ローグ・ワンの “失敗” から華麗なる復活 『ザ・クリエイター/創造者』茶一郎レビュー

はじめに

お疲れ様です。今月の新作1本目は『ザ・クリエイター/創造者』でございます。ディズニー様から試写にご招待頂き、また実費でも計2回見てまいりました。とても「あ、僕は今SFを観ているなァ」というSF快楽度の高い映画体験でした。SFと言ってもシリーズ、フランチャイズが前提の映画が多い中、単体のオリジナル企画でこれ程のクオリティのSFを堪能できる。おそらく今年2023年ベストのSF映画だと確信しています。『GODZILLA ゴジラ』『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』と大作を経た監督ギャレス・エドワーズは見事に「ローグ・ワン」のリベンジと言うべき、この『ザ・クリエイター/創造者』を成功に導きました。今回はそんな『ザ・クリエイター/創造者』(以下、「ザ・クリエイター」)について話していきます。

どんな映画?

「ザ・クリエイター」の舞台は2065年から2070年の近未来。AIによって核爆発が起こり、ロサンゼルスは消滅した、と。冒頭で、TV番組、コマーシャルでAIの進化がハッピー、喜ばしいものと語られると、一変してトーンはシリアスになって、核爆発が起こってしまう。『GODZILLA ゴジラ』でも謎の巨大生物の存在を政府が隠していると、黒塗りの公文書と記録映像を使った導入が記憶に新しいですが、それを思い出す見事なオープニングでした。

「ザ・クリエイター」の世界では、西側諸国と表現される、アメリカ、その他の国々はAIを敵視し、殲滅にかかっている。一方、ニューアジアと呼ばれるアジア諸国はAIを保護、AIと共に社会を形成している。主人公ジョシュアは潜入捜査中にニューアジアで出会った妻、彼女のお腹の中にいる子供を失った過去を抱えています。ある時、軍からニューアジアのある兵器を破壊しろという任務を受け、また妻が実は生きているという情報を聞き、再び兵器破壊のため、妻のためニューアジアに向かうという物語です。

ほとんど戦争映画

AIの破壊と保護、AIの扱いで真っ二つになっている世界。任務のため敵側の国に戻る主人公。Xのポストでは、SF版『地獄の黙示録』、『天と地』なんて表現をしました。おそらく粗筋を聞いた、映画をご覧になった多くの方は、この東西で割れている世界を第二次世界大戦後の冷戦下の現実に重ね、また敵国ベトナムで暴走をしている危険な軍人クルツ=カーツを暗殺するためベトナムに戻る、ジョゼフ・コンラッドの「闇の奥」とそれを原案とした『地獄の黙示録』を思い出すと思います。

ギャレス・エドワーズ監督お好きな方は初期作『モンスターズ/地球外生命体』という映画が、冒頭から『地獄の黙示録』オマージュをしていた映画で、その記憶も蘇ると思います。いずれにせよ本作『ザ・クリエイター』が優れているのは、AIとか、近未来とか、そういったSF的な要素、世界観は、映画の中ではあくまで背景で、実際の展開、見所のジャンルは戦争映画です。本当にこの映画の事、何もご存知ない方に、本編の一部を見せたら「え、これ戦争映画だね」って言うと思うんですよ。それくらい僕の鑑賞中の感覚は戦争映画…特に『地獄の黙示録』とか、もしくはベトナムの女性を主人公に米軍の男性との恋愛が描かれる、本作とは男女関係の逆の『天と地』とか、そう言ったベトナム戦争映画を観ている感覚でした。

この映画を観て、SF的な世界観が確固たるものとして、映画に、物語に馴染んでいるというのも優れたSF映画の一つの特徴だと思います。すでに馴染み切ったSF的世界観を背景に、別のジャンルとして展開していくという、そのジャンルとしてもちゃんと優れていると。SF映画の傑作チェックポイントみたいなものを序盤でクリアしています。

監督独自のSF構築術

加えてSFの斬新、新鮮な見た目というのも、本作「ザ・クリエイター」をSF版ベトナム戦争映画として作った事で達成していて、鑑賞中すごくフレッシュな、SF目が喜びます。序盤からベトナム戦争を描いた映画で何回も観たヤシの木の林、段々になっている畑、漁村、アジアの人々、一見、ベトナム戦争映画の風景ですが、そこにAIシミュラント「模造人間」と呼ばれるAIロボットが馴染んでいる。ガジェット、ロボット、飛行船が馴染んでいる。このどちらも何万回も見た二つの要素が見事にブレンドされて、見た事のないSF世界観を提示しています。SF目が喜んでらァと。

