ニルヴァーナ「イン・ユーテロ」カート・コバーンを苦しめたグランジの商業的成功  ニルヴァーナの傑作アルバム「イン・ユーテロ」リリース30周年!

グランジ・ムーブメントの象徴的な存在だったニルヴァーナ

2020年代に入ってくると世界の大衆音楽も “時代の特徴” みたいなものが希薄になってきて、革新性が生まれにくくなり、混沌の時代に突入した感を抱く。すべての現代大衆音楽の方向性を決定づけたロックンロールから派生した大きな幹のひとつである(白人)ロックは、特に1960年代から1980年代にかけての30年間において小さな革新を繰り返しながら受け手側を興奮の坩堝に誘い込んでいた。

時代を俯瞰してみれば、大衆音楽は同時多発的な小さな革新の連続のうえで成り立っていたのは明らかだが、その都度 “原点回帰” 的な動きが(大なり小なりで)うごめいていたのも確かだ。そういう意味では、革新が生まれにくくなってきた兆候を感じ始めた、20世紀最後のディケイドに突入した1990年代における最初の “原点回帰” こそがグランジ・ムーブメントだったろうし、その象徴的な存在だったのがニルヴァーナであろう。

アンセムとして君臨した「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」

ニルヴァーナを語る際、どうしても出世作たるセカンド・アルバム『ネヴァーマインド』(1991年)及び大ヒット・シングル「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」(全米シングルチャート1992年最高位6位)に触れないわけにはいかない。米流サイケロック / ヘヴィロックの源流を感じさせてくれるパンキッシュな “ロックの初期衝動” の塊のように聴こえた。

カート・コバーンが24歳の時にリリースされた「スメルズ〜」は、アメリカの若者の心を掴むに十二分なパワーを擁していたし、瞬く間にグランジ・ムーヴメントのアンセムとして君臨した。グランジの象徴的存在へと登りつめたニルヴァーナの成功は、メジャーレコード会社の目論見通りの商業的成功をも意味していた。

いきなりロックスターへと祭り上げられたカート・コバーン

いきなりロックスターへと祭り上げられた若きカート・コバーンは、大いに戸惑っただろうし、出口の見えないジレンマに苛まされていたようだ。ますます商業的な要素が大きくなっていったハードロック〜スラッシュメタル〜ヘアメタル等のムーブメントへのカウンターパンチたる原点回帰的なグランジが、商業的成功を得るというジレンマ。

ロックの歴史上、原点回帰志向のバンドが必ず陥りがちなジレンマかもしれないし、究極の商業音楽となったロックンロールをひな型とする大衆音楽を体現する以上、すべての音楽は商業音楽であることは致し方ないのだろうが…。

当時のカート・コバーンの「ロックスターの初心者講座なんてのがあったら、絶対受けたんだけどな」という発言からも、単なる音楽好きの気の弱い若きアメリカ白人の気持ちが垣間見られるというものだ。そのジレンマとプレッシャーと闘いながら出来上がったのが、バンドにとってのサードアルバム『イン・ユーテロ(In Utero)』(1993年)である。

ヘヴィロックの原点に立ち返った「イン・ユーテロ」

『イン・ユーテロ』は、よりパンク / ヘヴィロックの原点に立ち返った作品集になっており、それはなによりもカート・コバーンが望んでいたことだった。それはサウンド面もそうだが、精神的な臨み方(アティテュード)という意味合いも含んでいるのかもしれない。そもそもアルバムタイトルの候補のひとつだったのが『I Hate Myself And Want To Die』。自己嫌悪や自殺願望までもが意味合いに含まれていたことに驚きを隠せない。

カート・コバーンって、本当に音楽に対峙する姿勢は、マジメで真摯でピュアだったのだろう。レコード会社からの呪縛から解き放たれクオリティコントロールを勝ち得たニルヴァーナ(カート)が、スティーヴ・アルビニという、名プロデューサーであると同時に、カートのよき理解者である人物を味方につけて、崇拝するピクシーズを想起しながら作りたいように作ったアルバム、それが『イン・ユーテロ』なのだ。

リリースから半年も絶たぬうちに自らの命を断ったカート・コバーン

カート・コバーンは『イン・ユーテロ』リリース後、半年も経たないうちに自らの命を27歳で絶った。奇しくも “27クラブ” に名を連ねることになって、そのカリスマ性に拍車がかかったのは否定できない。しかしカートはカリスマとは対極にいるような、気の弱いただの音楽好きなアメリカの若者だったのだ。

現在までに3,000万超のセールスを誇る『ネヴァーマインド』に比すれば、『イン・ユーテロ』のセールスはおよそその半分の1,500万枚超といわれる。しかし1990年代以降のロックアルバムでこれほど歴史に爪痕を残した作品はそうそうあるものではないし、そもそも累計で1,000万超のメガセールスを記録しているのだから、1990年代では数少ないロック名盤と呼べるアルバムなのではないだろうか。今年2023年は、カート・コバーン生前最後のアルバムとなった、ニルヴァーナ『イン・ユーテロ』がリリース30周年を迎える年でもある。

▶ イン・ユーテロ [30周年記念デラックス・エディション] [SHM-CD] https://www.universal-music.co.jp/nirvana/products/uicy-16192/

▶ イン・ユーテロ [30周年記念スーパー・デラックス・エディション][完全生産限定盤][輸入国内仕様] [SHM-CD] https://www.universal-music.co.jp/nirvana/products/uicy-80355/

カタリベ: KARL南澤

あなたのためのオススメ記事ニルヴァーナ「イン・ユーテロ」カート・コバーンを追い込んでしまったのは誰なのか?

▶ ニルヴァーナの記事一覧はこちら!

80年代の音楽エンターテインメントにまつわるオリジナルコラムを毎日配信! 誰もが無料で参加できるウェブサイト ▶Re:minder はこちらです!

© Reminder LLC