運転手不足に悩むバス会社が仕掛けた「バズり大作戦」 待ったなしの「2024年問題」、自治体による大胆支援策も

神姫バスが作成したポスター(神姫バス提供)

 路線バスの運転手が足りない。このままでは地域の公共交通が崩壊する恐れがある。現状打破へ、全国のバス会社はユニークな広告や働き方の多様化、交流サイト(SNS)の活用など、あの手この手で確保を急ぐ。行政が事業者を応援する動きも出てきた。「就職氷河期世代」を対象に、移住してバス、タクシーの運転手になると最大で400万円を給付する大胆な取り組みもある。
 残業規制の強化で運転手の不足が一段と進みそうな「2024年問題」が目前に迫る。もはや一刻の猶予も許されない。官民が固定観念にとらわれない戦略を打ち出す。(共同通信=清水航己)

 ▽異例の広告戦略、運転手を前面に

 「三世代のバス物語」「WE LOVE 神姫バス」「神姫バスのヒーローたち」。大きな文字で作品名をPRする映画の宣伝広告のようだが違う。兵庫県姫路市の「神姫バス」が運転手募集の一環として作成したポスターだ。
 8月から車両側面に大きくラッピングを施したバスも走らせている。独特の世界観に引き込まれそうになるポスターに、運転手や職員の生き生きとした笑顔が輝く。だが、採用を思い起こさせる言葉は見当たらない。人事部の運転士採用担当、中右忠次長(56)は「まずはバス運転手という仕事に興味を持ってもらいたい」と狙いを語る。

神姫バスのラッピングバス=10月19日、神戸市

 ▽コロナ禍、高齢化、きつい労働のイメージ

 神姫バスによると、現在勤務している運転手は約1200人。50人ほど足りないという。休日の運転手に応援を頼み、何とか運行ダイヤを保っている。慢性的な運転手不足に拍車をかけたのが新型コロナウイルス禍だった。乗客が激減し、経営は急速に悪化。運転手の採用を約2年中断した結果、新型コロナの収束とともに人々が動き出すと、一気に人手不足に見舞われた。
 運転手の高齢化も著しい。神姫バスは50代が4割を占め、20代は約3%、女性も3%程度。退職者が多く、穴埋めで精いっぱいだ。
 運転手の働き方のイメージも人が集まらない一因とみられる。「朝早くて夜遅い」、「土日は休めない」という印象のほか、人の命を預かる責任の重さなどから「避けられやすい職業になっている」(中右次長)

神姫バスが作成したポスター(神姫バス提供)

 ▽イメージ打破へ、SNS活用、働き方の多様化もPR

 「今までのやり方ではだめだ」。神姫バスは危機感を募らせ、業界では珍しい運転手を前面に出した宣伝戦略に打って出た。回送中のバスに運転手募集の掲示をするほどの徹底ぶりだ。
 今春には月給平均8400円、賞与年間1カ月分の賃上げを実現。働き方の多様化に向けた取り組みにも着手し、平日のみの出勤や、運転区間を限定した人員の募集を始めている。長年つきまとう不規則な勤務や、稼げないという印象を払拭したい考えだ。
 若者を取り込もうとTikTok(ティックトック)のアカウントを開設し、運転手にありがちな癖や、仕事内容を発信している。多種多様なPRが功を奏し、毎月開催しているバスの運転体験会の参加者が定員いっぱいになるなど、確実に効果は出てきた。
 神姫バスでは12月に運賃を26年ぶりに値上げする。上昇分は人件費などに充てる方針だ。中右次長は「良い会社にしないと人材はこない」と理解を求めた上で、「バスを止めたら困る住民がたくさんいる。『とりあえずやってみようや』の精神で続けたい」と語気を強めた。

神姫バスが作成したポスター(神姫バス提供)

 ▽「このままではヤバい!」

 京浜急行バス(横浜市)は2024年に運転手が不足するとして、今年7月に運転手募集のキャンペーンを始めた。その名も「グッドなシゴト場プロジェクト」。「車内広告ジャック」と称して京急電鉄の電車1両の広告スペースを貸し切り、宣伝の掲示で埋め尽くした。
 ポスターには「もう少し給料上がりませんか?」という社員の切実な質問に社長が回答しているものもある。中でも目を引くのは「このままではヤバい」と人材不足を嘆く1枚。鬼気迫る内容に反響は大きかった。ポスター掲示後、会社説明会への参加者が倍増したという。社の担当者は「都心も運転手不足が深刻。若年層に魅力を伝えていきたい」と話す。

