3季連続、日本人選手のみでJ2残留!吉田謙監督率いるブラウブリッツ秋田が「地方クラブのお手本」と言えるワケ。

ブラウブリッツ秋田が3シーズン連続となるJ2残留を決めた。

10月29日にレゾナックドーム大分で行われた明治安田生命J2リーグ第40節・大分トリニータ戦。後半アディショナルタイムにPKから決勝点を奪われた秋田は3連敗となったが、21位の大宮アルディージャが敗れたため、2試合を残して残留が決定。3季連続で日本人選手のみのスカッドで戦い、残留を達成している点は“偉業”だと言える。

素晴らしい偉業の立役者である吉田謙監督は、巧みな言葉遣いで選手たちを鼓舞し、稀有なスタイルを貫いてきた。

指揮官が発する印象深い言葉とは何か。そして、徹底してきたスタイルとは何か。そこから見えてきたのは、「秋田が地方クラブのお手本になる理由」だった。

直近5試合の基本システム

まずは、直近のリーグ戦5試合での基本システムおよびメンバーを見ていこう。

守護神は安定したセービングとキック力に優れる圍謙太朗で、4バックは右からロングスローなど攻撃力が武器の髙田椋汰、ボランチも兼務する小柳達司、守備の要である河野貴志、セットプレーのターゲットにもなる飯尾竜太朗の4人。

センターバックは小柳と阿部海大が熾烈なポジション争いを展開中で、第40節・大分戦で負傷した飯尾の代わりは才藤龍治が務める。

ダブルボランチは、「青き闘志燃やす中盤の狩人」諸岡裕人とミドルシュートも武器の藤山智史のコンビ。諸岡が出場停止だった第39節および第40節は井上直輝が入り、CBと兼務する小柳、豊富な経験を還元する田中裕人も控える。

サイドハーフは右が畑潤基、左が水谷拓磨という形だが、水谷は現在負傷離脱中。ロングスローが光る才藤および「シン・秋田大明神」三上陽輔が代わりに左サイドを担当し、右は中村亮太が後半途中から推進力をもたらす。

攻守に働く2トップは青木翔大、梶谷政仁、丹羽詩温、齋藤恵太、吉田伊吹(出場試合数が多い順に記載)の5名が2枠を巡って争う構図に。直近5試合で2ゴールと好調の齋藤が一歩リードしている。この5名はみなフィジカルに優れているのが特長だ。

言葉の魔術師・吉田謙監督の人物像

ブラウブリッツ秋田が3シーズン連続のJ2残留を実現できたのは、チームを率いる吉田謙監督の指導力によるところが大きい。

吉田監督は1970年生まれの53歳。1999年にACNジュビロ沼津U-15(現・アスルクラロ沼津U-15)の監督に就任して指導者キャリアをスタートさせると、U-13 およびU-15(2度目)の監督を歴任。2014年からトップチームのヘッドコーチ兼強化部長、2015~2019年に監督を務めるなど、20年にわたり沼津で指導にあたった。

2020シーズンから秋田の指揮を執ると、就任1年目でJ3優勝に導き(※優勝決定までは無敗)、2021年からJ2へ戦いの舞台を移す。J2初年度は13位、翌2022シーズンは12位でフィニッシュ。就任4年目となる今季も2試合を残してJ2残留を決めた。

いまや“秋田の顔”と形容できる吉田監督は、常にファン&サポーターに感謝の気持ちを述べる人情家。また、自身の哲学を貫く熱いハートと冷静な振る舞いが同居する人物で、試合後インタビューの落ち着いた語り口はまるで哲学者のようだ。

読書家としても知られ、クラブ事務所には愛読書を集めた「吉田図書館」があるほど(上記動画1分18秒から)。巧みな言葉遣いで聞く人の印象に残る言葉を度々残しており、その一部を試合後コメントから紹介したい。

「まず走る、そして走る」(第2節・熊本戦)

「紙一重は紙一重の練習を続ける以外ないと思います。満足したら負ける魔物が入るので日常から紙一重を続ける」(第4節・千葉戦)

「課題は宝ですので。宝を大切にしていきたい」(第5節・水戸戦)

「選手たちは最後まで走って、ゴールに向かってくれた。限界に限界はないので、さらに走って向かえるように、チームみんなで努力していきたい」(第18節・大分戦)

「ラスト10分。100%では守れない。勝ち切れない。101%、102%、一滴残らず気力を振り絞って戦うことが大事」(第30節・東京V戦)

