【解説】アストラッド・ジルベルト『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』

【連載】ジャズ百貨店 Bossa Nova編ご紹介 第4回: アストラッド・ジルベルト『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』

2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が90万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。今年4月には新たにBOSSA NOVA編30タイトル、6月にFUSION編30タイトルが加わりました。その中から注目の作品をそれぞれ5作品ずつピックアップし、ご紹介しております。

アストラッド・ジルベルト『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』

第7回グラミー賞最優秀レコード賞に輝いた大ヒット・シングル「イパネマの娘」(1964年)でも知られる、ボサ・ノヴァ歌手の代名詞的存在アストラッド・ジルベルト。彼女の単独名義による3枚目のアルバムが本盤『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』(1966年)である。特筆すべきはやはり、アレンジャーとして全面的にギル・エヴァンスが参加していることだろう。

<YouTube:A Felicidade

ギル・エヴァンスとボサ・ノヴァ——その取り合わせからは、マイルス・デイヴィスとの4枚目にして最後となった共作アルバム『クワイエット・ナイツ』(1963年)を思い起こすことができる。アントニオ・カルロス・ジョビンの「コルコヴァード(英題:クワイエット・ナイツ)」をはじめボサ・ノヴァを題材とした同作は、しかしながら当時のブームに肖ろうとしたレーベルの意向があったようで、かつ、未完成の素材をプロデューサーのテオ・マセロが勝手に編集、そのままリリースに至ったためにマイルスの怒りを買った「失敗作」と見做されている。

とはいえ、だからこそ異形のボサ・ノヴァとでも呼びたくなる奇妙な実験性を湛えているのも事実だ。それはサード・ストリームに先駆けてクラシックの語法を独自に消化しながらジャズを作曲してきたギル・エヴァンスのアンサンブルと、テオ・マセロの編集術によって、二重に屈折したボサ・ノヴァが生まれてしまったのだとも言える。

<YouTube:Once Upon A Summertime

そのように振り返るなら、『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』はギル・エヴァンスにとってボサ・ノヴァに再挑戦するという意味合いもあったはずだ。結果として好対照を成すようなアルバムに仕上がった。実際、『クワイエット・ナイツ』で不穏な響きを漂わせていたジャズ・スタンダード「おもいでの夏」が本盤でも取り上げられており、だがここではアストラッド・ジルベルトのメランコリックな歌声を存分に活かすように幻想的なアレンジが施されている。

低音楽器を駆使したホーン・セクションのウォーミーなサウンドが特徴的なオーケストラ・アレンジは、驚くほどアストラッドとの相性が良い。冒頭曲「ビリンバウ」でドン・ウン・ホマォンが奏でるブラジルの打弦楽器ビリンバウの硬質な響きも、そうした柔らかなサウンドを一層引き立てている。他方でレコードB面に当たるアルバム後半では表題曲を含め小編成でアレンジしたボサ・チューンも聴かせ、アル・コーンがアレンジした2曲を挟んだ後、最後はジョビンの名曲「彼女はカリオカ」で壮大に締め括られる。プロデューサーは翌年にCTIレコードを設立するクリード・テイラーだが、緻密なアレンジは商業路線に尽きない創造性を秘めている。

<YouTube:Look To The Rainbow

半世紀近くの時を隔てた2012年、ギル・エヴァンス生誕100周年となる節目に、新しい世代の作編曲家ライアン・ツルースデルはギルの仕事にあらためて光を当てたアルバム『Centennial - Newly Discovered Works Of Gil Evans』を発表した。そこにはギルがアレンジしながら日の目を見なかったもう一つの「ルック・トゥ・ザ・レインボウ」が収録されている。大編成アンサンブルによるこのヴァージョンは第55回グラミー賞のヴォーカル入りインストゥルメンタル編曲賞にもノミネートされた。そのようにギル・エヴァンスを「再発見」する流れからも、彼がヴォーカルとボサ・ノヴァを題材にした稀有な一枚として、『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』は今再び聴かれるべき作品であるようにも思う。

■リリース情報


アストラッド・ジルベルト『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』
UCCU-6262
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