「空気を運んでいる」ローカル線は存続?廃止? ともしびを失う…国も一緒に地域交通の未来を模索する制度がスタート

JR芸備線の三次駅を出発した車両=2023年9月24日、広島県三次市

 地域の移動手段として長年活躍し、車窓から見える風光明媚な景色が人気のローカル線。その半面、人口減少やマイカーの普及で利用者は減り、維持にかかる膨大な費用と見合わなくなっている路線も少なくない。鉄道事業者の負担となっているローカル線は廃止すべきか、それとも活用策を見いだして存続させるべきか。住民にとって便利な公共交通とは何か。国も議論に加わって地域交通の未来を模索する仕組みが10月から始まった。(共同通信=沢田和樹)

※この記事は、筆者が音声でも解説しています。各種アプリで、共同通信Podcast【きくリポ】で検索してお聴きください。

 ▽山間部で乗客が激減するJR芸備線
 9月22日、記者は昼前にJR東京駅を新幹線で出発し、広島駅へ向かった。翌23日に広島市と岡山県新見市を結ぶJR芸備線の存続をテーマにしたシンポジウムを取材するためだ。広島駅までは4時間弱、広島から滞在先の最寄り駅である三次駅まではさらに1時間半かかる。
 夕方の広島駅のホームでは、列車が到着する前から帰路につく学生を中心に列ができていた。車内もほぼ満席だったが、山間部に進むにつれて乗客は減っていく。座席横の壁面には、途中駅からICカードが使用できないとの説明書きがあった。三次駅のさらにその先、備後庄原(広島県庄原市)―備中神代(岡山県新見市)は乗客が特に少なく、JR幹部に言わせると「空気を運んでいる」状態になることも多いのだという。

JR芸備線の備後落合駅=2023年9月、広島県庄原市

 ▽100円稼ぐのに2万3千円の費用
 鉄道では、1キロ当たりの1日平均乗客数を「輸送密度」と呼び、利用者数を示す指標として使う。JR西日本は輸送密度2千人未満の路線を「単独では維持困難」として公表している。芸備線の備後庄原―備後落合、備後落合―東城、東城―備中神代の3区間はいずれも昨年度の輸送密度が100未満だった。
 中でも備後落合―東城は20人。JRが発足した1987年度と比べるとわずか4%に落ち込み、JR西日本で最も少なかった。2019~2021年度の平均で、100円を稼ぐのに2万3千円の費用がかかった慢性的な赤字区間だ。
 JR西日本は昨年、これらの区間について「前提を置かず、公共交通の将来像を議論したい」と自治体に申し入れたが、自治体側は「利用促進以外の議論はしない」と拒否。両者の間で不信感が募る状態が続いた。こうした経緯もあり、芸備線は「廃線になるのでは」と注目を浴びてきた。

広島県庄原市で開かれたJR芸備線の存続を議論するシンポジウム=2023年9月23日

 ▽午前中の列車は1本だけ、仕方なくバスで取材へ
 9月23日、午前10時半から始まるシンポジウムを取材するために、三次駅から会場最寄りの備後庄原駅を目指した。だが、祝日のこの日、午前中に運行する列車は6時台の1本だけ。列車で訪れるのは現実的ではなく、仕方なくバスで向かった。
 芸備線存続をテーマにしたシンポジウムを主催したのは、市民団体「芸備線魅力創造プロジェクト」。開催に必要な費用をクラウドファンディングで募ると、目標の200万円を大幅に超える311万9千円が集まった。鉄道好きで知られる俳優の六角精児さんや鉄道ライターの杉山淳一さんらが登壇し、会場とオンラインで計200人が参加した。
 芸備線の魅力について、六角さんは「山と川など、素朴な風景が見られる」と語った。ただ、昨年自身が乗車した際に地元客は1人しかおらず「厳しい」と感じたという。その上で「必要ないという意見でもいい。住民に考えてもらうことで、これから先につながるのではないか」と呼びかけた。

報道陣の取材に応じる俳優の六角精児さん=2023年9月、広島県庄原市

 ▽「自治体も血を流す必要」「やり残したことあるのでは」
 杉山さんは「鉄道はお金がなくなるから、なくなるんじゃない。関心がなくなるからなくなる」とし「自治体は『JRが悪い。内部留保を回せ』と言うが、自治体も費用負担をするなど血を流す努力が必要」と訴えた。
 住民として登壇したのは、庄原市の街づくりに取り組む西田学さん(58)。取材に西田さんは「芸備線は便数が少なく、乗り継ぎも不便で『使いたくても使いづらい』。住民にも『なくなっても仕方ない』という雰囲気を感じる」と明かした。しかし、こうも語った。「廃線すれば元に戻せない。住民もJRもやり残したことがあるのではないか」
 ローカル線は、利用者の減少が減便を生み、使い勝手が悪くなり、さらに利用者が減るサイクルに陥りがちだ。
 シンポジウム途中で報道陣の取材に応じた六角さんは、登壇した理由を「芸備線が一番深刻だからです」と強調した。「幹線を大動脈としたとき、ローカル線は毛細血管のようなもの。毛細血管が消えることで、街自体がともしびを失ってしまう可能性はある」 

