素晴らしい石仏群【駅ぶら】06京王電鉄 京王線101

※2023年6月撮影

トップ画像、布田駅前の「布田南通り」は「三鷹通り」に名を替えています。旧甲州街道に当たりました。

東横インまでの左側に、以前は長屋の様な飲食街があってスナックなどがたくさん並んでいましたが、撤去されていました。

旧甲州街道の調布方面。

※2023年6月撮影

旧甲州街道の北側に「調布不動尊 常性寺」があります。

※2023年6月撮影

お寺のサイトによれば、鎌倉時代に創建された真言宗豊山派の寺院で正式には「医王山長楽院常性寺」。元は多摩川沿いにありましたが、安土桃山時代の慶長年間にこの地に移設。江戸時代に成田山新勝寺から成田不動尊を勧請しています。

門前に「回せばお経を一巻読んだと同じ功徳が得られる」という「摩尼車」がありました。

※2023年6月撮影

実はこのお寺の「常性寺会館」で17年前に会社で最も仲の良かった友人の葬儀が行われました。彼は筆者と同じ年齢。最後に見舞に行った時に「不摂生の見本の様な君がピンピンしていて、酒も煙草もやらない自分が死にそうなのは何故だ?」と半分冗談で訊かれて返答に窮しました。

彼は防衛大出身でパイロットの免許を持っていましたが「戦闘機に乗りたくて取ったライセンスでバスの運転(彼は民間航空機をこう呼んでいました)はしたくない」と映像の技術者をやっていたのです。現在の衛星放送の原型を考案したのは彼です。

そんな彼のコトを懐かしく思い出しながら常性寺さんを訪れました。

調布市の民俗文化財に指定されている「石仏馬頭観音」。

※2023年6月撮影

脇に立つ調布市教育委員会の案内には次の様に書かれていました。

「小橋 馬頭観音塔

馬頭観音は、六観音の一つで、破邪顕正、人々の煩悩を断つなどの功徳を持つ仏とされるが、頭上に馬頭をいただくことから、民間では馬の守護神として江戸時代中期以降広く信仰されるようになった。

馬頭観音塔は、念仏供養、道供養として建立されるが、馬の供養のため建てられることが多い。この塔は、甲州街道の小橋(現馬端から西50メートル)の「すてば」にあったものを、甲州街道の拡幅で再度にわたり移動し現在地に安置された。「すてばとは、馬などの埋葬地である」

この塔は、文政7年(1824)市域および近隣の19か村のほか、八王子の嶌(縞)買中などが協力して造立したものである。

馬頭観音の像を彫った供養塔は市内でも珍しく、また商人を含む多数の村民が造立したことも知られる貴重な像塔である。

平成7年3月30日 調布市教育委員会」

筆者も手が八本ある馬頭観音像を見たのはほとんど初めてでした。

何よりも筆者が驚いたのは、綺麗に整えられた境内のお庭に数多くの石仏があったことです。左の二人列んだ形は「双体道祖神」ですね。

※2023年6月撮影

こちらも右に小さな「双体道祖神」、左は剣を持っているのでお不動さん(不動明王)。

※2023年6月撮影

左に「双体道祖神」があります。

※2023年6月撮影

お庭の石仏に見とれてもいられません。「一願地蔵堂」にお参りします。

※2023年6月撮影

今度は、上部の日月や青面金剛像と三猿がハッキリ分かる庚申塔です。左に「文政六年癸未」と文字が刻まれている様です。だとすれば、1823年、ちょうど200年前の庚申塔でしょうか。

※2023年6月撮影

本当に小さいけれど素晴らしい石仏がたくさんあって、筆者は溜め息をつきながら境内をウロウロしています。でもまだお不動様にもお参りしていません。

次回に続きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)

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