「生で食べるとおいしいんだ」11日開業のなはまぐろ市場は鮮度が命 食感を優先しマイナス1度保存 漁師歴50年、孫と海へ

オープンに向け準備が進む「なはまぐろ市場」=8日

 那覇市の泊漁港で水揚げされた数種類のマグロの総称「なはまぐろ」。鮮度や食感を優先し、捕獲後は凍らせずにマイナス1度前後で保存してセリにかける。「生の状態で食べると身が引き締まっていておいしいんだ。毎日食べても飽きないよ」。マグロ漁を50年続ける那覇地区漁協所属「大輝丸」の船長、當真昇さん(73)は誇らしそうだ。泊漁港内に11日にオープンする鮮魚直売所「なはまぐろ市場」の活況に自信を見せる。(社会部・城間陽介)

 當真さんが漁場とする海域は、沖縄本島の南方160キロメートル圏内。先島諸島周辺で操業することもある。漁法ははえ縄。餌となるムロアジやイワシをナイロン糸に仕掛け、漁船を走らせる。狙うのは、水深200メートル以下を回遊するトンボやメバチ、キハダなど重さ20~30キロのマグロ。深さにこだわるのは、水温が低いと身が締まっておいしいからだ。

■若い頃は遠洋へ 「公務員の2倍稼いだ」

 与那原町出身。南城市の馬天港で漁師見習いを始め、これまで何度か命を落としかけた。「高波に襲われ船から転落したこともある」。若い頃は半年から1年かけて大西洋やオーストラリア近海で操業する遠洋漁業に従事。「公務員の倍稼いだ」と振り返る。

 この10~20年でマグロの漁獲量は減少し、以前のように稼ぐのは難しくなった。漁師も高齢化し、後継者不足に直面している。

■「漁師になりたい」自ら後継ぎ志願

 そんな中で、初孫の富原大輝さん(19)が「船に乗りたい」と跡継ぎを志願してきた。「大輝丸」という船名は、大輝さんにちなむ。昨年から4回ほど漁を手伝っている。

 船上の通信技術は格段に向上したとはいえ、大海原ではいつ遭難しないとも限らない。當真さんは「本当はね、苦労の多い漁師よりサラリーマンをやった方が良いと思うんだけど」。孫のことが心配でもあり、うれしくもある。

 大輝さんは子どもの時から釣り好きで、祖父の帰漁を港で待つこともあった。「いつか祖父のような漁師に」と憧れを抱く。

■捕獲の喜び 仕事の厳しさ上回る

 祖父に同行した約2週間の漁では、朝6時に起床し、午後10時や11時まではえ縄の回収作業を続けた。ぬれた手袋を冬場に長時間着けていると「手の感覚がなくなった」。仕事は厳しくても、マグロを捕獲できた時の喜びはそれ以上に大きかった。

 漁師たちが体を張ったマグロは、なはまぐろ市場に今後並ぶ。「ここで水揚げされたマグロは、きっとおいしいと思ってもらえる」。自信を胸に、當真さんは8日昼も漁に出た。

■7店が入居 2階に飲食スペースも

 泊魚市場買受人協同組合の鮮魚直売所「なはまぐろ市場」が11日、泊漁港内にオープンする。港内にあった仲買人直売センターが築約50年と老朽化したことに伴う移転で、新施設1階には7店舗が入居し、2階には飲食スペースを設ける。管理運営は那覇地区漁協。同日午後3時半からオープニングセレモニーがある。

 同じく泊漁港内にある県漁連の直売所「泊いゆまち」と併せて地元の水産物の消費拡大を狙う。総事業費は3億2千万円。うち約2億3千万円に国の沖縄振興特定事業推進費民間補助金を充て、漁協が約6千万円、那覇市が3千万円を負担する。

 那覇地区漁協の山内得信組合長は「移転を機に“なはまぐろ”の認知度を高め、泊いゆまちと相乗効果を発揮したい」と話した。

漁師歴50年の當真昇さん(左)と、「いつか祖父のような漁師になりたい」と話す孫の富原大輝さん=1月、那覇市泊漁港(提供)

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