クリス・ボッティが語る、ブルーノートとデイヴィッド・フォスターとの出逢い

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「トランペットの貴公子」と「超名門ジャズ・レーベル」が、遂に出会った。

 スティング、ヨー・ヨー・マ、ハービー・ハンコックら数々の名匠とカテゴリーを超えた共演を重ねてきた人気トランペット奏者クリス・ボッティが、グラミー賞受賞の2012年『インプレッションズ』以来、十数年ぶりとなるニュー・アルバム『Vol. 1』を10月20日に発表した。しかも今回は、ジャズの名門ブルーノート・レコーズからのリリースだ。共演者にはテイラー・アイグスティ(p)、ギラッド・ヘクセルマン(g)といった現代ジャズに不可欠な精鋭たちも加わり、ドラマーにはスティングのプロジェクトでも一緒だった旧友 ヴィニー・カリウタを起用。ヴァイオリン奏者のジョシュア・ベル、シンガー・ソングライターのジョン・スプリトホフらの参加も聴き逃せない。

 「今回のアルバムでは自分とバンドのプレイ、そして自分が大好きな曲を演奏することにフォーカスした」。そう語るクリスに、会心作『Vol. 1』の魅力を深掘りした。

<YouTube:Chris Botti - Bewitched, Bothered and Bewildered (Live @ SFJAZZ)

―― 十数年ぶりのニュー・アルバム、『Vol.1』制作のいきさつを教えてください。

ブルーノートのドン・ウォズからレコード作りの依頼を受けたんだ。「装飾を取り外した、それでいて最高のテクノロジーを駆使したレコードをブルーノートから出さないか」という感じでね。ブルーノートからのリリースは初めてだから、自分としてはメイデン・ヴォヤージ(処女航海)に出たような気分だったよ。

 ―― デイヴィッド・フォスターをプロデューサーに迎えた理由は?

 プロデューサーに関しては、僕が見つけることになった。ドンはツアーで忙しかったらしいしね。そこでデイヴィッド・フォスターをディナーに誘って、「僕のジャズ・アルバムを作ってほしい」と頼んだ。そのとき、彼は「自分はジャズのプロデューサーじゃないからなあ」と言っていたけれども、彼にはジャズであろうがポップ・ミュージックであろうが、演者から最高のパフォーマンスを引き出す才能がある。アーティストの羽を自由にはばたかせながら、それを包み込んでくれるようなところがある。自分の知る限り最も美しいプロデューサーがデイヴィッドなんだ。大好きなプロデューサーと一緒に作品づくりをすることはとてもスリリングだったね。

<YouTube:Danny Boy

―― デイヴィッドは、とても美しいピアノ演奏も聴かせていますね。

 「ダニー・ボーイ」と「いつか王子様が」だね。デイヴィッドが弾くピアノを聴くと、背筋がスッと伸びるような気分になる。本当にプロパーな、ちゃんとしたピアノを弾くからね。ある意味サイドマン的な、ソリストを引き立てる感覚も持っている。ポップス的な弾き方とジャズの弾き方のメカニズムは違うと思うし、デイヴィッドはジャズ・ピアニストではないけれど、とても美しいハートを感じさせる演奏だ。自分が本当に大好きな存在は二人いて、一人がデイヴィッド・フォスター、もう一人がスティングなんだ。

<YouTube:Speak No Evil (Remastered 1998 / Rudy Van Gelder Edition)

―― あなたにとって、最も印象に残っているブルーノートの作品は何ですか?

 ウェイン・ショーターとフレディ・ハバードが共演した作品(『スピーク・ノー・イーヴル』のタイトル曲のテーマ・メロディを口ずさむ)、ほかにジャッキー・マクリーン、クリフォード・ブラウン‥‥数えきれないよ。自分が聴いたことのあるブルーノート盤のすべてが好きだといっていいだろう。

 ―― 今回のアルバムでは、以前にもレコーディングしたことがある「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」が、新たなアレンジで収録されています。あなたは12歳の時にマイルス・デイヴィスが演奏するこの曲を聴いて、ジャズ・トランペッターを志したそうですね。

 そのエピソードは事実だ。マイルスの演奏を聴いて、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を演奏したいと思ったのは自分の原点のひとつといっていい。確かに僕は以前にもこの曲を収録したことがあるけれど(2003年のアルバム『サウザンド・キッシズ・ディープ』、2006年の映像作品『ライヴ・ウィズ・オーケストラ&スペシャル・ゲスツ』)、今回はまったく異なるアプローチで行こうと思って、ジョシュア・ベルのヴァイオリンをフィーチャーしたんだ。さらに、この演奏では、テイラー・アイグスティのピアノにも注目してほしい。

<YouTube:My Funny Valentine

―― テイラーは、とんでもなく広い視野を持つ才人です。

 ジャズの演奏家には凝ってコンプ(伴奏)するところもあるけれど、彼には、とにかくもっとシンプルに、ショパンのように弾いてほしいと指示をした。このアルバムの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、過去に自分が演奏してきたいくつものヴァージョンとは違う、ジャズとクラシックのクロスオーヴァー的なものを目指している。

 ―― 英国のロックバンド、コールドプレイの「フィックス・ユー」を選曲なさったのは?

当初はポール・サイモンの「アメリカの歌(American Tune)」を演奏する予定だったが、何度か試しているうちに、トランペットにはあまり合わないなと思うようになった。そこで同じように大好きな曲である「フィックス・ユー」に取り組むことに決めて、約二ヶ月後にレコーディングした。コールドプレイのクリス・マーティンにも、ぜひこのヴァージョンを聴いてほしいと願っている。大変な自信作だからね。

 ―― そうしたヴォーカル・ナンバーを取り上げる基準として、歌詞は重視しますか?

 ノーノー、歌詞は気にしないね。一番大事なのは、トランペットという楽器の出すサウンドだ。それをとにかく重視している。

<YouTube:Fix You

――『Vol.1 』はブルーノート移籍第一弾ですが、残響を重視した音質に関しては、以前の作品から一貫していますね。

30年ほど一緒に行動しているエンジニアのアレン・サイズと、デイヴィッド・フォスターのおかげだよ。マイルスの『カインド・オブ・ブルー』を例に出すけれど、良いアルバムというのは楽器の周りに十分なスペースがある。僕もスペースを活かすような音作りにしたいんだ。『カインド・オブ・ブルー』を聴いていると、演奏家が楽器を愛で包んでいることがわかる。マイルスも、ジョン・コルトレーンもね。

 ―― 最後に、日本のファンへのメッセージをお願いいたします。

 30回は日本に行っていると思うけれど、本当に大好きな国ですぐに帰ってきたくなる。日本の皆さんには心からありがとうと言いたいし、皆さんの愛する一番のアーティストでありたいと思っている。このアルバムを聴いてもらえたら嬉しいし、次の来日公演もぜひ楽しみにしてほしい。

Written By 原田 和典
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【リリース情報】

クリス・ボッティ アルバム『Vol. 1』
2023年10月20日発売 SHM-CD UCCQ-1192 ¥2,860(税込)
CD購入&デジタル配信はこちら→https://Chris-Botti.lnk.to/Vol.1

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