「自分が今日死んでも…」元 “ゴロツキ”弁護士の覚悟 大阪ミナミ “グリ下”で「居場所ない若者」の支援を続ける理由

グリ下で若者支援を行う「タムケン先生」こと田村健一弁護士(撮影:倉本菜生)

大阪・ミナミの道頓堀に、家や学校に居場所のない若者たちのたまり場がある。通称グリ下だ――。観光のランドマークになっているグリコの看板下周辺に集まることから、“グリ下キッズ”と呼ばれる彼らは、そのほとんどが未成年や20歳前後の若者たちで、コロナ禍をきっかけに府内や近隣地域のあちこちからグリ下に集うようになった。しかし、ここ最近は犯罪やトラブルの温床となっており、行政が介入するレベルで問題視されている。

そんな彼らを救おうと支援活動を行っている人物が、若者たちに「タムケン先生」と呼ばれ親しまれる田村健一弁護士(43歳)だ。

自身も「今でいうグリ下キッズでした」と語る田村弁護士は、『ひとりぼっちにさせへんプロジェクト』を掲げ、グリ下に集まる若者たちと交流、支援を続けている。

数百万円の借金抱えた「ゴロツキ」から弁護士へ

弁護士になった10年前から“生きづらさ”を抱えた若者たちの相談や就労支援を行ってきた田村弁護士が、『ひとりぼっちにさせへんプロジェクト』を始めたのは、今から3年前のこと。きっかけは友人の自殺だった。

「仲の良かった友人の訃報を受けて、『自分が今日死んでも誰かに自分の取り組みが引き継がれる仕組みを作りたい』と思い、本腰を入れて活動するようになりました。ただ、直接の起因となったのは私自身の若い頃の経験です。私も幼少期、家庭が自分にとっての“安全基地”ではなく、心が休まる場所がありませんでした。10代になると夜の街に居場所を求めるようになり、街のゴロツキとして過ごすようになりました」(田村弁護士)

20歳の頃にギャンブルにハマり、数百万円もの借金を背負ったという田村弁護士。それまでの友人がどんどん離れていき、残ったのは半グレのような人間のみで、定職にも就かず、昼夜逆転のすさんだ生活を送っていたと振り返る。

「『明日は朝きちんと起きよう』と思っても、気付いたら夕方になっていて。日が沈むのを眺めながら、毎日嫌な気持ちになっていました。1番ひとりぼっちだと感じていた時期でしたね。私の活動の原点には、その頃の記憶があります」(同前)

這い上がれずに過ごしていたある日、偶然とある国会議員と知り合う。「本気で生きる場所」を探していた田村弁護士にとって、新たな価値観との出会いでもあった。

「その方に秘書として拾ってもらい数年働いたあと、民間企業に就職しました。ただ、会社員生活を送る中で自分の人生を見つめ直す機会があり、『困っている人にありがとうと言ってもらえる仕事をしたい』『人生の目的と仕事の目的を一緒にしよう』という気持ちが起こり、弁護士を志したんです」(同前)

一念発起した田村弁護士は司法試験に挑戦し、33歳で晴れて合格。自分自身が家庭環境の苦しさや人生のドン底を経験したからこそ、「本気で現状から抜け出したい人、本当に困っている人」を弁護士としてサポートしてきた。

そして2年前、田村弁護士は“グリ下”にたどり着く。

大阪の観光名所「グリコ看板」の下に若者が集まる(撮影:倉本菜生)

「グリ下キッズ」の正体とは?

「日課としている早朝の散歩で、ひっかけ橋(※グリコ看板を見上げる戎橋の通称)近くに座っている若者たちを見つけ、彼らの表情に違和感を持ったんです。朝5時くらいのことでしたが、“夜通し遊んで疲れた気だるい顔”とは違っていて……。気になって話しかけました」(田村弁護士)

その中には、当時グリ下の古参リーダーと呼ばれていた少年もいた。この日を境に若者たちとの交流が始まり、彼らが抱える問題や環境を知ることとなる。

当時のグリ下は若者たちの「居場所として存在していた」と田村弁護士は説明する。

「居場所がなくてモヤモヤを抱えていた若者たちが、コロナ禍になんとなく集まってできた場所がグリ下です。裕福な家庭の子や、そういう家庭で教育虐待を受けた子もとても多かった。ここに行くとホッとする。仲間がいる。なんでも話し合える。最初の頃はそんな感じで、今ほど犯罪やトラブルは多くありませんでした。彼らを犯罪や金のために利用しようとする人間が増えたことで、変質したように思います」(同前)

今のグリ下では、パパ活やリストカット、薬物のオーバードーズ(以下、OD)がまん延している。

「市販薬や精神薬などによるODが後を絶ちません。女の子は性犯罪や売春などに利用されることが多く、取り返しのつかない事態に追い込まれることもあります」(同前)

パパ活などの「負の成功体験」が多すぎることも、若者たちが現在のグリ下という“沼”から抜け出せない一因だと田村弁護士は分析する。その上で、元グリ下キッズの若者らと共に「パパ活・リストカット・ODだけは無くそう」と奮闘している。

「私が当事者だった時、どういう支援を必要としていたか。それを常に意識しながら活動していますね。沼に浸っていたくて『ほっとけや』って時は、大人から『こういう支援があるよ』と言われても雑音でしかないんですよ。彼らが『沼から抜け出したい』と思った時に、適切な場所にしっかりとつなぐことを大事にしています」(同前)

「一生をかけてできることを」

「グリ下に来る子が犯罪の加害者にも被害者にもならない」を共通のゴールとし、官民とも連携する田村弁護士は、現在取り組む活動についてこう語る。

「グリ下は新陳代謝が早く、すぐいなくなる子も多いんです。だから各地域と連携し新しく来る子を減らすことで、根本的解決につながると考えています。たとえば、岸和田から来る子を、岸和田の中で受け止めるシステムを作る。20時から朝方まで泊まれるシェルターを作ろうという案も出ています。各地域によってやれることは違ってきますが、できることをやろうと各自治体などとも話し合っています」(田村弁護士)

「一生をかけてできることを一つひとつやっていく」と意気込む田村弁護士の最終目標は、居場所のない若者たちが“安心して過ごせる”「グリ下に変わる場所」を作ることだという。一般市民に手伝えることは何かあるのだろうか。

「『こういう協力をしてください』と呼び掛けた時に、手を挙げてもらえるとうれしいです。求めているのは、一緒に汗水垂らして動いてくれる人・知恵を出してくれる人・お金を出してくれる人。無理なく、心と時間に余裕のある範囲で力を貸してください」

田村健一(たむら けんいち)
田村綜合法律事務所 代表。ひとりぼっちを作らない!をモットーに、いじめ、引きこもり、更生の問題の解決に熱く取り組んでいる浪速の弁護士。まずは大阪に「ひとりぼっちにさせへん」仕組みを作るため、SNSで発信している。
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