「選手という原石は、信じて磨けば必ず光ります。秋田という独自色が光り輝くまで、練習するのみ」(第33節・磐田戦)

今季の試合で特に印象的だったフレーズを抜粋したが、いずれも指揮官の強い信念を独
特の言い回しで表現している。試合後の興奮状態にある中で、ここまで詩的に発言できる監
督はそうおらず、“言葉の魔術師”と呼ぶにふさわしいだろう。

その吉田監督は、走力およびハードワークをベースとし、「前への意識」を強く持つスタイルを徹底している。Jリーグ全体を見ても稀有な戦術の特徴について、次のセクションで詳しく述べていきたい。

攻撃は「とにかく前へ! 前へ! 前へ!」

攻撃においては、「前線へのロングボール」「ロングスロー&セットプレー」がキーワードとなる。

まずは、崩しの根幹である「前線へのロングボール」だ。秋田の選手は自陣でボールを持った際、サイドのスペースまたは2トップにロングボールを送り込むことを第一に考える。

このアクションは文字通り徹底されており、ターゲットとなる2トップを除く9名は一瞬の迷いもなく、躊躇なく前へボールを動かす。

前線に送り込まれたボールは2トップのひとり、またはサイドハーフが相手陣内のサイド深くでキープ。そこにオーバーラップしたサイドバックも絡んでクロス攻撃を仕掛けていく。

なぜ、「前線へのロングボール」にこだわるのか。1つ目の理由は、吉田監督の哲学にある。

2019年12月の監督就任記者会見では、「サッカーの目的はゴール」「ゴールへ向かっていく原理原則が正しい」としたうえで、「ゴールから逆算したものを複雑なものではなく、シンプルにやっていきたい。1点集中ではないですけれども、まず前に行こうという。ボールを後ろに下げたりだとか、パスの本数などではなくゴールに向かっていく回数、そういう想いを込めて選手たちとやっていくことが大事だと思います」と志向するスタイルを明かしている。

サッカーは得点を奪えないと勝利できない。となれば、「どのようにゴールを奪うか」という点が何よりも重要となる。

丁寧なビルドアップから前進して崩す形、スピーディーかつ華麗なカウンターでネットを揺らす形、そして前線へのロングボールで一気に相手ゴールへ迫る形――。

どの形にも魅力/メリットがあり、どれが正解とは一概に言えない。崩し方にはその監督がもっとも重要視する価値観が表れるが、吉田監督の場合は「前線へのロングボール」ということになる。この考え方は、以下の通り自分たちの長所を発揮する意味合いも含まれる。

2つ目の理由は、相手陣内のサイド深くを攻撃の起点にすることで、「ロングスロー&セットプレー」のチャンスを増加させることにある。

秋田が得意とする得点パターンは、ロングスローとセットプレーだ。ロングスローは髙田椋汰、才藤龍治、藤山智史が担当。セットプレーのキッカーは水谷拓磨、髙田、畑潤基が担い、正確なスローおよびキックから迫力ある攻めを展開する。

攻撃の起点を相手陣内のサイド深くに設定することで、自分たちのクロスが相手に当たってタッチラインまたはゴールラインを割る可能性は高まる。クロスボールを相手がクリアした場合も同様だ。

そして、同じ事象はロングスローとセットプレーでも起きる。相手のクリアボールがタッチラインまたはゴールラインを割り、再びロングスローorセットプレーにつながる。またもクリアボールがラインを割り……とループ状態になれば、押し込み続けることが可能だ。

自分たちの最大の強みであるロングスローとセットプレーを生かすためにも、相手を敵陣サイド深くに押し込むのはマスト。そのためには、前線へのロングボールがもっとも効果的となる。

また、敵陣深くに押し込めば、ゴールに直結する危険なカウンターを食らうリスクを軽減できる。すなわち、攻守において大きなメリットがあると言えよう。

一方の守備では、フィールドプレーヤー10人が走り続けるハードワークが最大の特長である。味方同士で助け合い、体を張った守備でゴールにカギをかける姿勢が光る。

「中を閉めてしっかりコンパクトにして守るというのは秋田のベースにある」

第33節のジュビロ磐田戦後、左サイドバックの飯尾竜太朗は守備の約束事について触れた。飯尾が語る通り、「コンパクトにして守る」というのが絶対的な指針となっている。

守備ブロックをコンパクトにするには、フォワードの献身的なプレスおよびスペースを埋める動きがセットになる。

その点、吉田監督率いる秋田に心配は無用だ。2トップの守備におけるハードワークは言うに及ばず、攻撃ではロングボール&クロスのターゲットとなり、サイドに流れて起点となる。

様々なタスクをこなす2トップの消耗が激しいことは指揮官も重々承知しており、先発起用したFWを60~70分で交代させるのが基本である。

“ブレない秋田”は地方クラブのお手本に!

