小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=70

 そう考えた瞬間、浩二は、渾身のバネを効かせた鉄拳を相手の胸板に衝き込んだ。精一杯の一撃だった。が、映画もどきの快音も発しなければ、大男が宙に舞いもしなかった。ただ、よろめき、二歩後退しただけだった。すかさず追い討ちをかけようとしたとき、横合いから山路が男に組みついた。敵が抵抗をやめるまで殴り、蹴りつけた。浩二は、助っ人の演ずる活劇を呆然と観戦していた。わが青春を賭けるべき戦いは、その出番を見ずして、一瞬に幕を閉じた。

 植民地から町に通ずる郡道には、この近郊の治安を受け持っているインスペトール(検査官)のマネコが威厳を見せて立っていた。逃げた仲間が事件を知らせたものらしい。彼は原住民とポルトガル人の混血で、入植者に親切ではなかったし、移民たちも彼に信頼など寄せていなかった。

 事のなりゆきについて三〇分あまり問答が続いたが埒があかない。

「町の警察署まで出頭してもらう」

 彼は威厳を全身にみなぎらせて言った。

 

 

  第六章

 

留置所

 

 カラムルー地区の治安役であるインスペトールのマネコの遣いだという二人の男が有村孝夫を訪れた。夜の九時を廻っていた。有村兄弟は手広く農業を営んでいて、運搬用トラックを有し、入植者の便宜をはかっていた関係から、遣いの者は有村家を目当てにしてきたのである。

「君たちの知人の若いグループが暴動を起したので、町の警察までトラックを出してほしい」

 と、彼らは頼んではいるが、命を受けてきたようだった。有村は寝耳に水といった顔付きだが、入植者とダミオン一味とのいざこざはよく知っていた。やったな、と心で快哉を叫んでいた。が、そ知らぬ顔で、

「トラックを出すのはいいが、費用はどこから出るんだ」

 わざと渋面をつくって訊いた。

「俺たちの知ったことではない。それはマネコと話してくれ」

 二人の男は腰にピストルを下げている。この場合の口争いは無駄だと勘づいた有村は、しぶしぶトラックを車庫から出した。有村が荒木商店の前までくると、近くの闇の中から青年たちがトラックのヘッドライトの許に集まってきた。騒動を聞いて駆けつけた男たちは、心配顔で事のなりゆきを有村に問うている。

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