ジャイルズ・マーティンが語る、ビートルズ最後の新曲制作舞台裏

Giles Martin - Photo: Alex Lake

1990年代半ばにザ・ビートルズのアルバム『Anthology』がリリースされたとき、バンド全員が参加した2曲の新曲「Free as a Bird」と「Real Love」が収録されたことに、驚きと興奮が感じられた。あれから28年、ザ・ビートルズ最後の新曲となる「Now And Then」は、最高の現代技術を終結させ、ポップスの偉大な物語を締めくくる、記念碑的な作品となった。

この曲の発売にあたり、オリヴァー・マーレイが脚本と監督を手がけた12分のドキュメンタリー「Now And Then – The Last Beatles Song」と、『ザ・ビートルズ:Get Back』の監督ピーター・ジャクソンが監修したミュージック・ビデオも公開された。また、この新曲はビートルズのベスト・アルバムであり通称『赤盤』『青盤』として知られる2枚のうちの『青盤』の2023年ヴァージョンに追加して収録される。

<YouTube: The Beatles - Now And Then (Official Music Video)>

音質が悪かった「Now And Then」のデモテープ

ポール・マッカートニーと「Now And Then」を共同プロデュースしたジャイルズ・マーティンは、このリリースにまつわる感情的、そして文化的意義を十分に理解している。ザ・ビートルズの愛好家なら昔から知っていることだが、ジョン・レノンは1970年代半ばから後半にかけて、ピアノとヴォーカルでデモ・レコーディングを行っており、それらの音源は「For Paul(ポールのために)」と書かれたカセットテープに収録されていた。そのテープをオノ・ヨーコが見つけ、『Anthology』プロジェクトの前にマッカートニーに渡した。

ポール、リンゴ・スター、ジョージ・ハリスン、そしてプロデューサーのジェフ・リンは「Free As A Bird」と「Real Love」に続く3曲目の新曲としてこの曲を完成させようとしたが、デモ・テープの音質的な限界から当時それは不可能だった。

しかし、近年の驚異的な技術の進歩は新たな機会をもたらし、ポールはジャイルズ・マーティンと一緒に新たに「Now And Then」を作り上げ、新たに録音されたポールとリンゴによる演奏がジョージによる以前のパートを補強し、彼らのヴォーカルがデモ・テープから劇的に音質が改善されたジョンの歌声に加わった。ジャイルズはこう語る。

「この曲は、当時彼らが取り組んでいたもう1つの曲だった。彼らはただイライラしていたんだと思う。(父親でありプロデューサーの)ジョージ(・マーティン)がそうだったのは知っている。というのも、どうしても元のテープの音質が悪くてできなかったからだ。でも今回、出来上がったのは、“Free As A Bird”のときよりもいいサウンドになった。父ジョージはたぶん、“2曲はやれたけど、これは本当に難しい”と思っていただろう。たぶんこう言ったんじゃないかな“今日はここまでにしよう”って。それは曲が良くないからじゃない。曲は素敵だし、曲調も素晴らしい。ピーター・ジャクソンにも話したんだけど、この曲はある意味、ジョンからポールへのラブレターのようなものなんだ。(1982年のアルバム『Tug Of War』でジョンにあてて)ポールが書いた“Here Today”のようにね。そこがいいんだ。そこに明らかな深みもあるだろ」

実際の作業

「Now and Then」は、近年でのビートルズのリリースで奇跡的に進歩したスタジオの恩恵を受けている。ジャイルズはこう話す。

「ポールは、我々が『Revolver』でやったデミックスや『ザ・ビートルズ: Get Back』の制作過程を分かっていた。そして彼は“Now And Then”の素材を倉庫で保存していた。というのも、彼らはライ(イングランドのサセックス州)にあるポールのスタジオでジェフとオリジナルのレコーディングを行ったからね。ポールは彼がやっていたことを私に聴かせてくれて、私に色々を尋ねてきた。私はその方向性について自分の意見も交換して、一緒に作業を始めたんだ。だからポールは、私がテーブルに着く前にかなりの作業を終えていたんだ」

