2周目のオーバーテイクで奪い返した貴重な2ポイント。「いつもと違う」宮田莉朋が感じるチャンピオン争いの緊張感

『チャンピオンよりも目の前のレースでの優勝』と公言して、スーパーフォーミュラ今季のタイトル争いにもクールなポジションを見せていたランキングトップの宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)。実際、鈴鹿サーキットでの第8戦でも予選2番手、決勝でもスタートで遅れたもののすぐにポジションを回復して2位で終え、ポール・トゥ・ウインとなった野尻智紀(TEAM MUGEN)からもランキング首位を守り、いつも通りのパフォーマンスを見せているように見えた。だが、実は宮田は大きな緊張感、そして大きな敵と戦っていることを実感していた。

「レースで良い結果を残して……そのオマケじゃないですけど、チャンピオン獲れれば理想ですし、負けたら負けたで仕方ないと思うし、100%のレースをするだけです」と、金曜日の会見でチャンピオン争いへの抱負を語っていた宮田莉朋。だが、土曜日の第8戦での宮田は違っていた。

 宮田と二人三脚でスーパーフォーミュラを戦ってきた、担当エンジニアの小枝正樹エンジニアが話す。

「本人曰く、緊張していたらしいです。あまりそういう感情を見せるタイプではないですし、そもそも普段からよくわからない子なので(苦笑)。テンション高い時と低い時の差が大きいのでなんとも言えないですし、それで結果が左右されるわけではないですからね。でも、それをネタにしてグリッドでも(中嶋)一貴(TGR-E副会長)が来てくれていじられたり、みんなから言われたりして、それも普通な感じに見えましたけど、本人曰く、緊張していたらしいです」

 土曜日のレース後、宮田自身も、チャンピオン争いのプレッシャーがあることを吐露した。

「いつもと違う感覚はありますし、チャンピオンを獲らないといけないなと思っています。でも、僕は現実を見ちゃうタイプなので、ものすごく自信があればいつもどおりにやれるんですけど、現実的にすごく難しいハードルを越えようとしているところなので。当然、僕ひとりじゃなくてチームのスタッフがクルマを作ってくれているからレースができているのは間違いないのですけど、ただ、そのチーム全員の力を合わせても、このハードルを越えられるのかなというくらい、難しいと感じています」

 ランキングトップながら、チャンピオン争いに悲観的な宮田。その背景には幼少のカート時代より何度も経験してきた、チャンピオン争いの最終局面でのドライバーの孤独と厳しさを熟知しているからこそでもある。

「今までチャンピオン争いの経験をしたことがないなら話はわかるのですけど、これまでチャンピオン争いをしてきた経験があるから、なおさら、何をしたらチャンピオンが獲れるという流れはわかっている。でも実際にはコース上では僕ひとりでホンダとTEAM MUGENの包囲網を崩すというのは大きなこと。速く走りたいからこそ、いろいろと考えてしまいますね」(宮田)

 いつもと違う違和感は、わずかなことからでも感じてしまう。

「ひとつひとつの些細なことが気になったり、同じように着替えてテーブルに服を置いた時に、その服が落ちてしまったのを見て『感覚的に距離感が定まっていないな』とか、今までそんなことがあっても気にしないようなことが気になったりして、一個一個、いつも以上に丁寧に行動したくなります」

 その緊張感の中でも、コース上の宮田はしっかりと自分の仕事を遂行した。

 予選2番手の宮田はスタートでは出遅れて予選4番手の太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)に先を行かれてしまうものの、冷静に状況を判断していた。

「スタートで勢いが違ったので、OTS(オーバーテイク・システム)を使ったというのを感じていて、チームからも『彼らはOTSが使えない状況』というのを聞いて、自分はOTSを使って追い抜ける距離感にいなければならないという感じで走っていました」(宮田)

 宮田はまず、オープニングラップのシケインの進入で太田のインに飛び込むそぶりを見せる。

「全然、抜く感じではなかったです。ブレーキが飛び込んで行けていたので、あの距離感になったというだけ。そこから立ち上がりをうまくして1コーナーで抜けたらと思っていました」

 その宮田の読み通り、OTSを作動させてスリップに入り、1コーナーのアウト側から太田を抜き去り、見事2番手を奪い返した。第3戦の鈴鹿でも見せたように、鈴鹿の1コーナーアウトからのオーバーテイクは、もはや宮田の得意技とも言える
 
「特に得意というわけではないのですけど、流れ的にアウトから行く回数が多かったので、そう見えているだけです(苦笑)」と、謙遜する宮田。そしてレースは翌3周で赤旗終了。この2周目のオーバーテイクが、2位と3位のハーフポイントの2ポイントを隔て、チャンピオン争いに大きな影響を及ぼすことになった。

 宮田は今回の2位でランキングトップを守り、ポール・トゥ・ウインのランキング2位野尻との差は6.5ポイントに。仮に最終戦の第9戦で野尻がポール・トゥ・ウインをしたとしても、宮田が予選2番手、決勝2位の今回の第8戦と同じリザルトならば、野尻との差は6ポイント縮まり、宮田は0.5ポイント差で逃げ切ることができる。

 それでも宮田は「クルマのフィーリングとしては全然、理想のところにはいない。フィーリングは良くなくて悩んでいる感じです。今の段階では(野尻選手を)越えられる感じはしないですし、野尻選手だけでなく、TEAM MUGENとして手強い」と、話つつも「ポールポジションは奪っていないので獲りたいですし、やっぱり勝ちたいです。それを獲るためには明日に向けて、しっかり準備したいなと思います」と、最後に上を向いた。

予選、決勝ともにトップを争った野尻智紀(右)と宮田莉朋(左)

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