中盤以降は、チベット仏教的なビジュアル、寺院のある風景にAIロボットが馴染んでいる。一見、見た目はあのスコセッシの『クンドゥン』とかのオレンジと赤と、金のカラーリングですが、そこにAIロボットが、SF要素が馴染んでいる。ロボット仏像とかも出てくると。このサイバーパンク、レトロフューチャーとは明確に別軸のアジア的なビジュアルとSFのマッシュアップというのも、意外と大作で無かった。最近の『マンダロリアン』の、ブライス・ダラス・ハワードが監督をした回とかが近いかもですが、それよりもっと現実のアジア的な風景に、SF、ガジェット要素を組み合わせたというのも、本作の発明かなと思います。

実際、今回、ロケ撮影を多用していて、タイ、インドネシア、ネパール、カンボジアと、エンドクレジットを眺めていると、あんまりハリウッド映画では見ない国の、あのタイの映画支援機構のロゴがありましたが、実際のアジアの風景に見事にVFXを組み合わせて世界観を構築したと。このロケ撮影とVFXの組み合わせは、ギャレス監督のお得意で、初期作の先ほど名前を挙げた『モンスターズ/地球外生命体』もこの手法で、タイトルの通りこの映画は怪獣映画、モンスター映画ですが、全然、モンスター出てこないんですね。主となる物語は、そのモンスターから逃げる男女のロードムービー、ラブストーリーで、完全に背景にモンスターというSF要素が物語の遠景にいると。低予算映画という事を利用して、ロケ撮影を軸にSF要素を背景にすることで、逆に新しい感覚を受ける怪獣・モンスター映画に仕上がっていました。

本作『ザ・クリエイター/創造者』は、この手法の中規模版という感じで、見た目とか話のスケールは製作費2億ドル規模に見えますが、実際は8000万ドル。え?って感じですね。日本映画に比べたら莫大ですが、ハリウッド映画では中規模作品と呼ばれるラインの映画ですよ。そうとは全く思えない、それは初期作『モンスターズ/地球外生命体』の手法、ロケ撮影に遠景にVFXでSF要素を加えることで、ある種、観客の視点の錯覚を利用して、ゴージャスなSFに見せるという、元々VFX畑からキャリアを始めたギャレス・エドワーズらしいVFX使いが、本作で一つの到達点を見せたと思います。

このギャレス監督の演出力、世界観の構成力という、「世界観」という言葉は適切ではないかもしれません。SF的要素それぞれは、他の映画でいっぱいあるような要素なので、“空気”の作り方というか、空気中の酸素濃度、窒素濃度ならぬ、空気中のSF濃度の高め方が独自というのが、ギャレス監督の上手さだなと、『モンスターズ』から続いて、本作『ザ・クリエイター/創造者』でそれを証明したと思います。

ローグ・ワンのリベンジ

本作でも明かに『地獄の黙示録』をベースにした、ベトナム戦争映画をベースにしたというのは、ギャレス・エドワーズ監督にとって重要です。少し映画自体とは離れますが、これを知っていると、より本作に前のめりになります。ここが冒頭で申し上げた「ローグ・ワン」のリベンジという部分にかかってくる訳です。「リベンジ」と言っても「ローグ・ワンって成功作じゃん」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。分かります。スター・ウォーズのスピンオフ映画作品では唯一の成功作だと思いますが、非常にギャレス監督にとっては、ご自身もそういう表現をされていますが「ローグ・ワンは失敗作」でした。

当時、リアルタイムで「ローグ・ワン」の制作を追っていた方は「何を今更な話」ですが、「ローグ・ワン」は映画全体の40%を再撮影した映画です。当時、衝撃のニュースでしたよね。公開の約半年前くらいだったと思います。すでに映画を撮影完了した所、それが散々な内容、というか映画にならないと。そこで映画の40%を再撮影すると。監督はギャレス・エドワーズですが、そこに後にドラマ「キャシアン・アンドー」のショーランナーとなるトニー・ギルロイが途中参加して、トニー・ギルロイの元、再撮影を行ったというニュースでした。

