バスと電車と足で行くひろしま山日記 第63回三瓶山(島根県大田市)

広島ホームテレビの環境キャンペーン「地球派宣言」の映像制作を担っているプロダクションがホームテレビ映像(https://www.home-ez.co.jp/)だ。スタッフには、これまでも現地の案内をする条件で公共交通機関では行くことが難しい山に連れて行ってもらっており、恐羅漢山・旧羅漢山(https://hread.home-tv.co.jp/post-173289/)と船通山(https://hread.home-tv.co.jp/post-263784/)の撮影に同行している。今年は11月に入っても夏日が続く異常気象だが、中国山地の山々では紅葉の便りが聞かれるようになった。広島の山ではないが、中国地方の著名な活火山として知られる三瓶山(さんべさん)で紅葉を撮影するプランを提案したところ即採用となった。好天に恵まれた三連休の初日、出雲神話の舞台でもある三瓶山に向かった。

女三瓶山の展望台から見た右から男三瓶山、子三瓶山、孫三瓶山。火口原の左端に室内池

▼今回利用した交通機関 *車を利用
【行き】広島高速4号線中広出入口→同沼田出入口→広島自動車道・西風新都IC→中国自動車道・高田IC→県道64号→県道4号→国道433号→国道375号→島根県道40号・30号

【帰り】島根県道40号→国道375号→国道433号→県道4号→県道64号→中国自動車道・高田IC→広島自動車道・西風新都IC→広島高速4号線沼田出入口→同中広出入口


万葉集の舞台から


山登りが主目的の当方は、まず最高峰の男三瓶山(1125.5メートル)に登り、時計回りに女三瓶山(981メートル)、孫三瓶山(903メートル)、子三瓶山(961メートル)の4ピークを踏破、通称「お鉢巡り」を目指す。だが、重い機材を抱えた撮影隊に同道を求めるのは無理。そこで、撮影隊には東の原から標高差255メートルを一気に登る三瓶観光リフトで稜線まで上がってもらうことにし、女三瓶山の山頂で落ち合うプランを立てた。

朝6時過ぎに取材車で広島を出発、まずは三瓶山の撮影ポイントとして知られる浮布池(うきぬののいけ)湖畔の展望所へ。浮布池は、684年の白鳳地震で崩れた土砂が川をせき止めてできたといわれている。白鳳地震は日本書記にも記録されており、文献に残る最古の南海トラフ地震とされている。

万葉集に収められた柿本人麻呂の歌「君がため浮沼の池の菱つむと我が染めし袖濡れにけるかも」(愛しい方のために浮沼の池の菱の実〈水草で実は食用になる〉をつもうとして、私の色染めにした袖は濡れてしまったことよ)の舞台がこの浮布池とされている。男三瓶山と子三瓶山が水面に映り、まるで絵はがきのような風景だ。

浮布池と男三瓶山(左)、子三瓶山。水面に「逆さ三瓶」が映る


西の原からスタート、男三瓶山へ


西の原で車から降ろしてもらい、撮影スタッフと別れて男三瓶山を目指す。ここには「定めの松」と呼ばれる高さ20メートルもある立派なクロマツがある。江戸時代の文献にも登場する古木で、西の原のランドマークにもなっている。

西の原から見た男三瓶山と定めの松

草原の緩やかな道を10分ほど歩くとカラマツの林に入り、本格的な上りが始まる。斜面を左上に向かって15分ほど歩くと、道はつづら折りを繰り返しながら高度を上げて行く。道沿いには秋を告げるリンドウや清楚な白い花弁をもつリュウノウギクが咲いていて、気持ちを和ませてくれる。

秋を告げるリンドウ

清楚なリュウノウギク

カラマツ林の中を上る

標高870メートルあたりで樹林帯を抜けると、一気に視界が開ける。眼下に西の原の草原や浮布池が広がり、中国山地の山間部には雲海が残っている。右手の斜面は紅葉に彩られ、その向こうに子三瓶山がどっしりとした存在感を見せている。

