小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=68

 と、忠告した。当然すぎる助言であったが、入植者たちは一応納得して帰り、それぞれ棉摘みに精を出した。約束を守らないということから、先方は以前にサインを強いた赤ら顔のダミオンをはじめ、数人の荒らくれ男が植民地の端に空いていた小屋に住みこみ、日ごと、歩合作を納めろ、さもなくば金で支払えと嚇しかけた。
 植民地の者は、彼らが来るたびに金を掴ませ、ことを荒だてぬように気を配っていたのだ。男たちはその金で飲み、酒の勢いで次の家族を恐喝するという悪循環が続いた。

 棉花の収穫が殆ど済んだある日曜日。青年たちは斉藤の家に隣接したグランドでキャッチボールの練習をしていた。日系人の集団行動禁止の戦時下とは謂え、四、五人集まっても町の官憲の眼に留まることもなかったし、青年たちは警戒の網をくぐって世界の情勢判断に気炎をあげることもあった。そこへ山路達夫がやってきた。彼は運動部長の役にある。現在は何の運動もしていないが、往時、走り高跳びで塗り替えた好記録を保持している男である。長身で体格がいい。
「あのな、例のダミオンの一味が荒木さんの店でただ食い、ただ飲みをやりゃがって、その果ては缶詰のふたで指を切り、酔っているので日本人が傷を負わせた、許せない、日本人をこの耕地から追放すべきだ、お前たちはさっさとこの地を出て行け、と喚きながら手当り次第に店の品物を投げ散らしているんだ。どうする」
 山路はひどく興奮している。
「すぐ行こう。現場の様子をみて、場合によっては成敗してやる」
 浩二は言った。この数ヵ月、我慢に我慢を重ねてきた青年たちは、浩二の言葉が終るのももどかしく、野球のバットやボールそれに木剣や竹刀を手にして、現場へ急いだ。店の前は大勢の人だかりで店内は見えないが、物の壊れる音がする。叫び声も聞こえる。浩二と二、三の青年が人だかりを分けて店の奥へ進んだ。足場もないほど品物が散乱し、その向こうに汗ばんだダミオンと、二人の黒人のうしろ姿が見えた。
「おいっ、一体、何ということなんだ」
 バットを握り締めた浩二が叫んだ。酒で紅潮しているダミオンは何も答えず、チッと唾を吐いた。仲間に眼くばせをし、もう一つの戸口へ向かった。群がる人びとに酒びんをふりかざし、道路に出ると、平然として歩き出した。青年たちはその後を追ったが、相手が逆らわないので手向かうことができない。手に手にしたバットや木刀が、玩具のようで恰好がつかない。

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