確か当時、ギャレス・エドワーズ監督は、この混沌とした制作過程を自ら「失敗」と告白されていました。何が「失敗だったか」と。そもそも「ローグ・ワン」の企画プレゼンの段階で、ギャレス監督はベトナム戦争とか、第二次世界大戦とか、実際の戦争の映像、戦争の写真にスター・ウォーズのドロイドとか、SF的要素を付け加えたコンセプトを提示したと。実は本作『ザ・クリエイター/創造者』のSF版ベトナム戦争映画というアイディアというのは、「ローグ・ワン」のプレゼン段階までさかのぼる事ができます。ギャレス監督は戦争ドキュメンタリー風に、「スター・ウォーズ」という映画を作りたかったと。これは実際に戦争に近い映像を撮り溜めて、何年もかけて編集して何とか一本の映画にした『地獄の黙示録』の制作過程を元にしたと。

『地獄の黙示録』の撮影・制作過程がベトナム戦争より混沌としていたというのはドキュメンタリーにもなっていますが、『地獄の黙示録』は本来映画にできないような映像を、戦争より狂った映像を何とか何とか、何年も編集して一本の映画にした作品です。映画の中身ではなく、その制作過程を再現したと。監督は「幸運な事故」と呼んでいます。つまり映画を成功させるために、『地獄の黙示録』的に事故を起こして、その幸運な事故をまとめて映画にすると。そういう事をやった監督なんですね。

事故を起こそうとして事故を起こしたら、当然、事故になりますよね。当たり前ですよね。その結果、映画全体の40%近くを再撮影して、特に後半のアツい展開は全てトニー・ギルロイの元、再撮影。皆さんもテンションが上がったと思います。ダースベイダーのラストのシーンも再撮影。正直「ローグ・ワン」はどこまでギャレス・エドワーズ監督の手柄と言って分からないんですね。最近のインタビューでは、一応、再撮影時にギャレス監督も現場にいたと証言をしていますが、どれくらいコントロールできたかは分かりません。「ローグ・ワン」の撮影監督で、本作も撮影監督の一人を務めたグレイグ・フレイザーが、本作のインタビューで、あの頃のギャレスはマッドサイエンティストだったと仰っていて笑いました。ただこうも言っています。しっかりその失敗を分析して、本作に活かした、ギャレスは真摯な天才だと。

SF版『地獄の黙示録』をしようとして失敗した「ローグ・ワン」の監督が、やはり本作で『地獄の黙示録』を明らかにベースにしたような、戦争映画風、戦争ドキュメンタリー風SFを作ったというのはリベンジの意味合いが強いですし、実際、この『ザ・クリエイター/創造者』は成功だと思いますから、この監督のキャリアを知っていると、より成長を感じられて、7年越しに伏線が回収された感覚で本作観ていました。

!!以下は本編ご鑑賞後にお読みください!!

ロードムービーとしての本作

ここから物語の展開について、少し話してしまいますので、そういった情報をお聞きになりたくない方は本編ご鑑賞後にご視聴ください。序盤の農村と、後半の漁村での戦闘シーンは、確かに今まで何回も言ってきた「戦争映画風」なんですが、それ以外は基本的にロードムービーですね。宣伝でも明かされていますが、軍が破壊を命じた兵器というのは子供のAIシミュラントだったと。この子供があらゆるデバイスをコントロールする能力を持っていると、この辺りの超能力を持った子供というのは『AKIRA』という感じでしょうか。ギャレス・エドワーズ監督は日本の「子連れ狼」を発想の元に、主人公と子供AIのロードムービーを構成していったと。letterboxdのインタビューで、『ペーパー・ムーン』『パーフェクトワールド』のような父親として不完全な主人公と子供の交流を描いたロードムービーを影響作に挙げています。

若干、それらの映画と比較すると、本作のロードムービー要素はちょっと不完全燃焼感。いかんせんゴチャついている。主人公と妻との過去・トラウマ、そして妻についてのある真相とか、同時にこの子供AIとの交流、擬似親子関係、父として目覚める瞬間を描かないといけないので、詰め込みすぎて感動できるはずのところで、感動しきれなかった自分がいました。映画との温度差を感じてしまいました。もう少し絞っても良かったのかなと同時に、このSFと「子連れ狼」とのブレンドって、まさしくドラマ「マンダロリアン」にしろ、「The Last of Us」にしろ、既視感がありすぎる。ちょっとネタが被っていて可哀想なタイミングだなとも思いましました。この辺りは運があると思いますが、それ以外のSFと戦争映画とのブレンドが上手くいっている分、ちょっと気になる。後半にかけてスケールが大きくなってロケ撮影が少なくなると、序盤が斬新だった反面、より凡庸なSFになってしまっているというのも気になりました。

