「何かあったら責任もてないから」先天性の心臓異常、大人になっても職場が「壁」理解得られず孤立 医療進み、今や95%が成人に

フリーライターとしてネコに関する記事などを執筆する古川諭香さん=本人提供

 岐阜県でフリーライターとして働く古川諭香さん(33)は、生まれつき心房が左右に分かれていない「単心房」と、心室が分かれていない「単心室」。それに加えて、併発しやすい「無脾症」で生まれた。無脾症は、免疫機能に重要な役割を果たす脾臓(ひぞう)がない状態。「単心室」だけでも7000人に1人という極めて珍しい症例。健常者に比べて体力や免疫力がないため、風邪をひくだけで1週間以上寝込むこともある。
 古川さんのように、生まれつき心臓に異常がある「先天性心疾患」は、実は100人に1人の割合で生まれるとされる。生存率を考えると単純計算はできないものの、日本の人口に当てはめれば100万人はいることになる。それほど患者が多いにもかかわらず、その存在はあまり知られていない。かつては「長生きが難しい子どもの病気」という扱いだったが、医療技術が進歩し、今ではおよそ95%が成人を迎えられる。
 ただ、歓迎すべき変化の一方で、問題も増えている。要因は、障害を抱えているかどうか一見して分かりづらい「内部障害」である点。目に見えないため、社会に出ても職場などで必要な配慮が得られない。「理解不足」という壁が立ちはだかる。(共同通信=三村泰揮)

正常な心臓(上)と「単心室症」の心臓(下)のイメージ

 ▽晴れて正社員になったのに
 古川さんがフリーランスで働いているのには、仕事の時間や進め方で融通がきくというメリットの他にも理由がある。当初は障害者雇用枠で仕事を探したが、採用面接を受けても障害の内容が相手にうまく伝わらなかった。採用担当者からはこう言われた。
 「車いすのように目に見えないし、本当のことを言っているのか分からない」
 不採用の連続に苦しんだ。正社員を諦め、コンビニでアルバイトをしていたところ、従業員を探していた客に声をかけられ、22歳の時に工場の事務員として就職できた。
 念願の正社員だったが、今度は症状への無理解に悩まされた。
 日常生活は普通にできるが、定期検診は月1回ある。検診で休むと、同僚から「忙しかったよ」と冗談めかして声をかけられ、罪悪感が募った。重い荷物を持つ仕事の手伝いを社長から頼まれた際も、同僚が気を遣い、「やらなくていいよ」と断られた。本来ならできる荷物運びだけでなく、対応可能な業務も徐々に依頼されなくなり、もどかしさを感じる日々が続いた。
 さらに新入社員が増えるたび、自身のことを説明する機会を自ら作らねばならない。理解を得るのが徐々に難しくなっていき、詳しい症状を伝えられないまま、いつのまにか「心臓病の人」という評判が一人歩きするようになった。
 同僚の仕事を助けようとしても「何かあったら責任が持てない」と断られ、職場で孤立。結局、1年で退職せざるを得なくなった。
 現在は、自分のペースで働けるフリーライターとして働く。体調面での不安は減った一方、収入は不安定だ。工場に勤務していた当時を思い出す。「長く働くためには『こういう作業まではできる』と実演して理解してもらうなど、伝えるのを諦めない姿勢が大事だった」
 一方で自分のような患者が働くためには、雇用主による工夫も必要と感じる。例えば、定期健診の際は休みやすくする、新入社員が増えた際はどこまで働けるかを理解してもらう機会を設ける―などが考えられる。

先天性心疾患のある古川諭香さん=2022年11月、岐阜市

 ▽「サボり癖がある」という誤解
 日本成人先天性心疾患学会などによると、先天性心疾患を抱えて生まれ、成人となった患者は現在50万人程度に上るとされる。今後も年間約1万人のペースで増える見通しで、就労者数もそれに伴って増えている。しかし、一般社団法人「全国心臓病の子どもを守る会」によると、2人に1人は就職後5年未満で離職している。職場に定着する難しさが顕著だ。
 理由の一つとして挙げられるのが「内部障害」だ。治療を経て日常生活を送れるようになっても、手術後の心臓に不具合が生じていないかを確認するため、生涯にわたって定期検診を受ける必要がある。心肺機能が低いため、長距離走や水泳といった激しい運動が制限されるだけでなく、日常生活でも健常者より疲れやすい。しかし、周りからはこうした特性が分かりづらく、雇用主としてもどこまで働かせても問題ないのか、どういった配慮をするべきなのかが把握しづらい。長期就労には職場の理解が欠かせないが、不十分だった場合は「サボり癖がある」といった誤解が生まれ、結果として離職につながりやすい。

