事業とサステナビリティの関係は“トレードオン” ――グリーン事業の強化・拡大、全事業のグリーン化でトップランナー目指す 丸紅

総合商社の丸紅は、火力発電分野で2018年に石炭火力発電所の新規開発からの撤退をいち早く表明、社会に大きなインパクトを与えた。その後2022年に発表した「中期経営戦略GC2024」の中では、事業成長に不可欠な要素として“グリーン戦略”を取り組みの柱に位置付けた。「人権の尊重」「自然との共生」などを現場主導によりサプライチェーン全体で取り組み、その先のネイチャーポジティブを目指すという。創業1858年の総合商社が事業の持続可能性や自然資本に目を向け始めたのはなぜなのか。サステナビリティ推進委員会、投融資委員会、開示委員会の各委員長を務める古谷孝之・代表取締役 専務執行役員 CSDO CFOに、足立直樹・サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサーが聞いた。

足立直樹 サステナビリティ・プロデューサー ( 以下、足立 ) 
「サステナビリティ」は、ブランディングやマーケティングあるいは事業そのものを考えるときの前提条件になりました。貴社ではどのように経営に落とし込み、さらに、生物多様性やネイチャーポジティブなどに取り組んでいるのでしょうか。

古谷孝之 代表取締役 専務執行役員 CSDO CFO(以下、古谷):
2016年頃からサステナビリティの潮流が起きたかと思いますが、サステナビリティやESGに対応していかないと、我々のビジネスにとって非常に大きなリスクになるだろうと考えていました。一方で、脱炭素などはビジネスチャンスであり、我々としても、経済的な利益の追求に加え、社会的・環境的価値を同時に高める「トレードオン」と捉え、早い段階から経営の重要課題と位置づけています。

商社は、世の中の動きに対応していくことが基本的な生業で、世の中に対応することによって生まれる価値を作っていかないと存在意義がなくなります。2021年に「気候変動長期ビジョン」を作り、2050年までにグループにおける温室効果ガス(GHG)排出ネットゼロを目指すことを発表しました。また「中期経営戦略GC2024」の中では「グリーン戦略」を経営戦略の柱の一つに掲げています。グリーンを本業とは別に取り組むのではなく、我々の事業そのものを、サプライチェーンや人権など全部含めてグリーンにしなければならないと考えています。

足立:今「トレードオン」という言葉をお聞きして、素晴らしいと思いました。通常は逆に事業とサステナビリティは両立できない「トレードオフ」と考える方が多い。やらなくてはいけないのは分かるけど、どうコストを少なくしていくかという話が多くなってきます。

古谷:当社のビジネスでは、発電や電力事業が主力の一つになります。ところが、サステナビリティの流れが一気に来て、最終的には石炭火力のプロジェクトに資金も保険もつかなくなりました。そうした世の中の動きから、2018年9月に石炭火力の新規のプロジェクトから撤退すると発表しました。

足立:業界は驚いたようですが、その経営判断は早かったですね。

古谷:一方で、石炭火力の事業をやらせていただいているということは、お客様、使っている方がいらっしゃるわけで、地域の方々に電気を安定的に供給する必要があります。同時に、需要国ではネットゼロを掲げているので、当社としても、省エネ関連事業への取り組み、既存事業では一部アンモニア混焼にしたり、再エネプロジェクトを仕立てるとか、エネルギー全体で貢献することを考えています。

繰り返しになりますが、世の中の要請や社会のニーズに応じてビジネスを変えていく。価値の源泉は、常に社会課題やお客様のニーズに置いています。商社の場合は事業の相手がお客様、サプライヤー、マーケットなので、長期的な視野は欠かせないということと、やはり相手方としっかり話をすること。そこで最適解を見つけていかねばなりません。

“グリーン”でない案件からは、もはや価値も生まれない

足立:サステナビリティに対する考え方をまとめた「Our Journey」を拝読しました。長期的なビジョンを丁寧に書かれていますね。丸紅がどこに向かっていくかをわかりやすく示していると思いますが、それを伝えたかったのは社外のステークホルダーでしょうか? それとも社内でしょうか?

古谷:いちばんに社内への浸透を意識しました。サステナビリティの方針・考え方は経営会議でも確認をしながら、さらに重要であれば取締役会でも議論していますので、社内浸透は会社としても最も重要な課題の一つです。

サプライチェーンでの人権などは非常に重要ですが、我々だけでは達成できません。ですので、社外のサプライヤーや取引先の方に理解していただかないといけない。その取引先と対面しているのは、営業部や事業会社の社員ですから、説明できるように社員が理解することが必要です。

足立:ところで、グリーン戦略における丸紅グループが目指すべきゴールには、生物多様性など、自然資本関連のことがしっかり入っています。グリーン戦略はどのように推進されていますか?

