「業績至上主義」という名の無能経営 “ノルマ管理だけ”を行う会社に「不正が横行しがち」な理由

ビッグモーターでは「ノルマ管理のみ」が行われていたのか…(SASA / PIXTA)

いかなる企業も、いまやコンプライアンスを遵守することは“世界標準”。そう認識していながら、日本ではいまだ古い価値観を振りかざし、組織や会社を貶める愚行を働く企業人が絶滅することはない。

本連載では、現場でそうした数々の愚行を目にしてきた危機管理・人材育成の4人のプロフェッショナルが、事例を交えながら問題行動を指摘し、警告する。

第3回は、経営コンサルタント・産業カウンセラーでマネジメント教育の講師も務める組織運営のプロ・角渕渉氏が「目標設定のない経営の末路」をテーマに前回に続きビッグモーターの数々の悪行を生んだ元凶に斬り込むーー。(【第1回】 【第2回】

似て非なる、ノルマ管理と目標設定の違い

前回(「ビッグモーターの不正を増殖させた評価尺度「@(アット)」の理不尽」)に引き続きビッグモーター問題を取り上げる。今回は社員を不正に走らせる誤った目標設定について、なぜそのような目標設定になるのか、それを避けるためには何が必要なのかを考えてみたい。

前回の記事では「ノルマ管理と目標管理は別」としながらも、「便宜上同じものとして扱う」としたが、この両者は似て非なるものだ。

ノルマ管理とは達成すべきノルマ(収益、費用、及び利益といった数字が中心)を設定し、その達成状況を監視・督促する経営手法。対して、目標管理は達成すべき成果だけでなくその達成方法(達成手順や留意事項等)も併せて目標を設定し、その達成プロセス全般をマネジメントする経営手法だ。つまり目標管理は、目標を管理するのではなく目標を起点に業務活動全体をマネジメントする経営手法ということになる。

ノルマ管理は、 “最終的な業績目標の進捗管理”において有効であり、目標管理は “業績目標の達成を確実なものにする”ために有効となる。どちらが重要というより、多くの企業にとってはどちらも必要な仕組みだ。ところが、『ノルマ管理だけ』で経営を回す会社も少なからず存在する。

評価されるために「使える手段は何でも使え!」

ノルマ管理だけを行う会社とは、どういう会社なのか。要は、業績を上げたものだけが評価される業績至上主義の会社だ。報道から推測するに、ビッグモーターはこのような会社だったのだろう。

ノルマ管理では経営者による計画策定は、目指す業績数字(収益、費用、及び利益)を計算し、それを各部門に割り振るだけだ。あとはこの数字の達成状況を見ながら未達者の尻を叩けば良い。達成手段の検討は各部門の管理職に丸投げするのだが、その管理職もその下の部下に丸投げとなる。部下から見れば上司は数字にしか興味がなく、実際、数字の未達が即評価ダウン(ひいては給与ダウン)に直結する。

一方、高業績者には信じがたいほどの破格の処遇が用意される。こうなるとノルマを課せられた社員は、評価されるためにはとにかく数字の達成を目指さざるを得なくなる。それでいてその達成手段は丸投げされているのだから、「使える手段は何でも使え!」となり、ときに不正をやってでも目標をクリアしようとする者も現れかねないのだ。

目標管理から逃げたがる背景

どうだろう。ノルマの管理だけなら、経営者の仕事はなんと楽だろうか。数字を各組織に割り振れば良いだけなのだから小学生でもできそうな話だ。だが、目標管理ではそうはいかない。その達成方法についても方針を明確に示す必要があるからだ。それには高度な経営手腕が求められる。

それだけでは不十分で、さらにそれを全社展開する必要がある。これは言うは易しで、相当な力量がなければ困難だ。

経営者が示す大方針を本部長が受けとり、その部下(部課長)に本部方針として具体化して示し、同様に各階層を通じて下方展開するーー。経営者が有能であるだけでなく、全管理職がその実践に必要な能力と見識を有していなければ実現できないため、徹底した管理職教育が求められる。

そもそもこのことに気づけない経営者も多いが、実は気づきながらもその実現の困難さに匙を投げ、よりお手軽なノルマ管理オンリーの経営に逃げ込む経営者も多い。

ノルマだけの管理は実質マネジメントの放棄に等しい(タカス / PIXTA)

望ましい目標設定プロセスとは

「部下がつまらない目標ばかり設定し、困るんです。」と嘆く管理職の声を聞く。なにおかいわんや、だ。これは天に向かって唾を吐くようなもの。部下は個人事業主ではなく組織の一員であり、組織の方針に従って目標を設定する。部下の目標が「つまらない」のだとすれば、それは上司の示す方針が「つまらない」からなのだ。

部下が価値ある目標を設定するためには、まず上司が価値ある方針を示す必要がある。そのために上司は上位組織からの方針の意図を理解し、それに沿って自部署の方針を定め、それを部下に腹落ちさせなければならない。さらに職場として、部下一人ひとりへの期待を明らかにしなければならない。これが方針展開だ。目標設定では、まさに上司のマネジメント能力が問われるのである。

方針が正しく示されることで、部下はようやく自分の頭で考え、価値ある目標を設定できる。設定された目標は上位職に報告され、上位方針と合致していれば承認され、不適切であれば差し戻され、再設定が求められる。こうして会社の目標はその妥当性が担保される。

皆が不幸になるお粗末な経営

翻ってビッグモーターではどうであったのか。おそらくノルマ管理のみが行われていたのではないだろうか。上からの要求が数字だけであれば、各職場で議論されるのも数字の話題のみとなる。「売上を上げろ!」というノルマに対し、売上=数量×単価だという単純な思考に陥り、数量か単価を上げれば良いんだという話になる。

事件を起こしたBP本部(修理部門)では、数量は損保会社の紹介に頼るほかないため、単価すなわち前回紹介した「@(アット)」の向上に悪い意味での「工夫の余地」を見出した。その結果が「ゴルフボールを靴下に詰めて車を叩く」という常軌を逸した達成手段だったのだ。コンプライアンスのかけらもない。お粗末な経営の末路とはまさにこのことだろう。

貴社の目標設定はどうであろうか。

「月末のピリピリ感が半端ない」「これはノルマじゃない目標だというが嘘だろう」。そんな風に感じているなら、上記を参考に、自社の目標設定の在り方を点検してみては如何だろう。

© 弁護士JP株式会社