演出家・G2さんの新作「月とシネマ2023」が50周年迎えたパルコ劇場で上演。俳優の永作博美さんと語る「劇場、演劇、街」の関係とは? 「渋谷半世紀」~若者の聖地の今~

パルコ劇場や渋谷の街について語る永作博美さんとG2さん=10月、東京都内(撮影・大島千佳)

 劇作家、演出家、プロデューサーとして活躍するG2さんの新作「月とシネマ2023」が東京・渋谷のパルコ劇場で上演されている。2021年4月に新しくなったパルコ劇場のオープニング・シリーズを飾るため準備されていた作品だが、コロナ禍のため公演中止に。約2年を経てようやく、パルコ劇場の50周年を祝う作品として上演が実現した。G2さんと、出演する俳優の永作博美さんに、本作に懸ける意気込みや、渋谷の文化を支えてきた同劇場への思いを聞いた。(共同通信=内田朋子)

 ▽変わりゆく街と劇場

 父の死をきっかけに、閉館の危機にある実家の映画館を存続させようと奮闘する主人公の映画プロデューサーを中井貴一さんが演じ、芯が強く行動力のある元妻でフリーライターの役を永作さんが務める。コメディータッチで温かい気持ちにさせてくれる作品だ。
 G2さんは「年配のお客さまも来なくなった映画館が、これからどうなっていくのかを提示したかった」と作品の意図を説明する。「この3年間で、老舗のミニシアターが閉館に追い込まれるなど状況は大きく変わり、21年に書いた解決策では追いつかなくなってしまった。希望を示すために新たな要素を加えることになった」という。「自分が生きている時代の空気を芝居の中に取り入れたかった」と、背景に劇場を巡る街の再開発など、現代の社会が抱えるテーマもちりばめた。

パルコ劇場50周年記念公演に臨む永作博美さん=10月、東京都内(撮影・大島千佳)

 「月とシネマ」という不思議な題名は、企画者でもある主演の中井さんが大好きという1970年代の米映画「ペーパー・ムーン」からヒントを得た。詐欺を働きながら旅する男と少女の間にいつしか本物の親子のような感情が芽生えていくストーリーで、人気俳優ライアン・オニールと当時9歳の実の娘テータム・オニールの共演が話題となった名作だ。
 そのテーマソング「It’s Only a Paper Moon」(しょせん作り物の月)をモチーフに、この芝居では父と息子、元夫婦、街の開発に関わる関係者らが複雑微妙な人間模様を繰り広げている。

 ▽観客に伝えたいこと

 G2さんと永作さんのパルコ劇場での仕事は2003年の「人間風車」以来、20年ぶり。人の心理の怖さも描いた前作とちがい、今回は殺伐とした気持ちを抱きがちな現代人にエールを送り、笑いもあふれる内容となった。
 「永作さんは“人間力”が素晴らしい」と語るG2さん。せりふの言い回しなど、稽古中により良いアイデアを積極的に出してくれたという。
 永作さんは「ジェットコースター的コメディーなので、ちょっとした語尾の違いでもガラッと変わってしまう。繊細な作業が本当に大事だなあと思う」と、稽古場で演出家や共演者らとのやりとりを深めた。
 中井さんとの元夫婦関係をデリケートに描いた場面もある。「2人の信頼関係がどうなっているのか、劇の書き手と演者、そしてお客さまの間で受け止め方は違ってくる。三者三様の思いが劇場内で交錯するような気がする」
 幅広い演技力が高い評価を受ける永作さん。本作でコメディエンヌぶりを発揮する役柄は「諦めないキャラクター」だ。「最近の世の中は、子どもに声を大にして『諦めるな』と言える時代ではないかもしれない。それでも、この女性は状況が良くなると信じて、1人で動く行動力がある。その勇気を観客に届けたい」
 芝居を通して“真に信じることの尊さ”も伝えることができればと話した。

「ようやくマスクが取れ、役者さんたちの顔を見ながら演出できるようになった」と話すG2さん=10月、東京都内(撮影・大島千佳)

