ブラックホール周辺の “食い散らかし” と噴水のようなガス流を「ALMA」で明らかに

多くの銀河の中心部には「超大質量ブラックホール」が存在し、大量のガスを吸い込む過程で膨大なエネルギーを放射しています。この、ブラックホールに対する物質の流れについて、数十光年より小さなスケールでの解析はよくわかっていませんでした。

国立天文台の泉拓磨氏などの研究チームは、大型電波干渉計「ALMA (アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)」(チリ、アタカマ砂漠)で「コンパス座銀河」の中心部を観測し、ブラックホールに流れ込むガスの流れを詳しく解析しました。その結果、ガスの物質状態や運動量を、約1光年という極めて小さなスケールで解析することに成功しました。これはこの種の研究で最も解像度の高い解析結果です。

【▲図1: 今回の研究結果を反映したブラックホール周辺部の想像図。プラズマガスはブラックホールから垂直方向に流れ、分子状ガスや原子状ガスは斜め方向に流れます。このガス流は降着円盤へと戻る噴水のような運動をしていることも今回明らかにされました(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) , T. Izumi et al.)】

■ブラックホール周辺部の状況は詳細不明

ほとんど全ての銀河には、中心部に「超大質量ブラックホール」が存在することが分かっています。ブラックホールの強大な重力は大量の物質を引き寄せますが、ブラックホールは重力の強さに対して大きさが小さいため、引き寄せられた物質が集中して渋滞を起こします。この時に形成されるのが、ブラックホールの周りを周回する「降着円盤」です。

降着円盤内の物質同士は摩擦し合い、数百万℃もの高温となるため、X線を主体にした膨大なエネルギーを放出します。時にそれは銀河に含まれる全ての恒星の放射の合計よりも多くなることもあり、このような活発な中心での活動が見られる銀河は「活動銀河」と呼ばれます。

中心部に向かうほどエネルギー放射は激しくなるため、降着円盤内の物質の一部はブラックホールに落ちずに放射に乗って外に飛び出すと考えられています。このようなブラックホールに対する物質の流れは、銀河全体を含む10万光年単位から、銀河中心部のスケールである数百光年単位までは、理論と観測の両面からよく解析されています。

しかし、ブラックホールに極めて近い場所は物質の密度が高いため、直接の観測は困難です。また、ブラックホールの近くでは物質の運動速度や温度が激しく変化する上に、物質の状態が分子なのか原子なのかプラズマなのかによっても動きは変化します。これらを考慮した解析は計算量が膨大となり、理論的に考察することも困難です。このため、ブラックホールに極めて近い数十光年より小さな単位では、物質の動きについて多くの謎があり、どの程度の割合で物質がブラックホールに吸い込まれるのか、あるいは逃げ出すのか、という基本的なことでさえよくわかっていませんでした。

■「ALMA」でガスの詳細な流れを観測

【▲図2: アルマ望遠鏡で観測したコンパス座銀河の中心部の疑似カラー画像。分子状ガスの一酸化炭素 (赤色) とシアン化水素 (緑色) 、原子状ガスの炭素原子 (青色) 、プラズマガスの水素 (ピンク色) が反映されています(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) , T. Izumi et al.)】

泉氏らの研究チームは、地球から約1300万光年離れた活動銀河「コンパス座銀河」についてALMAで観測を行い、銀河中心部の数光年以内のガスの流れを観測しました。その結果、中心部の約6光年の範囲について、解像度約1光年というこれまでで最高の解像度でガスの流れを観測することに成功しました。

まず観測されたのは、銀河中心部の光が分子状のガスによって吸収され、影となっている様子です。詳しい観測結果から、分子ガスは観測者から遠ざかっていることが明らかになり、これは中心部のブラックホールに向かって落下していることに相当します。

また、観測されたガスの降着円盤の運動量の観測結果も得られました。ガス円盤の運動量は圧力を発生させ、ガス円盤の重力を支えますが、今回の観測結果は重力が圧力で支えきれないほど大きいことを示していました。この状態となったガス円盤は、自身の重力で潰れて複雑な構造を形成する「重力不安定」と呼ばれる状態となり、ガス円盤はブラックホールの周りを周回する状態から落下する状態へと変化します。今回のALMAでの研究は、重力不安定を観測結果により明らかにした初めての事例となりました。

さらに、ガスの密度と速度の観測結果から、中心部でのガスの流れも定量的に理解されました。活動銀河の放射の強さから計算されるブラックホールへ落ち込むガスの量は、今回のALMAの観測によって明らかにされたガスの密度と速度に対してたった3%しかないことが今回明らかにされました。つまり、ブラックホールは落ち込むガスを “食い散らかし” ており、大半が外へと飛び散っていることになります。

では、そのガスはどのように飛び散っているのでしょうか?ALMAはガスを分子・原子・プラズマの3相 (※) に分けて観測することにより、その詳細を明らかにしました。全てのガス相はブラックホールから飛び出すことが分かり、特に分子状のガスと原子状のガスの量が多いことが分かりました。そして、その多くはブラックホールの重力を振り切って外に飛び出すほど速くないため、再び降着円盤に戻ることが明らかにされました。つまりALMAは、超大質量ブラックホールの周りにガスの “噴水” があることを明らかにしたのです。

※…今回の研究では、分子状ガスは一酸化炭素とシアン化水素、原子状ガスは炭素原子、プラズマガスは水素を観測しました。

■超大質量ブラックホールの研究における記念碑的な成果

今回の観測結果は、超大質量ブラックホールの周辺部で発生するガスの流れについて、極めて詳細な状況を明らかにすることができました。超大質量ブラックホール周辺のダイナミクスや、物質を吸い込んで成長する状況については現在でも理解が進んでおらず、銀河自身の進化にも関わっているとされていることから、詳細を理解することは極めて重要です。泉氏は今回の成果を「超巨大ブラックホール研究の歴史における一つの記念碑的な成果である」と述べています。

Source

  • Takuma Izumi, et al. “Supermassive black hole feeding and feedback observed on subparsec scales”. (Science)
  • 泉拓磨. “ついに解明!超巨大ブラックホールの成長メカニズムと銀河中心の物質循環”. (ALMA)

文/彩恵りり

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