私のがんは娘に50%遺伝する 見た目の変化に負けない医療用ウィッグを全国に<遺伝性乳がん卵巣がん症候群の母>

2023年10月24日に東京都練馬区の美容室「REMILIO 石神井公園」にて、ピンクリボン月間に合わせて医療用ウィッグのカット体験会が開催される。投薬治療に伴う脱毛などに悩む方に、人毛でできた医療用ウィッグを着けた状態で美容師がカットを施す。

この人毛100%の医療用ウィッグの考案をしたのは、株式会社SUMIKIL(スミキル)の野中美紀さん。野中さんは乳がん経験者だ。
SUMIKILのウィッグの特徴は、1つ1つ提携している美容師がその人にあった髪型にカットしたあと顧客の手に届くこと。

SUMIKILは現在、通信販売からの購入、提携美容室からの購入の2通りで購入することができる。通信販売から購入する場合、顧客から好きなスタイルの画像や自身の写真を送ってもらい、それをもとに美容師がカットしたものが届く。提携美容室から購入する場合は、その場でカットしてもらえる仕組みだ。

SUMIKILの誕生ストーリーを野中さんに聞いた。

姉の乳がん発覚から自身が遺伝性乳がん卵巣がん症候群であると発覚

2006年、仕事も順調で娘との生活も楽しんでいたころ、姉の乳がんが発覚した。野中さんは初めて見る姉の弱り方、心が不安定になっていく様子を目の当たりにし、当時について「どう声をかけていいのかわからない、そういう意味では家族も辛いんだなと感じました」と語った。

2014年の秋、会社の人間ドッグで野中さん自身にも乳房の石灰化が見つかった。同時期に姉と同じ遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)だと判明。遺伝性で乳がんや卵巣がんの発症率が高く、進行が早いことで知られており、遺伝率は約50%といわれている。
その翌年に乳がんが発覚。治療を進める中で、乳房の全摘出・抗がん剤治療による脱毛など、女性としての見た目の変化が一番怖かったという。

働いていた野中さんは、内面的なことについて周りに相談しづらかったという。

「がんが発覚しても治療が始まる前は会社では切り替えないといけなかったので、現実感がなかったです。帰りは一駅前で降りて泣きながら帰っていました。家族にも心配かけたくないので一人で抱え込んでしまっていました。」

入院中の野中さんの様子。ドレーンをつけて撮影したもの。(提供:株式会社SUMIKIL)

女性としての見た目の変化への恐怖に襲われる中、パートナーから「君のする判断は生きるということからブレないで。僕にとっては、君が未来にいることが重要なんだ」と言われたことで、左胸の全摘出手術を決める。翌年、乳房再建手術を受けた後、その翌年の8月に予防的措置として健康な右の乳房と卵巣・子宮をすべて摘出した。

美容室での体験がきっかけに

長期間のホルモン治療の影響で薄毛に悩まされた野中さん。さまざまな医療用ウィッグやヘアピースを試したものの、明らかに“カツラ”とわかる見た目に途方に暮れていた。悩んだ末、長くお世話になっていた美容師にウィッグを見せて相談すると「大丈夫だよ、なんでもっと早く言ってくれなかったの?」と言われたことで自然と涙が出たという。

美容師さんが馴染ませるカットをしてくれたことで、外が明るく感じたという野中さん。「俯いて歩いていたんでしょうね。エスカレーターも嫌だし、背の高い方の近くにいるのも嫌で…逃げながら生活していたのが、何も気にせず歩くことができました。社名のSUMIKILもあのときの視界が澄み切った体験をしてほしいという思いを込めてつけました。」

治療を進める中で、「見た目は心に大きな影響を与えている」と実感し、何か動かないとと思った野中さん。遺伝するかもしれない娘のため、同じように悩んでいる方のために、利用者のことを第一に考えた医療用ウィッグを作りたいと思うようになる。