 ▽パルコ劇場と演劇

 パルコ劇場の半世紀を飾る今回の舞台について、G2さんは「自分が行きたい劇場で上演できるのがうれしい。この劇場は見に行くという行為自体がすてきな場所。パルコの中がおしゃれなので、演劇人がおしゃれに見えるような雰囲気もある」と笑う。一方で「旧パルコ劇場も、楽屋がすごく狭いところが好きだった。表の舞台のまぶしさとのギャップがたまらなかった。裏側の狭さのおかげで、役者やスタッフが仲良くなりやすい環境が生まれたのでは」
 永作さんも「先輩と後輩の役者が同部屋だったりして大変なこともあったと聞く」と振り返る。「パルコ劇場について語る人はたくさんいる。いろんな芝居が上演され、思い出を持つ人が多いからなのだろう。自分自身もさまざまな劇場に行ったが、なじみ深さやあったかさのある劇場は残り続けてほしいと思う」
 永作さんにとって演劇とは「限られた、しかも少なくない人数で一体化し、時間を共有するもの。ドラマや映画とは全てのスタンスが大きく違う。一番の違いは発声。声の出し方、舞台上からの芝居の届け方に技術があるのが面白い。舞台だからこそ観客に届けられる要素が間違いなくある」と説明する。
 「演技の幅が一番広いのが舞台なのでは? いかようにも変えられる部分、いろいろなアプローチの方法がある。これだけのベテラン俳優が、こんなふうに(演技を)変えてくるのかと驚く日もある。ライブだからこそ発揮される役者のエネルギーを受け取れるのが魅力だと思う」

各人に役割が生まれ、トレーニングを重ねる。演劇をつくるのは感動的な作業です」と話す永作博美さん=10月、東京都内(撮影・大島千佳)

 ▽デジタル時代の身体性

 デジタル時代になり、演劇の在り方が変わってきていることをG2さんは指摘する。アニメの声優などに比べて、演劇を志す若者が減っている現状も心配している。「舞台にも映像が多用されるようになった。生の人間が演じ絡まり合う、昔ながらの表現のすてきさは残るだろうが、結局は面白いコンテンツでないと人は劇場に来てくれない。後進を育てる必要性も感じている」
 永作さんが芝居における身体の重要性、そしてどんな時代にも役者に求められる役割について語る。「生身の人間が身体の中から言葉を発して、それが震えたり、途切れたりするのをもっと間近で見るべきだなと思う」「映像などデジタルコンテンツが持つ速さや結果を求めるだけでは、その間(あいだ)にある大切な何かが全部抜け落ちてしまう気がする。シンプルな言葉をどう伝えていくか、どう身体をならしていくかを考えたい」

 ▽渋谷の文化とは?

 演劇をはじめ、さまざまなカルチャーを生んできた渋谷の街。「居心地のいい街で芝居をすることは幸せ」とG2さん。20年前に2人がパルコ劇場で仕事をしたときは、芝居がはねると一緒に街へ飲みに出かけたという。「この街で語り合うことが本当に楽しかった」
 半世紀を迎えたパルコ劇場や公園通りに年齢が近い永作さんは「渋谷ジァン・ジァンなどの小劇場やライブハウスが出始めた頃の渋谷は、さまざまな優れたカルチャーが生まれ、相当イケてる街だったろうと思う。タイムスリップできるならその頃を見てみたい」と話す。「私が知った渋谷は“ナウい”感じ、憧れの街だった。ここで舞台に立てるなんて、という感じでしたね」とちゃめっ気たっぷりに笑った。

「月とシネマ2023」に出演する永作博美さんと演出家のG2さん=10月、東京都内(撮影・大島千佳)

 G2さんは「いまの渋谷は大資本が入って巨大ビルが林立する街になっているが、若者たちが“反乱”できる要素がまだある気がして面白い」と言う。「たとえハロウィーンのパレードが規制されても、また別のムーブメントが起こる街だと思う。大人が“こうしなさい”と完全に仕切ってしまう街ではつまらないかな」
 常識を壊しつつ新しい何かを創造するために、若者たちが大人とせめぎ合いを続ける街であってほしいと期待を込めた。
 「月とシネマ2023」は11月28日までパルコ劇場、12月3~10日は大阪市の森ノ宮ピロティホールで上演。

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