J1初戴冠に邁進するヴィッセル神戸。終盤3連勝で見せた「勝ちパターン」と「齊藤未月の分まで」との強い思い

J1リーグ初戴冠に向けて、現在3連勝中と勢いに乗る首位・ヴィッセル神戸。今季は開幕からスタートダッシュに成功し、6月以降に少し調子を落とすも、新たに先発に抜擢された選手たちが結果を出して完全に勢いを取り戻した。アンドレス・イニエスタがシーズン途中でチームを去るも、少しずつ王者たるべき風格を身につけながら初優勝に邁進する彼らは、いったい今季どのような道のりを歩んできたのか――。

(文=藤江直人、写真=アフロ)

終盤の3連戦で見せた「今シーズンの勝ちパターン」

穏やかな笑顔を浮かべながら、元スペイン代表MFフアン・マタが試合後の取材エリアに真っ先に姿を現す。J1の首位を快走するヴィッセル神戸で、直近の3試合で見られるお決まりの光景だ。

ゴールがほしい場面での切り札として、無所属だったマタが神戸に加入したのが9月上旬。しかし、セレッソ大阪戦、横浜F・マリノス戦、鹿島アントラーズ戦と出場機会が訪れないまま直近の3試合は終了。誰よりも早く移動用のスーツに着替えて、マタはチームバスに乗り込んでいった。

現時点でマタの出場は、9月16日のサンフレッチェ広島戦が最初で最後。2点を追う80分にトップ下として投入されるも、劣勢を変えられないまま零封負けを喫した。一転して次節からは相手をしっかりと抑えながら先制して逃げ切る、今シーズンの勝ちパターンが続いている。

つまり、マタの力に頼る必要のない展開が続いている。広島戦とセレッソ戦の間に、神戸が原点回帰を果たすうえで何かがあったと見るのが自然だろう。神戸のホーム扱いとなった国立競技場で、古巣・鹿島に3-1で快勝した試合後にFW大迫勇也が秘密の一端を明かした。

「いいタイミングで暑くなくなり、先発メンバーも変わり、代わりに入った選手がうまくフィットしている。さらに感覚的なところで、選手間でいろいろと話し合った。経験豊富な選手が多いので、話すだけでだいたいのイメージは共有できる。それを練習でしっかりと落とし込み、試合でも出せている」

広島戦とセレッソ戦の気候条件は、同じ19時開始で前者の気温26.9度、湿度79%が後者は23.7度、38%と大きく和らいでいる。しかし、動きやすくなった気候だけが理由ではない。ベンチスタートだった広島戦から、セレッソ戦以降は先発を勝ち取っている佐々木大樹が言う。

「今シーズンの開幕からずっとやってきた形が、ようやく戻ってきた。正直、広島戦までは先に失点する試合が多かった。そのなかで失点をしない、という部分を考えすぎて、どこか後ろ向きになっていたとみんなで話していた。なので、守備も攻撃も自分たちから発信しよう、と」

セレッソ戦はスコアこそ1-0ながら、試合内容では上位浮上をうかがう相手を圧倒した。均衡を破る先制弾を59分に決めたのは、主戦場のインサイドハーフではなく左ウイングで先発した佐々木。一発の縦パスでアシストをマークした、左サイドバックの初瀬亮もこう続いた。

「綺麗な試合ではなかったかもしれない。先に失点する試合が続いたなかで、ズルズルと下がるだけが守りじゃない、前からどんどん行くのが僕たちの持ち味だと再確認して、それを前面に押し出せた」

脱・イニエスタの戦い方。歯車が狂い始めた6月以降

今シーズンの神戸は[4-3-3]システムのもと、泥臭いハードワークと激しいインテンシティーを両輪としながら、前線からのハイプレスを徹底。奪ったボールを大迫へ素早く預けて、そこから前線のタレント力を生かす堅守速攻スタイルで勝ち点を積み重ねてきた。

元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタが、コンディション不良で出遅れるのが確定していた。こうした状況で、開幕から不振にあえぎ、終盤戦まで残留争いを強いられた昨シーズンの二の舞を避けるために吉田孝行監督が採用した、脱・イニエスタの戦い方が鮮やかに奏功した。

開幕3連勝で単独トップに立つと、その後も勝ちパターンをパワーアップさせながらJ1戦線を席巻していく。夫人のアンナさんの第5子出産に立ち会うため、開幕直後に一時帰国していたイニエスタが3月中旬に再来日したときには、すでに居場所がなくなりかけていた。

今シーズンで契約が満了を迎える神戸で現役引退を考えていたイニエスタは、練習を重ねていく過程で翻意。シーズン途中で神戸を退団し、他のクラブでプレーする道を選んだ。現在はUAEのエミレーツ・クラブでプレーするイニエスタは、神戸を去る理由をこう語っていた。

「時に物事は希望や願望通りにいかない。まだまだプレーを続けて、ピッチで戦いたい思いがある。しかし、それぞれが歩んでいく道が分かれ始め、監督の優先順位も違うところにあると感じ始めた。それが自分に与えられた現実であり、リスペクトを持ってそれを受け入れた」