自らも先天性心疾患を持ち、患者に情報を提供するウェブサイトを運営する秋山典男さん=本人提供

 ▽同じ土俵か、支えてもらうか
 こうした患者が働く上での悩みを解決するため、ウェブサイト「はとらく」は患者に向いている仕事や、転職エージェントを使う上でのポイントに関する情報を提供している。運営する秋山典男さん(32)も、先天性心疾患がある。
 秋山さんによると、職場に定着するためには、同僚に症状を伝え、必要な配慮を知ってもらう姿勢が大切だ。患者の中には「健常者と同じ土俵で働きたい」という思いと「障害者として支えられたい」という思いのはざまで、職場への周知に葛藤を抱える声も多いのだという。
 「全国心臓病の子どもを守る会」の調査によると、「自らの障害を上司に伝えている」と答えた患者の割合は半数に過ぎず、同僚に伝えている割合となると約35%まで下がった。
 秋山さんは、患者側ができる工夫について提案する。
 「病気の周知を無理強いすることはできないが、内部障害のケースは伝えないと周りに状況が分かってもらえず、職場定着への支障になる。入社の際に人事担当に障害の内容を伝えるだけで、それ以降の周知が不十分な場合も多い。異動によって同僚が入れ替わる度に、必要な配慮をまとめた書面を見せて理解してもらう、といった対応が大切だ」

ウェブサイト「はとらく」より。働き方に関する患者の体験談などを紹介している

 ▽増える就労支援のニーズ
 患者が働く上で、周囲に求められる支援はどのようなものか。秋山さんは指摘する。「行政による就労支援は、精神障害や知的障害の人向けが多い。先天性心疾患は比較的新しいテーマで、支援は手薄なままになっている」。行政職員にもノウハウが蓄積されていないため、仕事の相談をしても対応してもらえなかった、という声が多いのだという。
 先天性心疾患患者の就労を研究する横浜市立大の落合亮太准教授は、まずは患者自身が心臓の状況を理解し、働く上での限界を把握してもらう取り組みが必要だと指摘する。患者の中には自分自身の健康状態に関する理解が不十分で、症状が比較的軽いと定期検診に行かなくなり、体調を崩して仕事を休むケースが少なくないという。落合准教授は話す。「子どものころから心臓病の場合、保護者が理解している一方で、本人は詳しい説明を受けていないことも多い。社会に出る際にはきちんと理解してもらう必要があり、医療機関が本人に説明する機会を設けることをルール化するといった対応が求められる」
 加えて、先輩となる患者とメンターとしての関係を早期に築くことも効果的だという。北欧諸国では病院が主導してそうした機会を提供しており、学校生活や恋愛、就職など、成長につれて生じる心疾患特有の悩みを相談できる。国内でも成人患者に相談できる場を設けている病院もあるが、任意の取り組みで極めて限定的だ。制度として定着させれば、社会に出た際に直面するハードルや戸惑いの軽減が期待できるという。
 一方で病院だけに支援を求めるのにも限界があるとして、落合准教授は「NPOやハローワークなど、さまざまな機関が連携した支援が必要だ」とも話す。モデルとして挙げるのは、愛媛大病院が主導する就労支援プログラムだ。病院では小児循環器外来の病棟に支援員による相談ブースを設けている。成長した患者が外来を訪れた際、希望の仕事や資格、配慮を必要とする点を聞き取り、医師や看護師、社会福祉士と企業が参加する委員会で協議し、希望を満たす職種とのマッチングまで実施する。実際に雇用する企業が参加するのが特徴で、どのような配慮が必要かを企業が知った上で採用できるので、定着につながりやすいという。
 落合准教授はプログラムの意義をこう訴える。「さまざまな専門職が連携することで、支援の必要性を予測し、相談支援を充実させることができる。先天性心疾患患者への就労支援のニーズは今後も増えるので、全国に広めるべきだ」

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