これからの日本の基幹産業は?

1.日本の産業別GDPの推移について

日本の主要産業の手がかりとして、経済産業省の統計データとして、国民経済計算年次推計の中に「経済活動別国内総生産」があり、そのデータによると、1994年~2021年度の産業別の国内総生産(GDP:一定期間内に国内で産出された付加価値の総額)の推移を見ることが出来ます。

これによると、1994年度も2021年度も、日本の産業で実質GDPが最も高いのは製造業となっています(1994年度:19%、2021年度:21.8%)。しかも国内製造業の空洞化が言われて久しいですが、この30年近くの間はむしろ、実質GDPベースでは伸びているのです。確かに名目GDPで見ると、同期間で1994年度の23.5%から2021年度は20.5%に低下していますが、物価変動の影響を取り除くと逆に、日本の製造業が付加価値を生み出す力は高まっていると言えます。これは、確かに付加価値の低いコモディティ品については海外に生産が移管しましたが、例えばPCで言えばパナソニックのLet’s Noteや、最近の高級美容家電のように、付加価値の高い製品を開発することで、実質GDPは高まっているのではないでしょうか?

また同じく実質GDPで見た場合、5ポイント以上増減している産業はありませんが、一番ポイントが増加した産業は、経産省の産業分類で言うと、「専門・科学技術、業務支援サービス業」となっています(1994年度の4.5%から2021年度は8.2%と、3.7ポイント増加している)。具体的な事業には様々な物がありますが、医療や介護サービス、人材紹介や人材派遣、各種アウトソースのようなものも伸びて来ている事業ではないかと思います。

ポイント数の増加では3.0ポイントの増加と「専門・科学技術、業務支援サービス業」に次ぐ増加ですが、「情報通信業」は、1994年度の2.4%から2021年度は5.4%と、産業別のシェアでは倍増しています。これは想像に難くなく、インターネットを始めとするIT産業の成長によるものです。

2.これからの日本の主要産業は金融?

今年の6月に、岸田政権は、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の中で、資産運用立国を目指すと宣言しました。コーポレートガバナンス改革やCO2排出量の企業データの集約、FinTechサポートデスクの体制強化等で、国際金融センターを目指し、また日本での参入障壁の緩和や税制改革等で、資産運用立国の実現を図るとしています。

先ほどの産業統計のデータだと、日本の金融業の実質GDPは、1994年度の5.6%から、2021年度は4.8%と、逆に0.8ポイント下がっています。違う観点だと、日本の国際収支は、貿易収支は近年の資源高や円安により貿易赤字基調ですが、日本企業が海外子会社から受け取る配当金などの所得と、海外へ支払う所得の差し引きである第1次所得収支は大幅な黒字となっています。国内での金融収益は大きく変わっていませんが、海外で得る金融収益は増えているということでしょうか。

資産運用立国を志向することは、国内で生み出す金融の付加価値を高めることを意味します。そのためには、国内での資産運用を増やす必要がありますが、「楽天証券の調査では、直近の投資信託の買付金額ランキングの首位は「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」で、上位10ファンドのうち日本株に連動するのは2投信しかない」(2023年7月10日付 日経新聞記事より抜粋)、とのことで、国内外から資金を集められる日本製の運用商品を生み出せるようにならなければいけないということかと思います。

また、日本国内の金融機関の資産運用残高は、日本で首位の野村アセットマネジメントでも6,000億ドルに満たず、世界の金融機関の資産運用残高(21年末)での順位も50位以下とのことで、世界首位の米ブラックロックの資産運用残高の約10兆ドルと比べると、運用規模で到底及んでいないことが分かります。日本が資産運用立国となるためには、世界の金融機関と伍する運用資産残高を築いていかなければなりそうです。


3.日本初の技術、サービスを世界に

資産運用立国を目指すという日本ですが、かつては、科学技術立国を標榜していました。世界シェア5割以上を誇り、産業のコメと言われた半導体産業は衰退し、最近TOBが成立した東芝の主力事業の1つであった半導体メモリ事業は、現在も株式の一部を保有してはいるものの2018年に売却し、株式の過半数はアメリカの投資ファンドが保有しています。