AI描写について

割と薄味なロードムービー風の展開の中にも、ハッと目が覚める所が何個もあって、それは「龍角散ダイレクト」の広告が2070年のニューアジアにまだある衝撃もそうでしたが、さすが龍角散。そんな事はどうでも良くて、散々SF映画で擦られてきたAIの描き方は、本作「ザ・クリエイター」がこれからのニュースタンダードになるような気がします。AIと言えば一方的に悪とか、ロボット三原則を守らない暴走する敵という造形がSF映画において一般化していましたが、本作は明確にAIの他者性というのを強調している。ギャレス・エドワーズ監督も「AIというのはメタファー」「他者というメタファー」と仰っています。今や仕事とかでも当たり前にAIをツールとして使うようになっている一方、まだ法整備が追いついていない。AIに対する恐怖はより、日常的に一般の観客が感じているものだと思います。

今現在の観客が感じている、日常的な漠然としたAIへの恐怖感を、本作では他者、もしくは他人種への恐怖に置き換えている。もちろんそれは本作が元にした冷戦下での、共産主義への恐怖、赤狩りとも重なる、今の世界での移民・他人種への漠然とした恐怖とも重ねている。本作「ザ・クリエイター」のAIシミュラントは人間的な感情、家族への愛を持っていて、ほとんど人間として描かれる明かな「他者」ですね。この辺りの踏み込み方は、今までのSF映画におけるAIの描写とは一線を画していて、そんな他人種、他者としてのAIをどう受け入れるかというのが物語になっています。

主人公はかつての核爆発で家族と、自分の腕と脚を失って、ロボット義手・義足をつけている人物。これはとても分かりすい視覚的な描写で、すでに体の一部がロボットの人間である、半分人間半分ロボットの主人公が、西側諸国とニューアジア、人間とAIロボットの架け橋になっていくという物語でした。AI周りで良いなと思った描写は何個もありましたが、一番良かったのは「AIへの寄付」の描写で、主人公がニューアジアの都市に行くと、ビジョン広告で「AIに貢献、寄付しよう」という文言が出てくるんですね。お金とかではなくて、自分の「分身」を寄付してAIに貢献しようと、これ「分身」と訳されていて、ちょっと分かりづらかったですが、英語は“likeness”「肖像」ですね。肖像権のことをRight of likenessとか言いますが、自分の顔とか、本作では肖像よりもっと多くのデータ、自分の感情とか、今までの行動履歴をAIに寄付することが、この世界においてマイノリティであるAIへの貢献になるという、これはかなり新しい描写としてハッとしましたし、今後、本当にこういう事になりそうだなと思わせる、説得力ある近未来描写でした。

後、僕、SF映画における「健気ロボット」が大好きなんですが、『インターステラー』のTARSとか、『2010年』のHAL9000とか、本作でもちゃんと出てきて、軍が使用するG型かな?G-13とG-14という自爆特攻、自爆突撃型ロボットが出てくるんですが、これが切な健気で良かったですね。軍がG-13に「突撃しろ!」と。G-13が「かしこまりました。今まで任務をご一緒にできて光栄でした」と言うんですね。ニューアジアの人とは違って、軍はAIロボットの事を道具としてしか見ていないので、「いいから早く行け」とか言われる。切ないですね。泣けますね。G-13「健気ロボット」の系譜として良かったですね。こういう細かい描写はしっかりSF萌えを抑えてくれる映画でした。

まとめ

『ザ・クリエイター/創造者』は、ロードムービー、主人公が父親に目覚める物語としては一部、ノレなかった箇所はあったんですが、それを差し引いても有り余る高純度なSF映画。見事に「ベトナム戦争映画」とSFを、アジアの風景とSFをブレンドした良作だったと思います。ギャレス・エドワーズ監督のSF風景の作り方、ロケ撮影した映像の前景と遠景にSF要素を加えるVFX使い。このSF“空気”の作り方というのは彼独自のものだと思います。今後も間違いなくSF映画を牽引する作家になると本作をもって確信しました。ギャレス・エドワーズ監督次回作に期待です。

【作品情報】
『ザ・クリエイター/創造者』
劇場公開日:2023年10月20日(金)
©2023 20th Century Studios.


茶一郎
最新映画を中心に映画の感想・解説動画をYouTubeに投稿している映画レビュアー

© 合同会社シングルライン