「給料上がりませんか」のポスター(京浜急行バス提供)

 ▽不足は3万6千人

 日本バス協会が昨年9月に実施した全国のバス会社への聞き取り調査によると、2023年度は約12万1千人の運転手が必要だが、実際は約11万1千人。1万人足りていない。2030年度には約9万3千人まで減り、3万6千人が不足する予測だ。協会の担当者は「人手不足で路線がなくなることが現実に起きている。労働条件の改善、募集活動の強化、運転手の養成など、業界として考えていく必要がある」と嘆く。

 路線バスの減便や運休は全国で相次いでいる。運転手不足は廃線につながる可能性もあり、住民の生活に大きな影響を与える恐れもある。国土交通省の交通政策白書によると、2010年度~21年度までに1万5千キロ以上の路線が廃止となった。
 今年9月には大阪府の4市町村で路線バスを運行する金剛自動車(大阪府富田林市)が12月で路線バス事業から撤退すると発表し、業界に激震が走った。

 ▽減り続ける大型2種免許保有者

 路線バスを運転できる大型2種免許の保有者が深刻なレベルで減っている。警察庁の運転免許統計によると、2002年時点での保有者数は約118万5千人だったが、2022年時点では約80万2千人に落ち込んだ。20年間で3割も減った。
 国も手をこまねいて見ているわけではない。大型2種免許の免許取得者を増やそうと、道路交通法を2022年に改正して条件を緩めた。これまで「21歳以上かつ普通免許保有3年以上」だったが、特別な教習を受ければ「19歳以上かつ普通免許保有1年以上」とした。
 国交省は外国人労働者の在留資格「特定技能」の対象にバス運転手を加える方向で検討している。

京浜急行バスの「このままではヤバいです」のポスター(京浜急行バス提供)

 ▽運転手として移住で400万円?行政も事業者支援へ

 運転手確保に向け、自治体が事業者をサポートする動きも広がってきた。大分県別府市は今年7月、県外在住の「就職氷河期」世代を対象に、市内に移住してバス、タクシーの運転手になると最大400万円を支給する制度を創設した。市民や観光客の移動手段を確保するためで、政府の補助金を活用する。
 別府市によると、市内のバス事業者は2社で計30人の運転手が足りていない。制度の創設後、問い合わせが100件以上あり、面接まで進む人もいた。関東圏からの移住希望もあったという。大胆な戦略に出た背景には、2024年問題だけでなく、団塊世代が全員75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」への危機感もあった。
 政策企画課の担当者は「全国的な問題で、事業者が限られたパイを奪い合っている状態。早い段階で動き出すことが必要だ」と強調する。さらに「事業者任せではなく、行政も連携して住民、観光客の移動手段を確保しなければいけない」と話した。
 岡山市は今年9月の補正予算に、第2種免許取得に必要な額の一部を事業者に補助する費用を盛り込んだ。一般的に最大60万円程度かかる費用の半額を支援する。これまでは自ら負担しているバス会社が多く、事業者にとって大きな負担になっていた。予算は約3千万円。岡山市の担当者は「公共交通を守っていく一助になれば」としている。

「車内広告ジャック」した京急電鉄の車内(京浜急行バス提供)

 ▽運転手ではなく運転『師』。待遇と地位向上を早急に

 地方公共交通に詳しい名古屋大大学院の加藤博和教授(公共交通政策)は賃金の改善は大前提とした上で、若者の車離れや「運転は誰でもできるもの」といったイメージから「運転手への敬意がなくなっている」と指摘する。
 運転手には高い運転技術だけでなく、接客の力も求められることから「運転手ではなく運転『師』だ。イメージを変えなければ働き手は増えない」と待遇改善だけでなく地位向上の必要を訴える。
 行政との連携については「運転手は地域を支える半公務員のような存在。自治体には運転手不足解消の環境整備をしないと地域が衰退するという意識を持ってほしい。まずは事業者、労働組合と自治体が話し合う場が必要だ」と説明、「地域の足を守るために『やりがい搾取』状態を正していくことが必要だ」と強調した。

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