頭脳に訴える言葉

 ソニーの創業者、井深大(いぶかまさる)さんは、ホンダの創業者、本田宗一郎さんの言葉を愛した。井深さんが「原価率を0.2%下げるのにどれだけ苦労しているか」と言えば、本田さんは答えたという。「われわれは1銭、2銭でボロをまとって一生懸命やってきた」(「わが友 本田宗一郎」)▲計算に計算を重ねるべし-と、頭脳に訴える言葉がある。安い服をまとっていても、まずは仕事に汗をかく-と、胸に響く言葉もある。時と場合で、どちらも必要なのだろう▲「経済、経済、経済」「不安定な足元を固め、物価高を乗り越える国民への還元」…。岸田文雄首相はきのうの所信表明演説で、国民の「胸」に届く語りを心がけたらしい▲情熱にあふれる言葉-かどうかは聴いた人によるにしても、「還元」と言いながら与党に検討するよう言いつけた所得税減税には触れず、防衛費を増やすための増税には所得税が含まれる。「不安定な足元」はますますおぼつかない▲鎮具(ちぐ)(金づち)と破具(はぐ)(くぎ抜き)を一緒に使っては何も進まない。「ちぐはぐ」の語源と一説にいうが、所得税を減らすのと増やすのが一緒くたでは「ちぐはぐ」ばかりが際立ってくる▲国会はこれから論戦に入る。「胸」もいいが、「原価を0.2%…」式の「頭脳」に訴える説明が欠かせない。(徹)

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