ビッグモーターの不正を増殖させた評価尺度「@(アット)」の理不尽…なぜ工場長は”ゴルフボール破損”に手を染めたのか

理不尽すぎる目標が工場長を不正に走らせた(SASA / PIXTA)

いかなる企業も、いまやコンプライアンスを遵守することは“世界標準”。そう認識していながら、日本ではいまだ古い価値観を振りかざし、組織や会社を貶める愚行を働く企業人が絶滅することはない。

本連載では、現場でそうした数々の愚行を目にしてきた危機管理・人材育成の4人のプロフェッショナルが、事例を交えながら問題行動を指摘し、警告する。

第2回は、経営コンサルタント・産業カウンセラーでマネジメント教育の講師も務める組織運営のプロ・角渕渉氏が「社員が不正に走るメカニズム」をテーマにビッグモーターの数々の悪行を生んだ元凶に斬り込むーー。

いまマスコミもネットもビッグモーターの事件が大きな話題となっている。現在、民間車検場の指定取り消しなどの厳しい行政処分や保険代理店契約の解除などの制裁が進行し、同社も店舗閉鎖など、生き残りへ経営の合理化を進めている。司法による裁きもいずれ下るだろう。

事件の焦点は自動車保険の不正請求だが、その手口が多様かつ非常識であったことで世間に大きな衝撃を与えた。その中にはゴルフボールを靴下に詰めて事故による破損箇所を叩くなど、企業として常軌を逸する所業も含まれていた。

同社の兼重宏行社長が記者会見で発した「ゴルフ愛好家に失礼」などのズレた発言や、「担当者を刑事告訴する」などの他人事のような態度、そして息子の副社長によるパワハラ行為や街路樹への除草剤散布など、あきれた所業の数々には怒りの声が殺到した。

本稿ではマネジメントに携わる者の立場からこの事件の隠れた教訓を見出し、読者が自社で類似の問題を引き起こさないための着眼点について考えてみたい。

「不適切なノルマ」が社員を不正に走らせる負のスパイラル

記者会見の席では、兼重社長の口から「不適切なノルマ」という意味の言葉が繰り返し聞かれた。ノルマは言い換えると業績目標だが、不適切な業績目標が設定されると、それを背負わされた社員を不適切な行為に走らせることがある。

達成すべき目標を課し、その達成度を人事評価に反映させることを業績評価という。今日の人事評価制度では社員の能力の程度を評価する能力評価と並ぶ二本柱の一つとなっている。業績評価の運用で用いられる仕組みのことを目標管理制度と呼ぶ。

厳密にいえば、ビッグモーターで行われていた数値目標とその達成度のみを評価の対象とする制度は、目標管理ではなく、ノルマ管理と呼ぶべきであるが、ここでは便宜上、目標管理と呼ぶことにする。

社員を不正に走らせた@(アット)とは?

ビッグモーターでは、評価尺度として「@(アット)」という指標が用いられていた。

もともと@は単価を表す記号であり、今回の不正が行われた同社の修理部門では顧客からの依頼修理の単価を@と呼び、工場単位で@の平均値を算出。この数字をより大きなものとすることを工場長の目標としていた。

事情を知らない人なら「なるほど、@を上げれば工場の収益性は改善するはずだ」と考えるだろうし、「工場長は@の目標達成に向けて頑張っていたんだな」と感じるだろう。しかしここに落とし穴がある。

この@は、修理を依頼するお客様がどの程度の事故を起こしたかにより変動する。つまり工場長の努力では@を向上させることは不可能なのだ。にもかかわらずビッグモーターの経営陣は@の目標達成を工場長に課したのである。

事故の程度が目標に紐づく理不尽が不正の温床となった(かもめ / PIXTA)

賢明なる読者諸氏ならもうお分かりだろう。まっとうに考えれば、@の目標値達成は偶然による幸運を待つほかはない。しかしこれでは自分の人事評価も偶然に左右されることになる。そこで、それを受け入れられない工場長は、より”積極的な方法”を模索したのである。これが工場長を「ゴルフボールを靴下に詰めて破損個所を叩いて広げる」という異常かつ不正な手法に走らせた元凶だ。

あなたの会社は大丈夫?…不正・隠ぺいを生む業績目標の共通項

ところであなたの会社で設定される目標値の中に、ビッグモーターの@のようなもの、つまり自身ではどうしようもないことが「目標」になっていないだろうか。

似た事例をいくつか挙げてみたい。筆者の知るある大手企業の子会社の営業部門では、毎年売上高の目標が設定されている。しかしこの会社の売上の100%は親会社からの委託によるものであり、その金額は子会社が関与不可能な親会社の年度計画で確定してしまう。つまり売上高はこの会社の営業部門の業績目標として不適切なのである。幸いなことに、この会社では目標未達へのペナルティがなかったため、営業部門を不正に走らせることはなかった。

しかし別の会社では違った。この会社のカスタマーサポート部門ではクレーム発生件数を業績目標として設定していた。もともとクレームの生じにくい製品を扱っており、ほとんどクレームは発生しないため、目標は常に「クレームゼロ」である。しかしまれに配送の過程で生じた破損などでクレームが発生することがある。

1件でもクレームが生じると非情にも目標未達となるため、その場合はひそかに無償修理や在庫品の流用による返品交換を行い、クレーム発生を隠ぺいしていた。もちろん修理費や交換費用は会社の負担となるわけで、のちにこの事実が発覚し、部門長は厳しい懲戒処分を受けた。

後者の問題点は何なのか。この会社のクレームのほとんどはカスタマーサポート部門にとっては不可抗力によるものであり、コントロールできない事象である。そのようなクレームも含めて「クレームゼロ」を目標に設定したことがそもそも誤りだったのである。

幸いなことにリコール制度が存在するような製品ではなく、三菱自動車のリコール隠しに比べればかわいい話なのかもしれない。しかし不正は不正。誤った目標設定が社員を不正に走らせるというメカニズムのミニチュア版として理解すべきである。

あなたの会社の目標設定は大丈夫だろうか。誤った目標はときに企業に致命的なダメージを与える。この機会に自社の目標の妥当性について振り返ってみてはいかがだろうか。

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