しかし、消耗戦を強いられる高温多湿の季節に入ってから、神戸の戦い方が狂い始める。5月末までの15試合で相手に先制されたのはわずか1試合。21分に喫した失点を取り戻せないまま、0-1で今シーズン初黒星を喫した浦和レッズとの第4節だけ。その間に10勝3分け2敗の結果を残した。

一転して6月以降は、件の広島戦までの12試合で実に9度も先制を許している。その間の結果は5勝4分け3敗。選手たちが失点を過剰に意識し、ラインを下げてしまったのも無理はない。追う展開が多くなってきた状況を受けて、神戸の強化部もマタの獲得に動いたのだろう。

そのマタが来日初出場を果たすも、完敗した広島戦で危機感はピークに達した。追う横浜F・マリノスも足踏みが続き、1位はキープしていた。守護神・前川黛也はセレッソ戦後にこう語っていた。

「僕たちは今シーズン、連敗していない。連敗するようなチームは優勝できないと、チーム全員で奮い立たせながら練習にも臨んできた。今日は僕たちのやりたい守備ができた試合だった」

ヒーローになった佐々木大樹「まだまだですね。僕以上に……」

佐々木や初瀬、前川の言葉から、状況を好転させようと、選手たちが勇気を振り絞って原点へ回帰した跡が伝わってくる。さらに大迫が語ったように、MF山口蛍、DF酒井高徳、FW武藤嘉紀を加えた日本代表経験者が中心となって、前半戦のポジティブなイメージを共有していったのだろう。

加えてセレッソには前半戦で敗れている状況も、シーズンで同じ相手に二度は負けられないという意識を強めた。さらにセレッソ戦以降の吉田監督の選手起用も、原点回帰を力強く後押しした。

その象徴が佐々木だった。アカデミー出身の24歳を左ウイングに配置した理由は、日本代表で鮮烈なデビューを果たしたばかりのセレッソの右サイドバック、毎熊晟矢を封じるためだった。V・ファーレン長崎のコーチ時代に、毎熊をフォワードから転向させた吉田監督はこう説明する。

「毎熊選手の怖さは自分が一番わかっているので、佐々木の体の強さとキープ力で彼を潰したかった」

対面の毎熊を封じただけでなく決勝弾も決めたのだから、神戸に“追い風”が吹いたと感じずにはいられない。もっとも、佐々木自身は足がつり、82分で交代した自分に反省しきりだった。

「まだまだですね。僕以上に走っても足がつらない蛍くん(山口)とか、ゴウくん(酒井)がいますからね。まだまだ若いのに、何してんねんという感じです」

この反省が右ウイングで先発した鹿島戦で生かされる。フル出場を果たした佐々木はチーム最多の6本のシュートを放ち、そのうち16分と83分のそれでゴールネットを揺らした。ヒーローになった佐々木は、取材エリアでの第一声を「いやぁ、気持ちいいですね」と切り出した。

「チームのみんなが走って、ボールを奪って、攻撃してくれたおかげです」

初瀬が累積警告で出場停止だった鹿島戦で、吉田監督は酒井を左サイドバックに回す構想を当初は描いていた。しかし、練習の過程でどうもしっくりこない。最終的には酒井を引き続き右サイドバックで起用し、左には左利きのセンターバック本多勇喜を回す布陣を選択した。

ゆえに左ウイングには個で勝負できる武藤を配置。右ウイングを任せた佐々木には対面の左サイドバック、安西幸輝をケアさせるとともに、ゴール前の攻防で身長180cmの佐々木に対して、同172cmの安西というミスマッチを突くミッションが課されている。

左からのクロスに対してマーカーの安西を高さで上回り、頭で決めた16分の先制ゴールに佐々木は狙い通りだと胸を張った。通算2ゴールで開幕を迎えた男が、これで20ゴールの大迫、9ゴールの武藤に次ぐ7ゴールをマーク。大事な終盤戦で生まれたラッキーボーイが声を弾ませる。

「チームとして、相手の左サイドバックの上からヘディング、というのは狙っていました」

完敗とともに優勝の可能性が消滅した鹿島のFW鈴木優磨は、試合後に神戸を称えた。それは広島戦を最後に神戸から迷いや恐れが消え去り、リーグ前半戦を上回る強さを身につけている証でもある。

「相手の方がやることが徹底されていた。今シーズンの彼らはずっと積み上げてきたものがある。やっているサッカーは違うけど、完成度という部分を痛感させられました」

「僕は走力や圧力など違った形で同じようなタスクを担えた」

話は前後するが、勝ち点1差で神戸を追うF・マリノスの本拠地・日産スタジアムに乗り込んだ9月29日の天王山では、右サイドバックを主戦場とする飯野七聖が右ウイングで先発している。