古谷:既存のグリーン事業は、強化・拡大することなのでわかりやすいと思います。新しいグリーン事業の創出や全事業のグリーン化については、どう進めていけばいいのか、サステナビリティ推進委員会でも共有し、議論しました。グリーン戦略は、現場主導で推進していく必要があります。グリーン事業の強化と全事業のグリーン化について、営業本部に半年間考えてもらい、本部の戦略を策定してもらいました。結果、良いものが出来上がり、自然との共生や循環型経済などさまざまなテーマが見えてきました。そこでグリーン戦略の目標は「ネイチャーポジティブ」だと決めていったわけです。

私は投融資委員会の委員長でもあるのですが、投資案件の約9割はグリーンに関連するビジネスです。グリーンでない案件からは、価値も生まないと実感しています。

GC2024初年度には、各営業本部毎に本部別グリーン戦略を策定し、「グリーン」がビジネスの前提であり成長に不可欠な要素であるという意識が当社グループ全体で共有され、グリーン事業の強化と全事業のグリーン化に向けた取り組みが、現場レベルで着実に進捗しています。当社グループの「グリーン」は、事業範囲・地域が多岐に亘ることもあり、非常に多様です。その進捗状況をステークホルダーの方々と分かり易く共有することは難易度高いですが、民間企業の事業を通じてグリーンに貢献できるパターンのほぼすべてを網羅している、という総合商社の特徴は積極的にアピールしたいポイントでもあるので、進捗状況の開示拡充に引き続き取り組んでいきたいと考えています。

丸でつながるようなグローバルなプラットフォームに

足立:生物多様性や自然資本について言えば、いま投資家と企業の注目を集めているのがTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)です。これはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と基本的に同じ構造ですが、事業と生物多様性の関係を分析することに多くの企業が手間取るのではないかと思います。

古谷:投資家が期待するのは、その取り組みを次の新規事業につなげることでしょう。それは商社が問われているところであり、我々はTNFDを事業創出のための一つのアイデアだと捉えています。

当社では、2022年3月、TNFDフォーラムに参加して以来、TNFDに沿った情報開示の準備を始め、本年9月の最終提言の枠組みに沿った開示を現在準備中です。シングルマテリアリティ部分については、既に、一部TCFD開示の中でシナリオ分析も実施しています。ダブルマテリアリティ部分のLEAP分析の実践は、事業と環境価値の関係を再認識していく過程でもあり、価値創出のヒントに対する気付きにもつながるので、非常にポジティブに捉えています。生物多様性が事業にどのような影響を与えるのかに加え、事業活動がどう生物多様性や生態系への保全に貢献するのか、両方の観点がある。我々はそれが事業創出の機会であると考えています。

足立:その発想の転換が素晴らしいですね。

古谷:私どもの原点は、社是「正・新・和」にあります。まず第1に「正しくあれ」、2つ目が「常に新しくあれ」、そして「最も望ましいことは和である」です。サステナビリティと言われる前から、実は、社是の精神に則り、公正明朗な企業活動を通じ、経済・社会の発展、地球環境の保全に貢献する、誇りある企業グループを目指すことを創業時から続く経営理念で謳っており、この社是が企業文化としてあります。

我々の事業は、世の中の課題に対してどのようにソリューションを生み出せるか。丸紅社員は4000人、グループで4万人ですが、全世界の何億人の方々のお世話になり、事業を営んでいます。ですから、そういう方々に思いを馳せ、一緒に考えたいと思います。

足立:創業以来の精神が、脈々と受け継がれているわけですね。

古谷:実は、社内でパーパスやビジョンを見直すべきか議論がありました。けれども、私はこれほど良い企業精神、経営理念はないと思っています。丸紅なので丸でつながるような、持続可能な事業を生み出すグローバルなプラットフォームになりたいと思います。

足立:そういった中で、特にこれから力を入れていく事業について教えてください。

古谷:森林事業ですね。インドネシアとオーストラリアに面積が東京23区面積の約2倍ある植林地コンセッションがありますが、木を植えてCO2を吸収しても、木材として伐採してしまったら、CO2を固定化することはできない。ただポテンシャルとしてとても大きいので、これを何とか価値に転換できないかずっと考えています。

当社では、森林由来の炭素クレジット制度の整備・普及・市場拡大を念頭に、フィリピンおよびアンゴラにおいて森林再生を通じた産業植林・環境植林プロジェクトの検討を開始しています。

それからエネルギー。アンモニアや水素、SAF(持続可能な航空燃料)は、現に進めているので、これをどう仕上げて供給できるのか。当社だけでなく、多くの企業がそれぞれ進めているので、2030年の前にいろんな案件ができてくるでしょう。

