移住者VS先住者 価値観の違いがとんでもないことに 田舎と都会の対立を描く『理想郷』

飯塚克味のホラー道 第66回『理想郷』

ある程度の年齢になったら、都会を離れ、田舎暮らしをはじめ、畑でも耕しながら、のんびりした余生を送りたい。そんな最近のスローライフ流行りを夢見る人も多いだろうが、必ずしもうまくいかないのは日本全国を飛び越えて、世界共通だった!ということを改めて知らしめてくれるのが本作である。

原作となったのは、実は実話だ。スペインの美しい景色が広がる村、ガリシアに移住してきたアントワーヌとオルガ。二人はフランス人だが、ここで有機農法によって栽培した野菜を作り、古民家を再生して観光資源にすることで、過疎化状態の村の再生を実現しようとしていた。だが風力発電の誘致の話が、夫婦と以前から暮らしていた村人との間を引き裂く。わずかな金で恵まれた自然と景観を手放すことに同意できないアントワーヌたちは反対の立場をとるが、長年貧困にあえいできた村人たちには千載一遇のチャンスだった。移住者と村人の対立は、最初は小さな嫌がらせだったが、次第にエスカレートしていき、やがて取り返しのつかないところまで行ってしまう。

と一応、あらすじを書いてはみたが、実際の映画は人間関係が簡単にはつかめず、映画を観ていくうちに、いろんなことが段々と分かる、非常に丁寧な語り口となっている。この構成だけを取ってみても、この監督が他の凡百の監督とは、違うレベルにいることがわかると思う。

この、あまりにも身近な題材を取り上げ、映画化したのはスペインのロドリゴ・ソロゴイェン監督。前作の『おもかげ』(2019)では、アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされた自身の短篇を長編化し、高い評価を受けている。今回の『理想郷』は、昨年開催された第35回東京国際映画祭で上映され、最優秀作品賞にあたる東京グランプリのほか、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞の主要3部門を受賞している。スペインの映画賞であるゴヤ賞では最優秀映画賞、最優秀監督賞など主要9部門を受賞、フランスのセザール賞でも最優秀外国映画賞を受賞し、世界中で高い評価を得ている。

夫のアントワーヌを演じたのはドゥニ・メノーシェ。クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(2009)をきっかけに国際的に活躍の場を広げ、フランソワ・オゾン監督の『苦い涙』(2022)に続き、来年にはアリ・アスター監督の『ボーはおそれている』(2023)が日本公開を控えている。後半、存在感を強める妻オルガ役のマリナ・フォイスは1994年にスクリーンデビューを果たし、ジャン・レノ主演の『バレッツ』(2010)や、今年日本公開された『シャーク・ド・フランス』(2022)、『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』(2022)など、出演作が目白押しだ。

日常に潜む恐怖を描く本作は、殺人鬼が暴れまわる現実離れしたエンタメホラーとは、かけ離れた恐怖を観る者に与えるはずだ。インパクトとしては先日公開された『福田村事件』(2023)と同レベルの不快感と言えよう。移住者と先住者、どっちも正しくもあり、その言い分も分かる。だが、ボタンの掛け違いが起きた時、我々はどうすべきなのか?ここ日本でも、移住がうまくいかず、悲劇的な結末を迎えた話をよく耳にする。この映画のような最悪な悲劇が起きる前に、お互いに冷静になって、立ち止まってほしいものだ。


飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
『理想郷』
2023年11月3日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
配給:アンプラグド
© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

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