ウイスキーの神秘を追い求める ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所の裏方さん

ハイボールのブームもあって近年、ウイスキーの人気がますます高まっています。仙台市にあるニッカウヰスキーの蒸溜所で、ウイスキーづくりの裏方として働く男性の姿を追いました。

仙台駅近くのこちらの店では、ハイボールだけで15種類ほどをそろえています。
客「ビールとか日本酒とかよりは、ウイスキーが好きなので」「ハイボールから入って、最近はロックでも飲むように」

周囲を緑に囲まれた仙台市青葉区のニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所です。日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝が、半世紀以上前に開設ました。
串畑勲考さんは、東京大学大学院を卒業して2017年、ニッカの親会社であるアサヒビールに入社しました。

ニッカウヰスキー宮城峡蒸留所

ウイスキーは、原料の大麦を仕込み大きな蒸留器で蒸溜した後、木の樽に詰めて何年も熟成させようやく完成します。生産技術室に勤める串畑さんの仕事は、工程全体を見て改善していくことでウイスキーづくりに欠かせない裏方です。
取引先と現場で蒸留器を見ながら、細かな改善点を詰めていきます。
串畑勲考さん「マンホールが重くて使いにくいので、それを軽量化とかあと漏れにくいような仕様に変更できないかという話し合いをしていました」

原点は、大学時代にあります。
串畑勲考さん「大学時代にフレンチレストランでアルバイトをして、ワインやウイスキーなど本格的なものがそろっている店で、そこで勉強させてもらってお酒に興味を持ったのが一番最初ですね」
大学院でワイン向けのブドウを研究した串畑さんは入社後に2年間、北海道のビール工場に勤務し5年前にウイスキーをつくるニッカへの異動を命じられました。

串畑勲考さん「ここから3種類が樽開けした(原酒の)半製品ですとか、本日出荷する半製品」
こちらでは毎日、原酒の香りをかぎ異常が無いかを確認します。ビール工場時代には、同じ銘柄でも各地の工場ごとに出る微妙な風味の違いを判別できるようになりました。
串畑勲考さん「訓練をすれば普通にできるようになる」

微妙な風味の違いを判別

日本のウイスキー市場は、高度経済成長と共に拡大し1980年代にピークを迎えました。その後、四半世紀もの間下り坂にありましたが、ハイボールブームを受けて2008年に底を打ち、息を吹き返しました。

海外でもジャパニーズウイスキーとして人気を集める中、直面しているのが人気が出すぎて生産が追いつかない原酒不足です。現場は、増産に向けて必死です。
串畑勲考さん「ここが整樽棟になりまして一度使った樽をもう一度、樽詰めに使えるように焼き直しをしたりとか、漏れている箇所を修理したりとか」
原酒を増やすには、ウイスキーを寝かせる樽もたくさんつくる必要があります。串畑さんは現場と議論し、樽の中を削る設備を見直し製造のスピードアップにこぎつけました。

蒸溜所にあるひときわ大きな建物は、樽に詰めた原酒を保管する新しい貯蔵庫です。
串畑勲考さん「原酒を増産してきまして貯蔵スペースもどんどんどんどん足りなくなってきて。これから海外に向けても商品をつくっていく中で、貯蔵スペースを確保する」

この日の仕事を終えた串畑さんが向かったのは、同僚との飲み会です。
「誰を頼ろうかなと思った時に相談するのは串畑さん」
「厳しいところもありますけど、基本的にやさしいです」
「悪く言えば生意気なキャラだよね」
「こうしたほうがいいんじゃないのかとか、率直に言う人材はすごく貴重なので」
串畑勲考さん「嫌な思いをすることもありますけれども、やっぱり楽しいことがすごく多い。それは好きなことを仕事にしているから。」

串畑さんは10月にウイスキーの本場、スコットランドなどを巡る3週間の海外研修に行きました。
串畑勲考さん「(ニッカのウイスキーは)海外のお客さんからすごくご好評をいただいていて、お酒として柔らかくて飲みやすい」

ウイスキーの神秘を追求

樽の材質や湿度、同じ条件でつくっても全く同じウイスキーはできない。そこにウイスキーの神秘があります。
串畑勲考さん「どこから手をつけていいかも分からないくらいですけども。伝統として変えてはいけないところは変えない。ただ、変えるべきところは変えていくということをこれから進めていきたいなと思っています」

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