標高870メートル付近の眺望。眼下に西の原の草原と浮布池、遠方の産地には雲海が広がる

紅葉に彩られた男三瓶山の西斜面と子三瓶山

1000メートルを超えるとなだらかになり、登山道沿いには紅紫色の5枚の花弁をもつイヨフウロやカワラナデシコが咲いて目を楽しませてくれる。スタートから1時間半、男三瓶山の山頂についた。

イヨフウロ

カワラナデシコ

男三瓶山の山頂に近づくと地形は穏やかな表情になる


「国引き神話」の舞台を見る


さすが人気の山、山頂広場は多くの登山者でにぎわっている。

男三瓶山山頂

三瓶山は奈良時代に成立した「出雲国風土記」に書かれた国引き神話の舞台だ。

巨人の神である八束水臣津野命(やつかみずおみずのみこと)は、出雲の国が狭く未完成であるため、海の向こうの土地に綱をかけ、「国よ来い、国よ来い」と掛け声をかけて出雲の国に縫い付けた。引っ張ってきたのが現在の島根半島で、縄は出雲大社の西側に南北に広がる薗の長浜、綱を結んで固定するために立てた杭が佐比売山(さひめやま、三瓶山)だという。ちなみに東側の綱は夜見の島(現在の弓ヶ浜)、杭は火神岳(ひのかみだけ、伯耆大山)だ。

国引き神話の舞台となった島根半島と綱に擬せられた薗の長浜

山頂広場の北端の展望テラスに行ってみる。もやってはいるが、遠く日本海や神話の舞台となった島根半島、薗の長浜を望むことができた。


女三瓶山への険しい道


ひと息ついて携帯電話を確認すると、撮影スタッフはもう女三瓶山への上りにかかっているという。こちらも先を急ごう。男三瓶山からのコースタイムは35分だが、荒れているところや険しいところもあるようだ。

男三瓶山から女三瓶山への縦走路から室ノ内を見下ろす

道幅は狭くなり、傾斜は急になる。ロープ伝いに降りなければならないところもある。女三瓶山から登ってくる人も多く、急斜面では安全のため通過待ちをすることもあり、思ったよりも時間がかかる。兜山と呼ばれている小ピーク付近は岩場になっており、ロープをつかみながら慎重に下った。上り返して女三瓶山の展望台に到着したが、ここまで約50分を要した。撮影スタッフたちはかなり前に着いており、撮影も終えていたそうだ。

兜山付近の険しい岩場

電波塔が立ち並ぶ女三瓶山

ここ女三瓶山の展望台からは、三瓶山の火山地形の全容を見ることができる。右から男三瓶山、子三瓶山、孫三瓶山と並ぶ各峰は、女三瓶山も含めて粘り気の強いデイサイト溶岩で形成された溶岩ドームだ。それぞれ別の火口から噴出したといわれているが、巨大な溶岩ドームが爆発的噴火で壊れた後に残された部分だという説もあるそうだ。内側の凹地は室ノ内と呼ばれ、溶岩ドーム群がつくられた後に噴火した火口の跡、火口原と考えられている。室ノ内を覆う樹林全体が紅葉していることを期待していたのだが、暑さのせいなのか、彩りは今ひとつだ。残念だが仕方がない。これから撮影スタッフと一緒に凹地の底、室内池に向けて下りる。標高差は約270メートルだ。

女三瓶山の展望台に立つホームテレビ映像の撮影スタッフ。前方は右から男三瓶山、子三瓶山、孫三瓶山


火口原を歩く


女三瓶山からの下山路は自然石が敷かれた道で歩きやすい。15分ほどで大平山・孫三瓶山方面への縦走路と室ノ内へ下る遊歩道の分岐に到達、右手に下る。急斜面だが、ジグザグに道が付けてあるため傾斜は緩く、歩きやすい。歩道の両側はササに覆われている。解説板には「急傾斜地のため雪崩が多く発生し、樹木の生育が阻害される。このため高木がなく、雪崩に強いササの群落になっている」と書かれていた。

