの参院合区では自民前職・高野光二郎さんが秘書を殴打するなどしてスキャンダル辞職したことが原因で、かつ、今回実質的に与野党対決となった広田一さん自身も政治家としては二世で小沢一郎さんからの要請で旧民主党に合流したという面で風に乗る政治家であることも斟酌すれば、有権者からすると「そもそも投票に行くモチベーションが湧かない」構造があったかもしれません。

実際、情勢調査では自民党支持者が多い地盤のはずが、保守3分裂での徳島県知事・後藤田正純さん当選状況や、高知県議からのキャリアで自民党候補となった西内健さん自身が土佐中高出身で強くなければならないはずの地元の投票箱ですら広田一さんを突き放せていないようであることを加味すると、与党側は低投票率からの地滑り的敗北と言えそうです。特に、自民党支持者も7割程度しか押さえられず、投票において公明党にも寝られると、本来ならば底堅く支持団体からの票を上積みして戦う自民党の本来の地盤選挙で有利になるはずの低投票率の情勢でもダブルスコアに近い敗戦をしてしまうのが選挙の恐ろしさとも言えます。

参院合区の情勢で有権者の状況を見てみると面白いのは、低迷しているとみられる岸田文雄さんに対しては、岸田政権を支持する人も不支持の人も、岸田さんの「人柄」については4割以上の人が良いとし(一般的に、低支持率で悩む総理に対して国民が人柄を支持するのは珍しい)、岸田さんの政策に対しても「原発関連・風評被害対策」や「広島サミット、対中国外交」などでは合区を含む国民は岸田さんは仕事をしていると評価しているのです。

他方、これら岸田さんが稼いでいるポイントは有権者にとって重要ではない、投票の参考にはしていないのも事実であって、国政選挙では特に、有権者の政治に対する優先課題は「賃金・物価高対策」を含む「景気・雇用」と、高齢者の生活への不安が直結する「年金・社会保障」がダントツでツートップになっています。興味深いのは、これらの国政への期待感とは別に地方選挙においても、特に都市型の地方選挙では国政選挙と同じ構造で有権者は判断するようになってきており、最近働き手世代でも上位に浮上しつつある「教育・子育て」のカテゴリーも含めれば、いま有権者が考えている『生活防衛』とはこれらの項目に対してピンポイントで当たる政策をいかに有権者に街頭などで訴えるかが(b)の勝負になってきます。

この点で、野党候補者は単に「あなたの生活がうまくいかないのは長く続く自民党政治が良くないからだ」と連呼しさえすれば、現状に不満を感じる有権者には訴求します。与党はこれに対する有権者への答えを用意しなければならず、これに納得ができなければ野党候補に票が流れたり、投票率が下がったりします。特に今回のような参院合区の投票率が下落した理由も、政治不信というよりは政策論争ではどちらにも期待感が持てなかったことが背景であることは明白です。解散総選挙のあるなしで解散の大義を踏まえての重要な選挙で大変な注目をされたにもかかわらず、ちょっとビックリするような低投票率で終わっただけでなく、その低投票率でダブルスコアに近い票数で野党系の広田一さんが勝利したのは与党の選挙対策としては頭の痛いところでしょう。

衆院補選での自民1勝の裏にあった「2敗」への焦り

翻って、長崎では今回選挙関係では特に「罰ゲーム選挙区」と位置付けられ、これは選挙を見ている人であれば当然ですが今回の舞台長崎4区は2022年の改正公職選挙法で減区となり、次の衆院選では消滅する選挙区となります。また、今回は長らく長崎同区を守ってきた北村誠吾さんのご逝去に伴う補欠選挙であり、ある種の弔い選挙的な側面は自民党公認の金子容三さん側に有利に働くものと見られていました。

ところが、公示前の情勢分析では、幾つかの調査会社で横一線の結果が出て大騒ぎとなりました。亡くなった北村さん陣営が指名する後継候補ではなく、自民党本部と長崎県連が推した金子さんでは駄目だという空気が流れた面もあり、自民党の足並みは乱れていました。地元でのヒヤリングでも九州比例復活で地元出身の前職・末次精一さんが割と強いぞとなって、与党も「2敗はマズい」というモードで選挙期間中は岸田文雄さんや幹事長の茂木敏充さん、林芳正さん、小野寺五典さんら、土地柄強い大物議員も続々現地入りして何とか支えた格好です。実際、(期日前の数字でサンプル数の面では正確ではなくあくまで参考値ながら)これらの党本部のテコ入れが入るまでは、どちらが勝ってもおかしくないぐらい激戦であったように見受けられます。場合によっては、経緯から見て末次さんが無所属で出馬していれば勝っていたのではないか、とすら感じる顛末です。

