名松線、目的地は山の向こうに

 【汐留鉄道倶楽部】南北に長い三重県のほぼ真ん中にある松阪市。中心にある松阪駅は、JR紀勢線と近鉄山田線が仲良く並ぶターミナルで、タイプの違う両線の特急列車が行き交う風景はなかなかいいものだ。その間に、1両のディーゼルカーがぽつんと止まって出発を待っている。JR名松線、伊勢奥津(いせおきつ)行き普通列車だ。

 「名松線」の「松」はここ松阪の松。では「名」は? もちろん名古屋ではなく、実は松阪から西へ約40キロ離れた名張に由来する。

終着駅の風情漂う伊勢奥津駅で発車を待つ松阪行き列車

 今から約100年前、松阪から名張を目指して建設が始まった名松線。ところが少しずつ部分開業しているうちに、参宮急行電鉄(参急)という私鉄が布引山地をトンネルでぶち抜いて名張に先着してしまった。現在の近鉄大阪線だ。

 名松線は山地の急勾配を避けるために雲出(くもず)川に沿って進んだため、西に向かうはずがいったん南へ回る形になってしまい、このまま山を越えて名張にたどり着いたとしても参急にはとてもかなわない。というわけで非電化単線の名松線は伊勢奥津で止まったまま90年近く、今は約2時間に1本、途中の家城(いえき)止まりの列車も含め1日8往復の列車が行き来する、典型的なローカル線として生き残った。

 ディーゼルカーは松阪を出て北西へ3キロ余り、紀勢線に別れを告げて田園の中をゆっくり走る。電化複線の近鉄大阪線には、松阪から四つ目の一志(いっし)付近で最も近づくが、六つ目の伊勢大井からは左にカーブを切ってどんどん南の方へ進んでいく。

上り下りの列車が交換する家城駅

 家城は全線で唯一行き違いのできる駅。この列車も13分間停車して松阪行きの列車を待ち合わせる。のんびりした時間、運転士もホームに降りて、乗客と会話を交わしていた。

 家城を出ると一気に両側の地形が険しくなった。眼下には谷を流れる雲出川、反対側の窓には木々が生い茂る急斜面が迫る。待避場所がないという、ちょっと恐ろしい掲示が書いてあるトンネルをいくつも抜け、視界が開けると、川が蛇行する所に民家が集まっている。

 松阪から約1時間半、終点の伊勢奥津に到着。行き止まりになった線路の先に、かつて蒸気機関車のために使われた給水塔がたたずんでいる。その先には山々が立ちはだかり、確かにこの先に延伸するのはたやすいことではない。

伊勢奥津駅の駅舎はなかなか趣がある

 実はこの名松線、2009年の台風被害で家城―伊勢奥津間が不通になり、一時は廃止が検討されたのだが、地元住民の存続運動を受け、県と津市、JR東海が復旧で合意、16年に復旧を遂げた。伊勢奥津の駅舎の壁に「ありがとう! 名松線を守る会」という横断幕が張られているのを見ると、地元の人々が復活にかけた熱い思いが伝わってくる。

 最後に名松線の魅力をもう一つ。伊勢奥津が「―おくつ」ではなく「―おきつ」であるように、読みの予想をちょっとだけ裏切る駅名が目につく。伊勢八太(いせはた)、井関(いせぎ)…。名張をまっすぐ目指さなかったように、駅名も一筋縄ではいかなかった!

 ☆共同通信・八代到

© 一般社団法人共同通信社