冒頭で触れた通り、3シーズン連続となるJ2残留を確定させたブラウブリッツ秋田。

かつてJ1に所属したクラブが苦しみ、そう簡単にJ1へ戻れないJ2は、非常にタフなリーグだ。そのタフな環境をタフに戦い抜いている。しかも3季連続、日本人選手のみのスカッドで残留を果たしたことは、称賛されるべき偉業だろう。

秋田の“ブレない姿勢”は、地方クラブのお手本になると筆者は考える。

大都市のクラブと比較して、財政面およびタレント力で劣る(ことが多い)地方クラブが勝ち抜くには、やはり創意工夫が必要となる。ここで極めて重要になるのが、「スタイルの徹底」だ。

志向するスタイルをブレずに貫くことで“立ち返る場所”ができ、選手たちは迷わずプレーできる。貫くのが例えば「堅守速攻」「ポゼッション」「ハイライン・ハイプレス」のいずれであれ、戦術が隅々まで浸透していれば、選手たちは自らのタスクに集中できるのだ。

指揮官が選手たちを迷わずプレーさせて、持っている力を120%引き出すことが、地方クラブの生命線となる。

「スタイルの徹底」は更に、対戦相手に対策を取らせるよう仕向けて、相手チームのエネルギーを削ぐことにもつながる。特に黒田剛監督率いるFC町田ゼルビアは、秋田の徹底したロングボールに対抗するため、敢えて3バックで試合に臨んでいる。

相手に対策を取らせたうえで、自分たちの120%の力をぶつければ、上位クラブから勝ち点を奪える可能性は高まるだろう。実際、第8節の町田戦は秋田がアウェイで1-0の勝利を収め、町田に今季初黒星をつけている。

また、スタイルを明確にすることは、スカウティングを容易にする。J2に在籍する地方クラブの多くが直面するのは、J1クラブまたはJ2上位クラブによる選手の引き抜きだ。これは非常に名誉なことであり、財政面でもプラスだが、戦力的にはマイナスとなる。

移籍した選手の穴埋め、または純粋に戦力アップの補強をするにあたり、志向するスタイルが明確であれば、獲得する選手の具体的なイメージを描きやすい。

例えば秋田の場合、以下のようになる。(順不同)

①献身的に働ける長身FW(ロングボール&クロスのターゲット/守備でも貢献)
②ロングスロワー(崩しの根幹)
③プレースキッカー(崩しの根幹)
④ダイナモ型ボランチ(セカンドボール回収/圧倒的運動量で攻守をつなぐ)
⑤キック力に長けるゴールキーパー(ロングボールの出し手)

このうち、③は昨冬にAC長野パルセイロから獲得した水谷拓磨が見事にハマった。

長野では可変システムのキーマンだった背番号7は、新天地でも正確な右足と豊富な運動量を武器に定位置を確保。プレースキックにおいては、鋭くカーブして味方をとらえる軌道が素晴らしい(動画5分9秒から)。

残念ながら水谷は現在負傷離脱中(※10月17日に全治8週間の負傷と発表された)で、今季中の復帰は厳しい状況にある。来季もその右足でチャンスメイクする姿を見たいところだ。

なお、秋田からの引き抜きでは、J2優勝&J1昇格を決めた町田に元秋田の選手が3名在籍(池田樹雷人、稲葉修土、鈴木準弥)。今シーズンの快進撃を支えた。

強度の高いプレスとハードワーク、ロングボールおよびロングスローの有効活用など両クラブのスタイルは非常に似ており、加入1年目から活躍したのも納得である。

強度の高さをストロングポイントにするクラブにとって、秋田の選手たちは魅力的に映るだろう。かつての輪笠祐士(現・ファジアーノ岡山)、千田海人(現・東京ヴェルディ)のように今オフ以降も引き抜きがあるかもしれないが、来シーズンは4季連続となるJ2残留に加えて、その先のJ1昇格プレーオフ進出にも期待したい。

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安定した守備は計算が立つだけに、課題の得点力が向上すれば、昇格プレーオフも夢ではないはずだ。

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