金子さん公認までの道のりで混乱もあったことから、自民党内の票固め(a)では、特に票の大きい佐世保(北村誠吾さんや立憲末次さんは地元)ではかなり水を開けられた形となっていました。しかし、長崎県は一方で分裂選挙となった昨年2022年2月の知事選から長崎県議会選挙では佐世保市・北松浦郡で自民党と公明党が多くの議席を占めており、長崎全体でも県議46議席のうち自民党30、公明党3と与党に地力のある地域だったこともあって、常識的に与党が一枚岩になって選挙戦を完遂すれば、神輿が誰であれそんな簡単には負けないし、そもそも接戦にしちゃいけない選挙区です。

また、今回罰ゲーム選挙区となったのも長崎が一議席減るからであって、せっかく金子さんが勝っても岸田文雄さんが解散総選挙を決断してしまうといきなり国替えが発生してしまいます。応援するのも岸田さんなら、議席を取り上げるのも岸田さんということになります。地元からすれば、候補者の擁立でもいろいろあったしやってられないぞというのはまあ間違いないのです。かなり最後のほうまで野党も皆さんいろいろ仰っていましたが、長崎1区の国民民主党・西岡秀子さんの次も考えて着地点を考えなければならないというデリケートな土地柄でもあります。

2補選から浮かぶ与野党の課題と、投票先を選ぶ難しさ

こうなってくると、自民党も野党も「縮退する地方と、票を稼がないとならない都市部」とを両にらみで全国政党が組織化するむつかしさを体感します。何とかなっている都市部と、人がいなくなっていく近郊・地方の分裂や、増税メガネ批判の根幹となっている社会保障を支える若者と受け取る高齢者の問題などは、そのまま国政各議席と地方県連・道連との利害関係の問題へとシフトしていくのです。

突き詰めれば、聞く力を発揮して比較的左派政策を実現しようとしている岸田文雄さんが考える政治は、地方に依拠し自民党の議席を守りやすい地方で本来強くなければならないはずが、参院合区でも長崎でも「そう簡単ではないよ」と有権者に教えられた気分すら抱きます。今回、与党が選挙演説などで封印している「減税」の構想でさえも、国対で官邸・自民党がまとめて20日に岸田さんの総理所信表明を行って高らかに言明していたならば 、参院合区でも少しは票確保の底上げになったかもしれません。実際、所信表明では岸田文雄さんは割と良いことを仰っていたのもあり、注目される選挙戦でこの方針を外に出せなかったのはもったいなかったな、とは思うんですよね。

「減税」に関しては特に、制度的に税金をいじること自体が、選挙対策の中でももっともハードルの高い分野であり、ここでは仔細は申しませんが、本来ならば岸田文雄さんがはっきりと「脱・アベノミクス」として訣別し『生活防衛』を国民に宣言する必要があります。それを「新しい資本主義」や「デジタル田園都市構想」といった、必要なことなんだろうけど有権者には分かりにくい政策パッケージになって岸田政権の支持が伸び悩むというのは相応に残念なことです。

また、野党にとっても今回それほど多くは影響しなかったようにも思いますが立憲民主党と日本共産党の野党共闘路線に加えて、基本となる支持層の一部がれいわ新撰組に奪われて選挙では役に立っていない問題と、野党第一党を伺う日本維新の会が(現状では勢いが止まりつつあるとはいえ)引き続き反自民・政権批判票を割ってしまう問題は解決していません。今回も、野党支持が本来の意味で伸び悩んだ理由も、出口の結果からすれば維新支持層が2補選共に6割近くも自民党候補に投票したようであることを考えると、未来絵図を楽観視することができないのも事実でしょう。おそらく、参院合区でダブルスコアで勝利した広田一さんも、投票率が上がり、まずまずの自民党政権支持の状況になってしまうとまたたく間にひっくり返される恐れが高くなります。

今回の2補選は、趨勢によっては岸田さんの解散総選挙の判断に直結することもあって、かなり真面目に周辺を見て頑張っておりましたが、今回ほど、有権者の迷い、不安が間近に見えた流れは無かったなと思うぐらい、万感を抱いた選挙でありました。

これほんと、どうなっちゃうんでしょうか。

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