F・マリノス戦ではインサイドハーフの井出遥也が累積警告で出場停止だった。佐々木が本来のポジションに戻り、攻守両面でのデュエルを託された一方で誰をウイングに配置するべきか。武藤を左に回した吉田監督は、今シーズン3度目の先発だった飯野にかけた期待をこう説明した。

「攻守両面での飯野のアグレッシブさが、チームにいい方に働くんじゃないかと」

果たして、飯野は両チームを通じてトップの総走行距離12.073km、スプリント回数37をマーク。結果として対面のマリノスのキーマン、左サイドバックの永戸勝也のビルドアップを封じた。

「しっかりと中を閉じながら、相手が外に出てきたときに圧力をかけていくスピード感が僕の武器ですし、そこの強度は他の選手には真似できないと思っています。彼(佐々木)と僕とではタイプが違うというか、彼は体の強さやボールを収める技術の高さで(毎熊を)封じましたけど、僕は走力や圧力など違った形で同じようなタスクを担えたのかな、と」

F・マリノス戦をこう振り返った飯野は、サガン鳥栖から昨夏に神戸へ加入した直後に右腓腹筋の肉離れで戦線離脱。そのまま昨シーズンを終え、復帰を果たした今シーズンも開幕直後に今度は左足を負傷。コンディションがなかなか上がらず、苦悩する日々が続いていた。

その飯野の心を震わせる出来事があった。8月19日の柏レイソル戦で左膝に全治約1年の大ケガを負い、無念の長期戦線離脱を余儀なくされていた齊藤未月が、神戸のクラブハウスに姿を現したのはF・マリノス戦の前日だった。もっとも、手術をへて退院した挨拶に来たわけではなかった。

重傷を負った左膝に装具を着けた状態で、齊藤はクラブハウス内でリハビリを開始していた。努めて明るく、前向きにメニューを消化する齊藤の姿に飯野は胸を打たれた。

「本当にパワーをもらえました。ケガをしたあいつが誰よりも辛いはずなのに、それでも明るく過ごしている姿を見て、あれこれと悩んでいる場合じゃないと思いました」

齊藤未月の離脱。扇原貴宏が明かす「特別な雰囲気」

今シーズンに湘南ベルマーレから期限付き移籍で加入した齊藤は、堅守速攻に舵を切った神戸の中盤に瞬く間にフィットした。豊富な運動量とボール奪取力、前への推進力、前線の選手たちのサポート、旺盛な闘争心を融合させたプレースタイルは代役の効かない存在となった。

その齊藤は大ケガを負った直後に自身のインスタグラムを更新。そのなかでこう綴っている。

「とにかく今はゆっくり時間をかけて復活するためのプランを自分の中で考えておきます!どこかで僕に会った時は悲しい顔をせず笑顔でエネルギーを僕にください!全部吸い取って強くなるので。そして今できることはヴィッセル神戸の優勝の為に力を貸すことです。ポジティブなエネルギーをチームにもたらせるように全力で向き合いたいと思います。まだまだこっからです」(原文ママ)

ファン・サポーターを感動させた投稿は、もちろんチームメイトも奮い立たせた。齊藤が負傷退場した柏戦を含めて、神戸はアンカーに大﨑玲央をすえて戦った。しかし、柏戦から4試合連続で相手に先制される。そして、セレッソ戦からアンカーに入ったのが扇原貴宏だった。

それまですべて途中出場で4試合、プレー時間の合計が109分だった32歳の扇原は、出場機会を待ち焦がれていたとばかりに随所でいぶし銀のプレーを披露。大迫をして「代わりに入った選手たちがうまくフィットしている」と言わしめた状況を、佐々木や飯野とともに具現化させている。

「一番辛い未月の分まで頑張ろう、という責任感のような強い思い自分のなかにある」

扇原はこう語りながら、齊藤と同じプレーではなく、自分にしかできないプレーで神戸に貢献したいと力を込める。さらに試合に絡めなかった時期から、神戸に特別な雰囲気が漂っていたとも明かす。それはF・マリノスの一員としてリーグ戦を制した、19シーズンに通じるものがあるという。

「今シーズンの最初から、僕はそういう(優勝できる)空気を感じていた。あとはそれを自分たちでつかみ取って、実現させるだけ。残りわずかですけど、やるだけだと思っています」

3連勝とともにリズムを取り戻した神戸は30試合を終えて、2位のF・マリノスに勝ち点4差をつけている。総得点54はマリノスに2点差のリーグ2位。総失点26も浦和の22に次いでリーグで2番目に少ない。攻守が抜群のハーモニーを奏でた状態で残り4試合に臨む。

「それでも、まずやるべきプレーは攻守両面で、チーム全員で走ること。それは変わりません」

いま現在の神戸を象徴する佐々木の言葉が、優勝の二文字が見え始めても浮き足立っていないチーム状況を物語る。まさに普段着で敵地に乗り込む28日の湘南戦で神戸が勝てば、今シーズン初の4連勝をマークするとともに、11チーム目の優勝チーム誕生がいよいよ現実味を帯びてくる。

<了>

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