JR芸備線三次駅周辺の車両=2023年9月24日、広島県三次市

 ▽都市部の利益で赤字路線を維持するのは限界
 JR各社はこれまで、都市部の路線の利益で地方の赤字路線を賄う「内部補助」で鉄道網を維持してきた。ただ、人口減少や新型コロナウイルス禍で経営は悪化。国土交通省によると、JR旅客6社で輸送密度が2千人未満の路線の割合は、1987年度の16%から2020年度は39%に増え、利用者が極端に少ない区間の維持には限界があるとの判断に傾いている。中小私鉄と第三セクターの「地域鉄道」95社のうち、2022年度は85社(89%)が赤字だ。
 そんな状況でも、国や自治体はローカル線の維持をJRをはじめとした事業者任せにし、特に自治体は「廃線」がちらつくと強い拒絶反応を示してきた。一方の鉄道事業者も、利便性向上に真剣に取り組んできたかどうかが問われている。使い勝手が悪いままで、ローカル線をただ維持し続ける現状を放置すれば、結局のところ、住民の利便性を損ねかねない。

 ▽国が関与して、ローカル線の在り方を議論
 こうした危機感を背景に、政府は今年10月から新たな制度「再構築協議会」を始めた。ローカル線を巡る自治体と鉄道事業者の協議に国が主体的に加わり、議論を進めるのがポイントだ。ローカル線を残して利便性を高めるのか、廃止してバスなどに転換するのかを話し合い、3年を目安に結論を出す。
 鉄道事業者か自治体が国に協議会設置を要請すれば、国は沿線自治体から意見を聞き、設置の是非を判断する。対象は当面、輸送密度が千人未満の区間を優先することとなった。バスなどに転換する場合でもJR各社は「十分な協力を行うべき」と定められている。JR関係者は「仮に廃線となっても『それじゃあ、さようなら』とは思っていない。バス運行やICカード事業を含め、協力する準備がある」と話す。
 JR西日本は10月3日、芸備線の備後庄原―備中神代について、再構築協議会設置を全国で初めて国に要請した。広島県の湯崎英彦知事は「沿線市と協議して対応を検討したい」と述べ、岡山県の伊原木隆太知事は「自治体とJRの立場が乖離しており、国の関与は意義深い」と反応した。
 制度上、自治体などは災害対応といった正当な理由がない限り、協議に応じなければならない。ただ、国土交通省の幹部は言う。「嫌がる自治体を無理に参加させるのは現実的ではない。丁寧に意見を聞き、設置の是非の判断に数カ月以上かかることも想定している」

復旧した橋を渡るJR只見線の列車=2023年10月1日、福島県金山町

 ▽「街づくりに鉄道をどう位置づけるか」を考えた成功事例も
 鉄路維持は一筋縄ではいかない。それでも地元の熱意で実現した例はある。
 2011年7月の新潟・福島豪雨で被災したJR只見線は、JR東日本が被災区間の廃線とバス転換を提案したものの、地元の要望で存続に転換。JRが列車を運行し、自治体が線路などの維持管理を担う「上下分離方式」で昨年10月に復旧した。秘境路線として人気を博している一方、自治体には年間3億円程度の維持管理費がのしかかる。人口減少で自治体財政が厳しい中、負担に見合う利点を生み出せるかどうかが鍵となる。
 公共交通に詳しい野村総合研究所の川手魁氏は、ローカル線を存続させた成功事例として、茨城県の「ひたちなか海浜鉄道」を挙げる。ひたちなか市の茨城交通湊線は一時廃線が検討されたが、2008年に市と茨城交通が出資する第三セクター「ひたちなか海浜鉄道」の運営に切り替えて存続した。小中一貫校開校にあわせた新駅整備などを通じ、昨年度の利用者数を2007年度比で1・6倍の111万人まで増やした。川手氏は「街づくりに鉄道をどう位置付けるか、本気で考えた事例だ」と評価する。
 沿線人口など事情はさまざまで、先行事例にならっても成功するとは限らない。川手氏は「単に移動手段と捉えれば路線バスへの転換が考えられるが、条件次第では鉄道を生活や観光の軸に位置付けて残す選択肢もある」と話した上で「重要なのは、地域と事業者が一緒になって公共交通を支えていく方法を議論していくことだ」と述べた。

通学の高校生らで混雑する「ひたちなか海浜鉄道」湊線の勝田駅=2022年10月、茨城県ひたちなか市

© 一般社団法人共同通信社