半導体産業は、アメリカのNVIDIA社がAI用半導体で急成長し、時価総額で1兆ドルを超え、半導体業界では世界首位(2023年8月末時点では全業種でも世界第6位)となっています。他にも半導体業界ではアメリカにはインテルを始めとする半導体の世界企業がある他、台湾のTSMC、韓国のサムスン等があります。日本に関連するところでは、ソフトバンクグループの保有する英国アーム社が9月14日に上場して、上場時の時価総額は約7.7兆円となったものの、半導体産業での日本企業の地位は大きく下がっています。

また、1980年には世界一の生産台数を達成した日本の自動車産業ですが、韓国や中国メーカーの台頭とともに、世界での存在感は薄まって来ています。2022年度の世界全体での日本の自動車メーカー8社の世界での生産台数は約24百万台と、世界全体の自動車生産台数約85百万台の約3割を占めています。このうち、国内生産台数が約7.4百万台ですから、かつての貿易摩擦問題などもあって大半は現地生産と、空洞化が進んだ産業でもあります。

特に近年では、テスラ社に代表される電気自動車(EV)については、日本自動車メーカーは後塵を拝しており、SDG’sの文脈の中で、今後益々、内燃機関の自動車は駆逐されていく流れの中、EVで存在感を表せるかが鍵となりそうです。

このテスラ社を創業したイーロン・マスク氏ですが、他にもロケットを開発・製造するスペースX社、数万基の小型人工衛星で地球を覆うことで世界中の僻地やインターネット不通地域でのネット利用を可能にするスターリンク、脳に埋め込む装置であるブレイン・マシン・インタフェースを作ることで、人間の脳と人工知能を統合し、機械との融合を促進することを目指すニューラリンク社、新しい地下交通システムを開発するボーリング・カンパニー社、AI企業のxAI社を次々と起業し、そしてTwitter(現在はX社)を買収する等、次々と新しい技術を開発し、製品・サービスを生み出そうとしています。

ロケット関連では、日本は次世代ロケットのH3の初号機が今年3月に打ち上げ失敗したものの、今月は従来型のH2Aロケットの47号機の打ち上げが成功し、H2Aの成功率は98%(失敗は47回中1回のみ)と高い水準にあります。今回のH2Aには月面着陸機の「SLIM」を搭載しており、来年の1~2月に月面着陸に挑むことになっています。

月面着陸では、今年4月に、日本のispace社の月面着陸機が月面着陸を試みるも失敗しており、一方で今年8月にはインドが世界で月面着陸成功の4か国目となっており、日本は「SLIM」で5か国目の月面着陸成功を目指します。

世界で時価総額が現時点で世界一位のアップル社が開発したiPhoneは、15年前は存在しませんでした。世の中に新しい製品、サービスは大量に生まれては消えて行きますが、革新的な製品には、高度な科学力や技術力の裏付けなしには成し得ません。自然科学系の論文引用数でも、日本の順位は下がって来ているということです。

資産運用立国の前提として、魅力ある投資先がなければなりませんが、それが海外企業ばかりだとすると、残念な気はしないでしょうか?

資産運用の投資先として、日本国内からも海外からもお金を呼び込むような基幹産業を日本で育てるために、やはり科学技術を磨くことが肝要なのではないかと思います。

文:花房 幸範(株式会社ビズサプリ パートナー 公認会計士)
株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー(vol.180 2023.9.25)より転載

花房幸範

株式会社ビズサプリ パートナー 公認会計士

学歴:中央大学商学部会計学科卒業
職歴:1997年10月より、中央青山監査法人にて5年間、現場責任者として上場会社・外資系企業の会計監査の他、IPO支援・財務デューデリジェンス等に従事。2002年10月より5年間、日本アジアホールディングズ㈱(現日本アジアグループ㈱)の財務経理部長として資金調達、決算業務を主軸に、企業買収とその後の事業再生に携わる。2007年から2年間、中小のコンサルティング会社にて主に製造業、金融業、小売業等の連結決算支援、内部統制構築・整備支援、業務改善支援等に従事し、2009年10月より独立。アカウンティングワークス㈱の代表取締役として、現在に至る。決算開示支援、業務改善、M&A支援等の会計コンサルティングを幅広く行うとともに、セミナー・執筆等も実施。特にM&A、連結会計、ワークシートを活用した業務効率化の導入支援に強みを持つ
著書:有価証券報告書を使った決算書速読術、決算書分析術、ビジネスモデル分析術2等(いずれも阪急コミュニケーションズ)。

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