「サバサバしてクールな性格だと思っていた自分が、見た目の変化をとても恐れていました。私にも姉にも娘がいます。もし娘が同じ状況になったときのことや、娘だけでなくみんなそういう思いを抱えていたんだなと知って、何かやらなきゃと思ったんです。」

SUMIKILを開発しているときの様子(提供:株式会社SUMIKIL)

人毛100%の医療用ウィッグに着目

2020年コロナ禍で職場が待機状態になったことがきっかけで、野中さんは動き始めた。前職で交流のあった中国の工場に直談判し、日本に流通している人毛ウィッグのサンプルを取り寄せた。

流通している人毛ウィッグの多くは10~20万円以上の高額。しかし、人工毛ウィッグは髪型を変えられず、明らかにウィッグだとわかるのに、数カ月ほどで劣化してしまうデメリットがあった。

野中さんはコストを最大限に抑え、人毛100%で利用者のことを第一に考えた医療用ウィッグを開発。2022年に株式会社SUMIKILを設立し、オンライン販売をスタートした。

提携する美容師さんがカットしている様子(提供:株式会社SUMIKIL)

悩んでいるのは当事者だけではない

立ち上げに協力した美容師たち(提供:株式会社SUMIKIL)

以前から相談していた美容師は、立ち上げからアドバイザーとして関わってくれている。

提携美容室でのウィッグのカット代はウィッグ代金に含まれ、コストがかからないようシステム化。メインのものだと税込み4万円程度と誰でも手に取れる価格を実現した。
新聞にSUMIKILについて掲載されると、脱毛症の娘を持つ親や40年ウィッグを使用している方からなど、多くの反響が寄せられた。

野中さんは反響について「自分の体験とも重なり泣けてきました。脱毛は当事者だけでなく、そのご家族も悩んでいます。特に脱毛症の方だと悩む期間が長い方もいるため、『近くに提携する美容室があって本当によかった』とご家族の方が泣いて電話をしてくれることもありました。SUMIKILを作ったときの思いが強いからこそ、そこが伝わっているのがとても嬉しいです」と話してくれた。

今後の展望は全国展開とガン患者の社会復帰への貢献

ホルモン療法をしている方、更年期障害の影響で脱毛に悩む方など、薄毛に悩む方にウィッグがこんなに手軽で自然なものであるということを広めていきたいと考える野中さん。
今後の展望について聞いた。

(左)美容師カット前 (右)美容師カット後(提供:株式会社SUMIKIL)

「現在20店舗の提携サロンがありますが、今後は各県に1店舗、全国にSUMIKIL提携サロンを作りたいです。SUMIKILのビジョンである“ウィッグを普段着に”をぶらさず、多くの方にいいものを使ってほしいと思っています。病気の治療や薄毛に悩む方に見た目の心配をせず『ウィッグがあるから大丈夫!』のように前向きに治療に取り組めるようにしてもらいたいです。」

SUMIKILの顧客の中には、インナーカラーを入れたり、ノーマルのウィッグと奇抜なウィッグと2つ購入する方もいるという。野中さんは「オシャレを楽しむことって前向きなことだと思うんですよね。そういうのもとても嬉しいです」と話してくれた。

加えて、野中さんはガン患者の社会復帰についても向き合っている。がんの治療を経て、SUMIKILを設立した野中さん。最後にがん患者が社会復帰に必要なことについて聞いた。
「周りの理解や環境もありますが、それ以上に自分自身の意思、気持ちが大事だと思います。病気でも仕事をして自分の責任を果たしたいと思うかどうか。こんなこというと周りから厳しいと言われてしまうんですが(笑)周りへの感謝を忘れずに、自分の責任を果たす意思、覚悟が大事かなと思っています。」

病気の治療だけでなく加齢による脱毛など、髪の悩みは様々だ。SUMIKILはそういった悩みを抱える方が前向きになれる“おまもり”のようなものなのかもしない。

ほ・とせなNEWS編集部

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