「ポールは当然、かなり慎重だった。彼は決して陳腐にしたくなかったんだ。彼は“漠然とストリングスがあうかもしれない”と思っていたので、私たちはストリングスのアレンジをしたんだ。それから私はLAのキャピトル・スタジオに行って、ポールがベストだと思うようにアレンジを調整した。それからレコーディングして、同時にバッキング・ヴォーカルを入れたんだ」

アビーロード・スタジオの説明によれば、デミックス技術とは、対象となる楽器で学習されたアルゴリズムを使ってそれらの成分を抽出し、ヴォーカルの分離や除去を初めて可能にしたものだ。ジャイルズはデミックスについてこう説明する。

「ジョンの声の響きが本当に良くなって、ジョンの声らしく、より力強くなり、ある意味、より感動的になった。もともとの考えではもっと楽器の編成が多かったんだけど、それを変えることにした。有機的なプロセスだったよ」

最新技術とビートルズ

彼はまた、ザ・ビートルズの熱狂的ファンが新しい技術に対して抱くかもしれない不安を、喜んで和らげている。

「デミックスを使用する際、私たちの最優先事項のひとつは、何も変えたり取り除いたりしないということなんだ。純粋なままであること。デジタルのトランジェンスやサンプリングといったものは一切行わない。それは本当に重要なことで、ザ・ビートルズのサウンドを、彼らのハートとソウルを皆さんが聴くんだからね。“A.I.を使ったトラック”というと、誰かがコンピューターに“ビートルズ”と入力し、A.I.が作り出したもののように聞こえるけど、それは真実とはかけ離れているね」

ジャイルズはさらに新しいツールを使って、ビートルズの名曲「Here, There And Everywhere」「Eleanor Rigby」「Because」のバッキング・ヴォーカルを織り込んで、新しい声を拡張することができた。彼にはどの素材が必要かはわかっていたようだ。

「どのキーなのかはわかってるんだ。私はキーとか、そういうものを覚えるのは得意なんだよ。うまくいくといいんだけど、たまにうまくいかないこともよくあるから、そうしたらまたやり直す。ビートルズのハーモニーを聴きたかったんだ」

ジャイルズにとってこの作業は、2006年に発表されたアルバム『Love』とライヴショーのために新しく手の込んだミックスを作った、彼が初めてザ・ビートルズの仕事を任された場所に戻ることだった。

「これは、“Love”のショーと同じように、かなり未来志向だともいえる」

彼はそう同意し、当時は原理主義者の怒りを買うことを十分に予期していたと笑いながらこう付け加えた。

「(当時“Love”の)音源を公開したとき、自分の家が本当に燃やされるんじゃないかと思ったよ」

初期音源のニュー・ミックス

「Now and Then」は、その“今”と“昔”というタイトル通り、ザ・ビートルズの最初と最後のシングルをダブルA面で収録されている。1962年のデビュー曲である「Love Me Do」はニュー・ミックスとして収録されている。

「新しいテクノロジーを使えば、リンゴが参加していてアナログ盤でしかないような“Love Me Do”のようなミックスもできる。だから、レコード盤のマルチトラックを作るんだ。音はいいし、違いが出るんだよ。“Twist And Shout”や“I Saw Her Standing There”を聴くまで待ってほしい。本当にびっくりすると思うよ。まるでバンドが部屋にいるみたいだ。私にとっては、今までで一番面白いミックスだと思う」

ステレオとドルビーアトモスでミックスされた『赤盤』と『青盤』は、ジャイルズ・マーティンを、父であるジョージ・マーティンがプロデューサーを務めたザ・ビートルズというグループが作り上げた偉大な名曲たちに対する彼の初期の意識に立ち返らせる。彼は笑いながらこう語った。

「異端に聞こえるかもしれないけど、私の世代の多くの人にとってはこの2枚のベスト盤がビートルズの好きなアルバムなんだ。本当に面白い仕事だった。というのも私もその世代の人間だから、アルバムの曲順も次に何が来るかもわかっている。だって、相当聴き込んだからね」

「自分自身で驚いたのは、私はいつも初期の作品には触れたくないという強い遠慮があることだ。畏れ多くて、触ることなんてできなかった。例えば1年前とかだったらどうだっただろう。今となっては、この初期の音源は完全に画期的なサウンドになったと思うよ」

Written By Paul Sexton

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