室ノ内へ下る。遊歩道沿いに立つ「雪崩地帯」の解説板

15分で火口原の底に下り、樹林の中を数分歩くと室内池に出た。解説板によると、周囲の山体が崩れた土砂が堆積し、扇状地を形成。積もった土砂の中に水を通しにくい層があるため、雨水や地下水がたまって池になったのだそうだ。水辺に近づくと、かつて放流されたという鯉が集まってくるのだが、頭が大きく胴体が小さい。窒素やリンなどの栄養塩が乏しい貧栄養湖でエサが少ないため、このような特異な姿になったのだそうだ。

火口原は平坦な地形

室内池。頭でっかちの鯉が寄ってきた

ここで昼食。なんだかかわいそうになったのでおにぎりをおすそ分けしてあげた。


「孫」と「子」へ


室内池を後に、遊歩道を左に折れ、再び尾根へ向かう。案内標識には「鳥地獄 0.1K」と、穏やかならざる表記がある。すぐ先に草原のような場所に出た。二酸化炭素などを出す噴気孔があるため、高い木が生えていないのだそうだ。かつては鳥や蛇、昆虫などの死骸も見られたという。

鳥地獄の標識

鳥地獄の植生の解説

火口原の縁を上り、縦走路との分岐になる奥の湯峠に着いたのは12時40分。ホームテレビ映像の撮影スタッフとはここで別れる。彼らは戻ってリフトで下山、女夫松登山口で落ち合う計画だ。こちらは残る孫三瓶山と子三瓶山の登頂を目指す。一応「登ってみる?」と聞いてみたが、「いえ、戻ります」と予想通りの返事だった。

奥の湯峠で撮影スタッフを見送る

奥の湯峠と孫三瓶山の標高差は約110メートル。急坂を上ること約20分で孫三瓶山に登頂。眼前には最後のピークになる子三瓶山、その向こうには最初に登った男三瓶山が堂々たる姿を見せている。足にはかなり疲れがきており、一度下って風越を経て子三瓶山に登頂し、下山するのは相当しんどそうだ。しかも、子三瓶山への上りはみるからに傾斜がきつい。だが、ここまで来て撤退は悔しいので心を奮い立たせて出発した。

孫三瓶山の山頂から見た男三瓶山

最後のピークの子三瓶山(左)。上りがきつそうだ

子三瓶山(前方)と孫三瓶山(手前)の間の鞍部、風越の十字路。右は室ノ内、左は女夫松への下山路

予想通り子三瓶山の急登はハードだったが、風越から30分で登頂。女夫松へ無事下山し、待ってくれていた撮影スタッフと合流した。下山してくるまでに時間があったので、もう一度浮布池に行き、光線の具合の良い三瓶山と池の景色を撮影したそうだ。

子三瓶山の頂上から孫三瓶山を望む

総歩行距離は9.8キロ、行動時間は6時間。最後はへとへとだった。


(おまけ)下山後のお楽しみ


下山した女夫松登山口のすぐ近くに三瓶温泉がある。いくつか施設があるが、山間の渓流沿いにある「さんべ温泉そばCAFE湯元」へ。元は老舗の温泉旅館だったが、2018年4月9日の島根県西部地震で大きな被害を受けたため、建て直して再出発した。日帰り温泉と地元産のそばを楽しめる。入浴料は600円。泉質は含鉄-ナトリウム-塩化物泉で、赤茶色に濁った35度程度のぬるめのお湯だが、肩までつかっていると、じんわり温まる。30分以上つかりっぱなしで疲れを癒し、帰途についた。

日帰り温泉で疲れを癒した「さんべ温泉そばCAFE湯元」

2023.11.3(金)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラムバスと電車と足で行くひろしま山日記

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