WWFスイスなど、保険会社の気候変動への影響を調査 引き受けの是正を求める

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WWFスイスとデロイトスイスはこのほど、保険の引き受け業務が気候変動や生物多様性の損失に与える影響を調査した報告書を公表した。報告書は、気候変動や生物多様性の国際目標を達成するためにこれらの課題をどう解決できるかについて見通しを示している。さまざまな産業の実例とともに、賠償責任保険や海上保険、車両保険、財物保険など、損害保険の引き受け業務について幅広く取り上げている。(翻訳・編集=小松はるか)

報告書『私たちの地球を引き受ける(責任を負う):保険会社はどのようにして気候変動や生物多様性の危機への対処に役立てるか』は、気候変動や生物多様性の危機に対処することよりも、保険会社が引き受けている多くの経済活動が、気候変動や生物多様性の損失に拍車をかけている現状を明らかにしている。

環境に関する課題を企業戦略に組み込みはじめている保険会社はいくつかあるものの、実際に行われている取り組みは必要とされているものには到底及ばない。例えば、異常気象によって引き起こされる重大なリスクに対する全体的な認識は高まっているが、保険業界は引き受け業務がこれらのリスクをどう高めているかについては、ほとんど対処できていない。

デロイトスイスでサステナビリティ業務を率いるマルセル・マイヤー氏は、「保険業界には持続可能な未来に向けた取り組みにおいて主導的役割を果たせる力がある。保険会社は全産業とつながっており、持続可能な取り組みを実践する動機を与え、消費者のための責任ある行動を促すこともできる。実務に環境への配慮を取り入れることで、保険会社は生物多様性を守り、気候変動を緩和し、より回復力がある持続可能な未来を構築する手助けができる」と説明する。

報告書が示す通り、保険会社が自ら直面するリスクを緩和するためにとれる最も影響力のある行動は、機関投資家とリスクの引受人という両方の役割において、国際的な気候変動目標と生物多様性目標を達成するためのカタリスト(触媒)になることだ。投資家としての役割は広範囲にわたり、こうした目標の達成に対する引き受け業務の妥当性は大幅に見過ごされている。

保険会社の多くは、自社が保険契約を行なっている経済活動の社会的責任をまだ十分に認識していない。例えば、英国の産業アナリストであるインシュラモア(Isuramore)の見通しによると、保険会社は石油やガスの抽出の引き受けから年間300億ドル(約4兆5000億円)の総収入保険料を得ている。また、多くの大手保険会社が、いまだに国際的な気候変動目標に適合しない石炭の方針を有している。

チューリッヒ応用科学大学のリスク・保険研究室で継続教育(義務教育後の教育)の責任者を務めるルカス・ストリッカー氏は、「保険が生物多様性にもたらす影響は抽象的にみえるかもしれないが、そうではない。保険はほぼすべての経済活動に組み込まれているからこそ、自然を破壊する経済から自然を再生する経済へと転換するのに一役買うことができる」と話す。

WWFとデロイトは、保険会社にアンダーライター(引受者)としての重要な役割を認識し、経済活動にもたらす影響に対して責任を果たすことで、消費者や資産を守るという保険業界の根本的なパーパスを実行するよう促す。報告書は、引き受け業務と生物多様性の損失の4大要因との関係性を検証することによって、保険の引き受けと気候変動・生物多様性の損失とのプラス・マイナス両方の関係性を明らかにすることを目指している。

報告書が示す4大要因
・土地や海の利用の変化
・生き物の搾取 (例:乱獲による搾取など)
・気候変動 (特に、化石燃料の生産やインフラにより発生する影響)
・汚染

プラスチックや森林破壊、産業汚染、持続可能なタンパク質、サーキュラーエコノミーなどの課題への取り組みを、顧客に求める英アビバのような保険会社や、チャールズ英国王などが主導して設立した「持続可能な市場のためのイニシアティブ 保険タスクフォース」のような連携には前向きな兆しがある。その一方で、気候変動関連のリスク増加についていえば、保険業界の大多数がイニシアティブを取るのに手間取っている。

