メタバース活用で気候の転換点到達を食い止める――WEFが新たなVR空間を立ち上げ

Image credit:ACCENTURE

世界経済フォーラム(WEF)は、世界の課題解決のためにリーダーたちが集う仮想空間(メタバース)グローバル・コラボレーション・ヴィレッジ」の整備を進めている。このほど、同メタバース内で、北極地域と南極地域の温暖化問題に特化した「ポーラー・ティッピングポイント・ハブ」がリリースされた。ここでは、気候変動の影響をシミュレーションし、その解決策について実際の距離を超えて話し合うことができる。(翻訳・編集=茂木澄花)

世界経済フォーラム(WEF)が今回リリースした「ポーラー・ティッピングポイント・ハブ(Polar Tipping Points Hub)」は、メタバース「グローバル・コラボレーション・ヴィレッジ」内に設置されたバーチャルリアリティ(VR)空間だ。ここに世界のリーダーたちが集まり、気候のティッピングポイント(転換点)問題への対応策を練ることが想定されている。イノベーターや政策決定者たちが公開討論できる場を提供することで、深刻さを増す気候危機・自然危機に対する取り組みを加速したい考えだ。今回リリースされたVR空間は、特に「ポーラー」、すなわち北極地域と南極地域(以下、併せて「極地」)の問題に焦点を当てている。

今回のリリースと同時期に、北極地域の夏の海氷が観測史上最少となった。このことからも、極地の温暖化などの気候課題に緊急の対策が必要なことは明らかだ。ポーラー・ティッピングポイント・ハブは、基準となる気温ごとに即座にシミュレーションが可能なため、迅速な意思決定に役立つだろう。

極地の気温上昇は緊急の課題

人間活動による気温上昇は、1.5度に近づき、さらには超えそうな様相だ。それに伴い、極地に関する決定的なティッピングポイントも間近に迫る。ポツダム気候影響研究所16項目指定する気候のティッピングポイントのうち6項目は、特に差し迫った状況にある。これらは、気温上昇が2度未満でも到達する見込みだ。また、16のティッピングポイントのうち5項目は極地に関するものだ。それぞれのティッピングポイントには関連性・相関性があり、全世界に関係する問題だと言える。

極地に関するティッピングポイントを通過すれば、地球のシステム全体の均衡が崩れる恐れがある。一例として、アルベド効果(albedo effect)がある。雪や氷は白く、アルベド(反射係数)が大きい。つまり、太陽光を多く反射するため、海水や陸地の温度上昇を抑える効果がある。しかし、極地の氷と雪が減少していることにより、アルベド効果は低減している。

長期的に見ると、人間の活動が排出するCO2は、北極の氷の減少に直接関係している。つまり、CO2排出量が増えれば、海氷は減り続けるということだ。海氷の減少は、異常気象、酷暑、食料と水の確保の問題、気候移民の問題、サプライチェーンの混乱などにつながっている。世界の脆弱性を高めている大きな要因だ。

視覚化と協働のためのプラットフォームが進化

グローバル・コラボレーション・ヴィレッジは、WEFがアクセンチュアとマイクロソフトの協力を得て2022年に立ち上げたメタバースだ。さまざまな組織が集まって世界の喫緊の課題について学び、解決策を生み出し、行動を起こせる場となる。その中のポーラー・ティッピングポイント・ハブでは、没入型の体験を通じて、地球の入り組んだシステムの中で極地の温暖化が及ぼす影響を視覚的に捉えることができる。主要な極地に関するティッピングポイント5つのうち、1.5度以上の気温上昇で危ぶまれる3つについてより深く理解することが可能だ。

ポーラー・ティッピングポイント・ハブには、2つの目的がある。1つ目は啓発、2つ目は分野を超えた協働の促進だ。ポーラー・ティッピングポイント・ハブの制作は現在も続いている。継続的に新しいデータを取り込み、極地や気候に関する最新の研究を反映する。制作にあたっては、Arctic Basecamp、NASA、アメリカ雪氷データセンター(NSIDC)などの機関から提供されたさまざまなデータが活用されている。

レジリエントな未来に向けた連携

ポーラー・ティッピングポイント・ハブは、協調を通じて世界的な課題に取り組むというWEFの役割に沿ったものだ。極地への没入体験によって、温暖化の現状やその結果として起こりうる、さまざまなリスクを目で見ることができる。今すぐに協働して取り組むことの必要性を伝える重要なツールとなるのだ。

「互いの距離を超え、さまざまなデバイスを通して、共有された没入空間内でつながり、協働すること。これにより、メタバースなしでは不可能だった想像力や成果を引き出せます」

こう語るのはMicrosoft Meshを担当するマイクロソフト副社長のナヴジョット・ヴィルク氏だ。「ポーラー・ティッピングポイント・ハブは、Microsoft Meshのテクノロジーを使った没入体験の活用の可能性を示すものです。気候変動のように、複雑で相互に関連した世界的な課題を、目で見て理解を深めることができます」

現時点で、グローバル・コラボレーション・ヴィレッジは次の3つのエリアで構成される。

(1)タウンホール:今後、会議などに使用されるWEFの「バーチャル会議場」。総会、ワークショップ、会談などが想定されている。

(2)協働センター:没入型のストーリーテリングを行うためのバーチャル協働スペース。協働、経験学習、世界的な課題のインパクトに対する理解を促進することが目的。具体的には、ポーラー・ティッピングポイント・ハブのほかに「オーシャン・ハブ」がある。海に潜る没入体験を通じて、陸と海の両方の生命を守るために、海の生態系を保護すべき理由とその方法を知ることができる。

(3)ステークホルダー・キャンパス:WEFのパートナーたちが、自分のアバターを操り、ステークホルダーを集め、協働して世界的な課題に対する革新的な解決策を見出すことができる場。

WEFによれば、今後はこの没入型スペースにさまざまな組織を招待する予定で、学び、協働、連携を強化していく予定だという。この取り組みの目的である国際協調の強化は、次の4つの原則のもとで行われる。

・共通の解決策に向けて国際的に協調する
・対話型の没入体験で理解を促進する
・インクルーシブな議論で、さまざまな人を巻き込む
・個々のアクションや共同のアクションを媒介として、インパクトを最大化する

「WEFの一番のミッションは、世界の状況の改善に向け、協働して課題を解決するためにステークホルダーを巻き込むことです」

グローバル・コラボレーション・ヴィレッジの責任者を務めるレベッカ・アイビー氏はこう話す。「WEFのメタバースを利用すれば、このプロセスにさまざまな人が参画できます。距離が離れていても、没入テクノロジーを使えば、協働してより大きな成果を出すことが可能です。こうしたツールを多くの人が利用できるようにし、より良い世界に貢献できる可能性を広げることを目指しています」

© 株式会社博展