松任谷由実の冬アルバム「昨晩お会いしましょう」ここから始まる第2次ユーミンブーム!  ユーミンの転機となった名盤「昨晩お会いしましょう」

ミステリアスなジャケットと謎めいたタイトル、ユーミンの転機となったアルバム

松任谷由実の通算12作目のオリジナルアルバム『昨晩お会いしましょう』がリリースされたのは、1981年11月1日。ミステリアスなジャケットと謎めいたタイトル、シュールな雰囲気を湛えた、色々な意味でユーミンの転機となったアルバムである。

このアルバムがリリースされるまで、ユーミンは長い低迷期にあった。セールスも荒井由実時代の人気には及ばず、コンサートも空席が目立っていた。この状況に変化が見えたのが、前年にリリースされた『SURF&SNOW』からで、この頃から彼女のコンサートのド派手な演出が話題になり始め、ライブへの注目度がアルバムのセールスに反映されるようになったのである。

荒地にトレンチコートで立つ後ろ姿の女性の姿が印象深いアルバムジャケットは、ピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンなどのアートワークを手がけたデザイン集団・ヒプノシスによるもの。撮影はアイスランドで行われ、後ろ姿の女性はユーミンではなく、ヒプノシスの友人だったそう。

タイトルもその後「永遠の一瞬」(満月のフォーチュン)、「懐かしすぎる未来」(acacia)といった彼女の歌詞に時折出てくる発想と共通しており、「過去、現在、未来、時の流れは 今 ユーミンに止められた。あなたの青春の一場面が息づく。」というキャッチに象徴される通り、時間の往還、精神的なタイムスリップがコンセプトとなっている。

アルバム全体のトーンに強く影響を与えている「守ってあげたい」

収録曲のうち先行して81年6月21日にシングル発売された「守ってあげたい」は、薬師丸ひろ子主演の角川映画『ねらわれた学園』の主題歌で久しぶりの大ヒットとなるが、この曲がアルバム全体のトーンに強く影響を与えていると思われる。

「守ってあげたい」はファルセットを駆使したサビ部分のヴォーカルとコーラス、ブラジリアンテイストを織り込んだ曲調が、独自の浮遊感をもたらしている。原作小説のSFマインドを巧みにすくい上げ、浮遊感あるメロディーに乗せたことで、ファンタジックな世界が現出しているのだ。歌詞面でも女性が男性を「守ってあげたい」という母性的な作風は、映画のストーリーに沿ったものだが、当時の日本のラブソングの歌詞としてはかなり新しい。

全体にトワイライトの雰囲気を意識、その象徴的な収録曲「夕闇をひとり」

アルバム全体のトーンを決める松任谷正隆の編曲も、クールなシティソウル風のアレンジを施していることで、サウンド面も全体に浮遊感が強調され、それまでのアルバムとは大きく異なっている。演奏はドラム林立夫、島村英二、ベースに高水健司と岡沢茂、ギターは鈴木茂と松原正樹とお馴染みのメンバー。また全体にトワイライトの雰囲気を意識しており、その象徴的な収録曲が「夕闇をひとり」である。

個別の楽曲にも、過去と未来を往還するような世界が見受けられる。冒頭を飾る「タワーサイドメモリー」は神戸が舞台で、別れた恋人と初めてキスをした場所を訪れ、あって欲しかった別の世界へと思いを馳せる。

「ポートピアも終わればただの夜に戻る」というフレーズに登場するポートピアは、この年の3月から9月まで神戸で開催された『神戸ポートアイランド博覧会』の愛称。輝かしい未来を提示する博覧会と、それが終わった虚脱感に、主人公の感情の推移をシンクロさせている。

松任谷正隆アレンジの真骨頂「手のひらの東京タワー」

タワーが出てくるもう1つの曲、「手のひらの東京タワー」は石川セリへの提供曲のセルフカバー。エレベーターの外に広がる都会のパノラマがサウンドで体現されており、この辺りは松任谷正隆アレンジの真骨頂。

アレンジで世界観を表現するという意味では、「ビュッフェにて」も同様。北陸本線を走る特急のビュッフェで、別れた恋人を思う楽曲だが、曲のテンポが、ローカル特急のスピードや揺れと合致しているのがなんとも心地よい。ここで歌われる「城下町」とは金沢のことだが、ヨーロッパの風景にも重なり合う。中央高速が滑走路に見える、この「見立て」こそがユーミン流作詞術の真髄である。

ライブでの人気曲「カンナ8号線」は、松原正樹のエモーショナルなギターが耳に残るロックチューンだが、誰もがハッとするのは2番冒頭の「カンナの花が燃えて揺れてた中央分離帯」というフレーズだろう。前後の文脈と関係なく出てくるものの、鮮烈なビジュアルイメージを聴くものに焼き付ける。夏の暑さ、照りつける日差し、渋滞の道路、海へ向かう気持ちの高まりが集約されているが、それは主人公の「過去の回想」なのである。

「街角のペシミスト」は、週末の夜、都会で遊ぶ20代女性がふと感じる空虚な思いを第三者目線=天上からの視点で歌ったもので、こうした三人称の視点は初期から「空と海の輝きに向けて」など時折みられ、85年の「BABYLON」とは世界観も共通している。

「グループ」は、学生時代の仲間たちのひと組が結婚するため、パーティに出席する女性が、昔、恋人(あるいは片想い)だった仲間の男性に再会できることを期待するキュートなナンバー。主人公たちが別れたことを示唆するフレーズが、一度だけ出てくるCメロ部分にあり、ここだけマイナーに転調し、主人公の感情と合致させ、ドラマを作り上げているのもユーミンならではの職人技だ。

そして、「守ってあげたい」のシングルB面にも収録された「グレイス・スリックの肖像」。60年代後半に活躍したジェファーソン・エアプレインの女性ヴォーカル、グレイス・スリックの名を冠しているが、ユーミンは自伝『ルージュの伝言』の中で、カウンターカルチャーをたっぷり吸い込んだ時代の代表がグレイスだったと語り、「(自分は)ジャニス・ジョプリンまではロックできなかったね」とも述べている。その60年代を思い起こさせ、徹底してユーミンのパーソナルな世界観で描かれている。広く博愛的な母性を歌う「守ってあげたい」とは好対照。79年の「未来は霧の中に」や2008年の「ピカデリー・サーカス」などと並ぶ、徹底して個人的な作品なのだ。

明るい未来へ希望を託すかのような「A HAPPY NEW YEAR」

過去を回想し、現在の自身と向き合い、その日々はもう元には戻らないことを歌う作風は、本盤の収録作に共通しているが、明るい未来へ希望を託すかのように、「A HAPPY NEW YEAR」でアルバムは締め括られる。

『昨晩お会いしましょう』は76年末の『14番目の月』以来、5年ぶりにチャート1位を獲得。ここから第二次ユーミンブームが巻き起こるが、同名のコンサートツアーでは、資生堂などの広告プランニングを行っていた黒田明が初演出を手がけ、床照明や電飾を駆使してショーウィンドウのようなステージを体現した。ことにサウンドとライティングを一体化させた演出は画期的で、その後テレビの歌番組などに大きな影響を与えた。

また後半に荒井由実メドレーを配したことも、過去・現在・未来を自在に行き交うアルバムのテーマ性と合致する。こうしてアルバムとコンサートのイメージが統一され、この両輪での活動を軸に、80年代のユーミンは一層パワフルに音楽シーンを席巻していく。

カタリベ: 馬飼野元宏

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