報告書が指摘する通り、2021年の総保険料が6兆8600億ドル(約1027兆円)に達する保険業界は、引き受け業務を通じて気候変動や自然の損失の負の影響を減らし、気候変動による影響に対して回復力のある気候変動レジリエントで、生物多様性の損失を食い止め回復させるネイチャーポジティブな経済への移行を加速させる、非常に大きな可能性を有している。多くの企業は予想損失が増加するなか、保険料を増やし、保証の範囲を制限し、市場から完全に撤退するなどして対応している。

自然災害による2022年の世界経済の損失は約2750億ドル(約41兆円)に上るが、保険が適用されたのは全体の損失のわずか1250億ドル(約18兆円)にすぎなかった。またこの数字には、人や自然に対する非金銭的被害は含まれていない。米フロリダ州では、洪水が起こりやすい地域に家を持つ数千人の今年の洪水保険費用が、2倍もしくは3倍になる見込みだ。一方、カリフォルニア州では壊滅的な山火事を記録した季節を何度か経験し、少なくとも大手保険会社3社が新たな住宅保険の引き受けをやめている。

保険の引き受けに関する提言

報告書は、保険会社が環境にマイナスの影響を与え続けるのをやめ、迅速かつ公平で気候レジリエントな移行のカタリストになるための提案を行っている。気候変動や生物多様性に関して迅速に行動することは、保険をかけられない危機に直面している保険会社にとって最大の関心事だ。WWFは、保険会社に引き受け業務において以下の施策を実行するよう提言する。

・引き受けの方針と国際的な気候変動・生物多様性目標を戦略的に整合させ、矛盾がなく、透明性の高い、測定可能な移行計画を実行する。

・国際的な目標の達成に向け、顧客や保険仲立人と連携し、迅速かつ公平で気候レジリエントな移行を促進する。

・顧客が気候レジリエントな選択をするよう促し、新しくクリーンな技術や取り組みの採用、保険料品・苦情処理プロセスの設計を通じた循環型の原理の実践を促進する。例えば保険会社は、再生可能エネルギー事業やリサイクル事業、自然を基盤とした解決策、住宅保有者が最高のサステナビリティ基準にあわせて建築・リフォームができるようインセンティブを与え、保険金請求の際に、買い替えるのではなく修理することを優遇し循環型の行動・原則を促進するような、新商品を提供するべきだ。

・環境や人に影響を与える有害なインセンティブ(モラルハザード)を排除し、顧客や他のステークホルダーが最も高い環境基準を守るよう方針を見直す。

・環境に最も害をもたらす経済活動や分野を除外する。例えば、化石燃料産業の拡大、深海の採鉱、森林破壊、違法漁業が当てはまる。また、先住民族や地域の人々の「自由で事前の合意(FPIC)」に基づいていない事業、もしくは、そうした人々の権利を侵害する事業を保険契約から除外する。

・IEA(国際エネルギー機関)による2050年までにネット・ゼロを目指すシナリオに合わせて、石炭火力燃料関連事業の段階的廃止について伝え、話し合いをする。

報告書は、政策立案者や保険の規制当局、監督機関に対し、これらの提言に沿って、保険会社が国際的な気候変動や生物多様性の目標を達成できるよう支援することを求めている。

WWFスイスの代表を務めるトーマス・ヴェラコットCEOは、「この夏、南欧や北アフリカ、アジア、北米では壊滅的な熱波と山火事が発生した。保険会社は特にこうした出来事から影響を受けており、コストの増加が多額の支払いをもたらし、地域全体に保険をかけられなくなっている。保険会社はこうしたリスクに取り組み、引き受け業務を国際的な気候変動・生物多様性目標に整合させるべき時を迎えている」と語った。

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