<レスリング>【特集】他に例を見ないキッズ~大学生の一貫強化体制、西日本の雄を目指す大阪体育大学(下)

《上から続く》

「人生に後悔を持たないよう、いい選択をしてほしい」

日本では他に例を見ないキッズ~大学生の一貫強化体制を確立した大体大の姫路文博監督。だが、何が何でも大体大に引っ張ることはしないと言う。例えば「グレコローマンを徹底的にやりたいので、日体大に行きたい」という選手がいれば、その希望をかなえてやる。レスリングをやりつつ「将来は弁護士になりたい」という選手が出てくれば、法学部のある大学への進学を妨げない。

▲キャンパスにもある「NAMISHO GAKUEN」の文字が世界を席巻する日はいつか?

事実、鹿児島国体の少年男子グレコローマン65kg級で3位に入った今永望夢は、日体大に進学することを希望している。現役大学生の濱口奏琉は、すでに総合格闘技でプロ・デビューを果たしている。「レスリングは4年間続ける、という条件で総合もやらせました。レスリングに専念していれば、もっと上へ行けるかもしれませんが…。総合で強くなるためにレスリングをやる、でもいいと思うんです」。

弟の濱口来音は浪商高校で活躍し、この夏、米国アイオワ州のディビジョン3のオートバーグ大学に進学した。要するに、「人生の選択のときにサポートし、その選手の応援者でありたい。人生に後悔を持たないよう、いい選択をしてほしい」が基本方針。選手の人生を束縛するつもりはない。

ただ、別の進路を選ぶ以上、「覚悟を持ってもらいたい」と言う。お世話になった監督に、「他の大学に行きたい」「レスリングはやめて別の道に挑みたい」と言うのは、気まずさがあって当然。しかし、「勇気をもって伝えることが、覚悟の表れなんです。覚悟をもって人生に挑戦してほしい」と、そうしたケースでは真正面から自信をもって希望を伝えることを望んでいる。

▲グレコローマンにも積極的に取り組む

「強くするためだけの強化では、競技人口は減っていきます」

どんな分野へ進んでも、「レスリングへの愛情を持って、発展に貢献してほしい」とも話す。一昨年、卒業生の一人が大阪市内の中学にレスリング部をつくった。中学レスリングの普及は日本レスリング界の長年の課題であり、少子化の今後、さらに厳しくなっていくことが予想される。

そんな状況下、「だれかが中学でレスリング部を作れば、見習って創部を考える教員が出てくる可能性があります。その輪が広がっていけば、普及につながります」と話し、こうした人材を数多く輩出することも目標のひとつ。

強化と普及は車の両輪であり、「強くするためだけの強化では、競技人口は減っていきます。普及に力を入れ、がっちりとしたピラミッドを構築することが大事です」と力をこめる。その思いの具現化が、姫路監督の目指す一貫強化。「ですから、社会人が集まってレスリングをやるクラブも加えたいんですよ。レスリングの好きな人が集まる一大拠点をつくるのもいい。海外では、そういう場所が多い国があるんじゃないですか」と話し、キッズから社会人までが集う一大チームの構築も目指す。

大学には女子選手も1人いるので、いずれ女子部員を増やして、といきたいところだが、「指導者が2人ではねえ…」と苦笑し、一気に老若男女の大所帯にすることは厳しい状況だ。

ただ、自衛隊体育学校でレスリングをやっていて、今は和泉市の信太山駐屯地レスリング部監督の松山達哉さんも仕事の合間をぬって練習に参加し、外部コーチとして支えてくれている。また自衛隊や大阪府警へ赴任しているレスリング経験者や卒業生も練習に来てくれて、チームとしてとてもありがたい。

なによりも、大阪体育大学卒業生で三恵海運の髙田肇・代表取締役からいろいろな面でのバックアップをしていただき、これ以上、心強いことはない。

▲外部コーチとして練習に参加してくれる陸上自衛隊信太山駐屯地レスリング部監督の松山達哉さん

一貫強化にはデメリットもあるが、その克服にも挑む

世界へはばたく選手も生まれている一貫強化だが、デメリットも少なからずある。大学生が練習を仕切っているので、中学生や高校生に「ついていけばいい、という気持ちが芽生えかねない」と言う。受け身の練習だけでは、いつか限界が来る。“お山の大将”になっては困るが、「自分がチームを引っ張る」という意識も必要。

その克服のため、練習後に中学生と高校生がそれぞれ集まってミーティングし、必要な練習について話し合わせているそうだ。自主性をもった練習を慣行できるかどうかが、今後の飛躍のかぎだろう。

▲大学選手に挑む中学選手。毎日こうした練習をしていれば、同じ中学生相手には物おじしなくなる!

大学生にとっては、雑用を年齢が下の人間だけにやらせかねない危険もあるので、準備・片付けなど部内の役割を中高大で分担し、平等に行っている。「レスリング場の整理整頓とか、強くなる以上に必要なことがあります。多くの人に応援してもらうためには、周囲から認められる人間でなければなりません」と要望する。

高校・中学を指導する西尾直之監督(高校教員)は、西日本学生選手権優勝の経験がある指導者。一貫強化のメリットは「上の世代の選手を相手にいい練習ができる、につきます」と言う。中学生だけで練習していては、古澤大和小林賢弥のような国際舞台で頭角を現している選手(前述)は適当な練習相手がいない。ワンランク上の選手と毎日練習できることのプラスを口にする。

2人がそろって浪商高校へ進むにあたり、他のクラブから2人を慕って浪商高校への進学を決めた選手もいるそうだ。中学生の中には、自宅から片道2時間をかけて通学している選手もいるというから、“人気”はかなり前からあったようだ。強くなる環境であることが、かなり広まっている。

▲中学・高校の西尾直之監督の指導

大阪府から2003年以来のインターハイ王者輩出を目指す浪商高

これまで、大阪の高校でインターハイの学校対抗戦で優勝したチームはなく、個人戦の優勝選手は2003年の長尾武沙士(近大附高=現興國高教)が最後。強豪の加入により、浪商高がその壁に風穴を開けるか。

西尾監督は、上のレベルの選手とスパーリングをハードにやる段階ではない中学・高校選手に、「もう少し基本重視の練習をやらせたい」という思いも感じるそうだ。“超エリート集団”にしてしまっては、中学から、あるいは高校から競技に取り組む選手が皆無になり、姫路監督が口にする普及の面でマイナスとなる。時に中学生だけで別の練習をやるなど改善していきたいと言う。

全日本選手権に出場する出身都道府県別の選手数で、大阪府は2017・18年に2年連続でトップだった(ともに23選手)。昨年28位だった国体の総合成績は、今年の鹿児島国体で5位に急上昇。競技力は間違いなく向上している。

▲一貫強化を支える大体大の上田蒼空主将(京都・網野高卒)

日本のトップにまで到達する可能性を秘めた一貫強化体制。姫路監督は、体育大学であるがゆえに、スポーツ科学に裏付けられた理論的なトレーニングや減量、メンタルトレーニングを実行できるメリットを口にし、トレーナーが常駐して選手の体をケアしてくれるチームは、「そう多くはないでしょう。選手は減量の知識をしっかり持っていますよ」と胸を張る。

東の雄が日本体育大学なら、西の雄は大阪体育大学となり、2つの体育大学でレスリング界の覇権を争う日がやってくるか。

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