夫婦で紡ぐ新たな絆…聴力と視力に障害がある男性ランナーの挑戦 広島市

聴力と視力に障害がある夫と支える妻。その夫婦と出会った、障害がある少女とその家族の交流です。出会いからの8年余りの歳月は、家族に新たな発見をもたらしていました。

1本のロープを握り、走り続ける夫婦…。大杉勝則さんと妻の美可さんです。勝則さんの耳はまったく聞こえず、目は明るさが分かる程度。それでもマラソンに挑戦し、全長100キロの大会を走破する健脚ぶりです。

■大杉勝則さん

「本当に疲れた。でも伴走者の皆さんのおかげで無事に走れた」

■大杉さん夫婦

「セーフ!」

■妻 美可さん

「というようなアホなことをいつもやっている」

勝則さんのように目と耳の両方に障害がある人は、「盲ろう者」と呼ばれます。

■妻 美可さん

「富有柿と言って触ってもらって。丸いやつが富有柿だということが分かる」

会話は、手話を触れて読み取る「触手話」によります。

■妻 美可さん

「大杉(勝則さん)の場合、片手だけで(手話を)読んでいるので歩きながらでも大丈夫」「段差があることを伝えました」

生まれつき音が聞こえなかった勝則さん。進学した普通科の高校では、陸上部で汗を流しました。しかし20歳の頃に医師から告げられたのは、失明の危険がある難病の「網膜色素変性症」でした。

■大杉勝則さん

「27歳の頃から1人暮らしを始めたが、その時に見え方がだんだんと落ちてきた。(以降)4年間くらいは、引きこもって悩んでいた」

契機は、視力がわずかに残っていたある日に見た、テレビ番組でした。

■大杉勝則さん

「目と耳の障害をあわせ持つ人たちが、すごく楽しく交流している様子をテレビで見た。(目と耳に障害があるのは)自分1人でないことが、とても励みになった」

これをきっかけに、同じ障害がある人を支援する「NPO法人」を設立…。手話サークルで出会った美可さんとの結婚も果たします。

■妻 美可さん

「どっちかというと私の方がお世話してもらっている。私よりテキパキ動けるので」

ボウリング大会を主催したのは、勝則さんが代表を務める「NPO法人」。自宅に引きこもりがちな盲ろう者同士の交流を図ろうと、毎月1回、様々な催しを開いています。

■参加者

「ボウリング大会に参加して楽しい」

■参加者

「みなさんの楽しそうな顔を見ることができてとてもよかったと思う」

■大杉勝則さん

「れいちゃん、頑張ってください」

大杉さん夫婦から激励された少女。9歳の内川怜南さんは、目と耳に障害があります。

■怜南さんの父親 内川竜治さん

「いろいろ学ばせてもらうことも多いし、相談できることも多いので、家族以外で怜南の成長を見守ってくれている人がいるのはすごくありがたい」

怜南さんは「広島中央特別支援学校」に通う小学3年生です。視力は、生まれたときから右目がかすかに見える程度。聴力は、補聴器を付けてようやく大きな音が聞こえる程度です。

■怜南さんの母親

「耳だけだったら(耳が)聞こえない人はイメージがわくし、目が見えない人は白杖をついているイメージがわくが、両方ともに障害があるとまったくイメージすらしたことがなくて。心臓も悪いし、知的(障害)もあるしで障害が重なっている。(将来への)不安しかなかった」

■怜南さんと母親のやり取り

「赤、赤!」

学校では、簡単な手話から習い始め、徐々に対話を図れるようになってきました。ピアノ教室に通い始めたのは、今年9月。怜南さんの世界は、確実に広がっています。

内川さん家族が大杉さんと出会ったのは、今から8年余り前…。以来、その活動に参加してきました。

■怜南さんの母親

「(怜南が生まれてすぐは)かわいいと思う余裕がなかった。友の会に初めて(怜南が)8カ月の時に連れて行ったが、そこで『かわいいね、かわいいね』とすごくみんな言ってくれた。初めてうちの子ってかわいい(と思えるようになった)」

■怜南さんの父親 内川竜治さん

「(大杉さんたちは)家族のように娘の成長を願ってくれているありがたい方々」

夫婦二人三脚で取り組むランニングの練習…。勝則さんが100キロ走破を目指す呉市での大会は、12月です。

■大杉勝則さん

「走りたい、でも見えなくてできないなと悩んでいる人はいっぱいいると思うが、1人で悩まないで一緒に走り行こうとみんなに言いたい」

勝則さんが生きるのは、「静寂と暗闇の世界」。そんな日常に暮らす人たちと共に生き、トップランナーでありたい。勝則さんは、かけがえのない伴侶と共に、走り続けます。

【2023年11月8日 放送】

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