農業も価値が隠れています。農業資材や肥料・農薬など、環境への負荷が少ない、あるいは農家の生産性向上や土壌改良に寄与していかないと、ビジネスになりません。

足立:北米ではあれだけ大規模な集約的農業をしていたのに、急にこの数年で再生農業に変わりつつある。農業のあり方に大きな変化を感じますね。

古谷:米国の農業、特に穀物における変化は大きい。小麦で言うとロシア・ウクライナ問題で地政学が変わってきていたり、生産効率を上げつつ環境負荷の低い農業を行うことはかなり重要だと思います。

足立:今、日本で残念なのは、農業や林業が古い産業で希望がないと思われていることです。むしろ、それをどのように伸ばしていくか。私は一次産業を新しくイノベーティブなものにする必要があると感じています。

古谷:最近、良いものは良いという評価が、いろいろな媒体を使ってすぐに広がるので、そういうことをしっかりと発信していくことが重要でしょう。水産業を担当している社内の若手社員から聞きましたが、東日本大震災の影響で三陸沖における漁業が厳しい状況の中、元の綺麗な海にするため、川上である山の生態系を戻すプロジェクトをやっているそうです。そのプロジェクトを何十年単位でやっていくことによって、結果的に海の生態系にも影響を与え、海が再生されてきているそうです。こういう事例をみんなで認識していくが大事だと思います。

足立:一次産業は可能性に満ちていると思います。私はもともと植物生態学者だったこともあって、そういう可能性を余計強く感じます。欧州はもう70年代から環境配慮型の、すなわち持続性のある農業へのシフトをしてきました。日本は機械化やスマート農業を推進しようとしていますが、根本的な部分は70年代から変わっておらず、農業をグリーンにしようという意識がないようにも感じます。

古谷:米国の穀物を扱う会社に聞くと、肥料に関して最大の脅威はゲノムだそうです。要するに、肥料が無くても作物が作れる。害虫や天候の心配がなく、種さえあればいい。そうなると、肥料についての事業は成り立たなくなる。それぐらい米国では、生物多様性や環境を飛び越えた研究・開発の思考が進んでいるようです。

足立:世の中の動きはどんどん変わっていくと思いますが、そういう中で、いま注目している「動き」は何でしょうか。

古谷:カーボンプライシングですね。炭素税や排出量取引などで、製鉄業や電力会社などのように、ダイレクトにCO2コストが上がるわけではありませんが、非常に近しい事業があります。我々はずっとスコープ1・2・3を開示しているので、会社としてどう対応するのかを意識しています。それから自然資本はCO2のようにわかりやすい基準がない中で、どういう動きになってくるのか。自然の劣化は我々の事業に直接関わってくるので、それを無視することはできません。

足立:再生農業などはまさにそこを背景とした動きです。御社が日本企業をそういう方向にどうリードしていくのか、また何年か後にお話しを伺うことが楽しみになってきました。本日はありがとうございました。

対談を終えて
足立直樹

かつて商社は海外から大量の木材の買い付けることで、そして少し前までは火力発電所の建設などで、環境破壊に先鞭をつける存在であると目されることがありました。ところが最近は大きくその姿勢を変え、特に丸紅は石炭火力発電所の新規開発からいち早く撤退したり、持続可能な原材料の調達に力を入れるなど、社会の期待に応えるビジネスのあり方を示す存在となっています。なぜそのような鮮やかな変化ができたのか、また変化の原因はなんだったのか、不思議に感じていました。その理由が今回のインタビューで分かったように思います。

まず一つには、「正・新・和」という社是にある価値観が広く社内に行き渡っており、社会の価値観や常識が変われば、それを直ちに取り入れて正しいと考える方向に変化することにためらいがないことだと思います。もう一つは、常に農業や林業の現場と接してきたため、そこで起きている問題や変化に早く気づき、また敏感であるということでしょう。加えて、顧客や社会に提供すべき価値は何かを常に考え、作っていくことが自分たちの仕事だという発想も強く感じました。

お話をうかがった少し後にTNFDの最終版が発表になり、企業はネイチャーポジティブにどれだけ貢献できているかを具体的に示す時代がいよいよ到来しました。そうした中、丸紅がネイチャーポジティブなビジネスや経済を作り、日本の変化をリードしてくれることを期待しています。

文:松島 香織 撮影:小山内 大輔


古谷 孝之(ふるや・たかゆき)
代表取締役 専務執行役員 CSDO CFO
1987年丸紅株式会社入社
同社秘書部副部長 兼 秘書課長、執行役員経営企画部長を経て、2020年代表取締役 常務執行役員、CFO、IR・格付担当役員、投融資委員会委員長、サステナビリティ推進委員会委員長(CSDO)、開示委員会委員長に就任。2023年から現職。


インタビュアー  足立 直樹(あだち・なおき)
サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブルビジネス・プロデューサー

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。


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